出会いの料理
小さい頃、俺がつくったものを食べて「美味しい」と笑顔になる家族の顔が好きだった。
沢山の人を料理で笑顔にしたいそう夢を見ながら料理の世界に飛び込み就職をしたはずだったが現実はそんな輝いたものではなかった。常に機嫌が悪く八つ当たりをする料理長と店長。オーダーに追われる日々に終わらない仕込み、たまに来る癖の強い客。文字通り朝から晩まで働いて身を粉にして働く毎日たまにこんな俺の料理を「美味しい」と思うのであろうか。とまで考えてしまう。だが、こんな糞みたいな生活に突然終わりがやって来る。
「それ終わったらもう帰っていいぞ。」
料理長が疲れた顔で言う。
俺は「ありがとうございます。」と言いながら時計を見ると日付をまたぎそうなことに気付き、終電に間に合わせるために慌てて手を動かす。
「もうって言う時間じゃないんだよ、どんだけ人不足なんだよ。」
俺は心の中で呟く。そして仕込みを終わらせ、足早に帰宅する。
終電の時間が間に合うか気になりスマートフォンをチラチラ見ながら信号待ちをする。信号の色が変わった瞬間慌てて道路を渡ると眩しい光に包まれた。
俺、関 朝陽は22歳の長いようでまだ全然長くない人生の幕を閉じたのだと思った……。
何かに呼ばれるような音がした。そして、次第にはっきり聞こえる。
「大丈夫ですか?」
クラシカルな黒い服を着た女の人が言う。
視界に女の人が入ると朝陽は慌てて起き上がる。
「あっ、えっと、大丈夫です!」
声を裏返しながら朝陽が言う。声が裏返ってたことに気付くと朝陽の顔が徐々に赤くなる。
「本当に大丈夫ですか?熱とかも?」
首をかしげながら女の人は心配そうな顔をする。
「本当に大丈夫です!それよりここどこですか?俺、信号渡ってから記憶ないんですけど……。」
朝陽が聞きながら、首を振り、現代の日本ではあまり見慣れない広めの洋館の内装のような部屋を見回す。
「しんごう……?何のことかわかりませんけどあなたが道で倒れてたとこを綾女お嬢様が見つけてくださったのですよ。」
微笑みながら女の人が言う。
その言葉を聞いて、朝陽は背中に冷や汗をかきはじめた。
「信号ってほら!交差点とかによくあるやつですよ!」
慌てながら朝陽が説明をする。
「その……。起きたばかりでまだ体調がすぐれないですかね?家分かりますか?
そう言えば自己紹介がまだでしたね。私は玉木 茜と申します。こちらの広川家で使用人をしております。」
微笑みながら茜が言う。茜の言葉でもしかしてと思っていたことが確信に近づく。
「俺は、関朝陽と言います。茜さん、今って何年ですかね?」
恐る恐る朝日が聞く。
「今ですか?大正14年ですよ。それがどうかしたのですか?」
不思議そうに茜が言う。
噓だと信じたかったことを言われ朝陽は慌てそうになるが落ち着いて「信じてもらえないと思うんですけど」と前置きをして茜にこれまでの経緯を話す。意外にも茜は真剣に聞いてくれた。
「つまり朝陽様はお仕事の帰りに事件に巻き込まれて目が覚めたら100年前の日本にいたということですかね?」
茜が要点を簡単にまとめて確認をする。
「はい……。そうなりますね。」
信じてもらえたか分からなくて自信なさげに朝陽が言う。
「すごいなー!」と目を輝かせながらなまったように茜が言う。茜は自分で方言が出てしまったことに気付くと少し慌てる。
「すみません……。でも、未来からのお客様なんてなんか素敵ですね!あ、すみません。朝陽さんは困りますよ。それなのに私1人で興奮してしまって……。」
照れたような顔をしたり申し訳なさそうな顔をしたりしながら茜が言う。
「いや、そんな謝らないでください!それより俺の言うこと信じてくれるんですか?」
恐る恐る朝日が聞く。
「もちろんですよ!未来からのお客様となるとしばらくの滞在先に困りますよね?私ご主人様に相談してきますね。」
茜はそう言うと足早に部屋を出る。
朝陽は信じてくれたことや滞在先のことなどお礼を言いそびれて少し後悔するもすぐ戻ってくるだろうと気を取り直す。
しばらくすると部屋の外が騒がしくなる。
部屋で大人しく待つ方がいいとわかってはいるものの好奇心が勝ち、扉を開ける。
そして、音の発信源の部屋のドアを少し覗き見ると……。
「私こんな野菜ばっかりいやよ!」
言葉に似つかず凛々しくでも幼さがのこる容姿の少女と少女の言葉に困惑する使用人がいた。
「綾女お嬢様、料理長がお嬢様のためを思って栄養を考えて作ってくださったんです。わがままはいけません。」
使用人は少女に言い聞かせようとするも少女は首を左右に振る。
「嫌なものは嫌よ。料理長が私のためを思って作ってくれてるのは分かるけど食べたくないものは食べたくないし、こうやって食べろ!って言われるのもなんだか拷問みたいで嫌なの!」
顔をむすっとしながら綾女が言う。その言葉に使用人たちが困り果てる。
綾女が言った「拷問みたい」と言う言葉に朝陽が心のどこかに引っかかる。
「俺が何か作ってみてもいいですか?」
扉をあけながら朝陽が言う。
「お客様にそんなことをさせるなんて……。」
使用人が慌てながら言う。
「いや、俺は別に……。」
朝陽が言いかけると綾女すかさず言う。
「いきなり現れてそんなこと言うなんてよっぽど料理好きなのね?あなたの料理食べてみたいわ。」
綾女が言う言葉で使用人たちが頭を抱えながら朝陽にお願いをする。
調理場に案内をされると朝陽は調理場にある材料と器具を確認をする。朝陽からしたらレトロというよりロマンを感じる。意外にもガスコンロやオーブンも置いてあり、大正時代を身近に感じた瞬間だった。料理長からは「可能な限り野菜をいれてほしい」との要望があったので野菜を使うことは決まっている。
「卵にチーズ、小麦があるのか……。そうだ、あれにしよう!」
冷蔵庫の中を見渡しながら朝陽がいう。
朝陽が調理を初める。まず、ブロッコリーを茹で、みじん切りにした玉ねぎを炒める。そして、ボールに小麦粉をふるい、そこに卵と牛乳とチーズとサラダ油を入れ、混ぜ合わせる。次に炒めた玉ねぎと茹でたブロッコリーを適当な大きさに切り生地と混ぜ合わせて、型に注ぐ。
そして、型を3回ほどトントンと落とし空気を抜き、オーブンで焼くと──。
「おまたせしました。」
朝陽はそう言いながら作った料理を綾女の前に出す。
「これは?」
目の前の焼き菓子みたいな見た目の料理を見ながら少し輝いた目で不思議そうに首をかしげながら綾女が言う。
「ケークサレって言うお食事用のケーキみたいなものです。」
得意げに朝陽は説明をする。
「これがケーキなの?それにしても野菜が明らかに入ってるのが分かるのだけど……。」
ケーキと言われるとフォークで口に運ぼうとするが野菜が見えるのに戸惑いながら綾女が言う。
「もし、苦手ならサワークリームやケチャップをかけて食べるとあまり気にならないと思う。」
テーブルにクリームとケチャップを置きながら朝陽が言う。
「用意がいいわね。」
そう言いながらも意を決っして綾女が恐る恐る口にすると目を見開く。
「なにこれ!美味しい……。ケチャップ意外に野菜をこんなに美味しく食べたの初めてだわ。チーズがとろけて野菜の味が気にならない!」
綾女が言いながらフォークの動きを止めない。
ドアを叩く音がして茜と男の人が入ってくる。茜が慌てて朝陽に駆け寄る。
「朝陽様、ここにおられたんですね。お部屋にいらっしゃらなかったので探しました。」
茜が心配そうに言う。
「すみません……。」
何も言わずに出てきたことを思い出して探し回らせたことに朝陽は罪悪感をもち、頭を下げる。
「そんな頭をあげてください!それよりも今後のことをご主人様とご相談してまいりました。」
茜がほほ笑むながら言う。
「君が朝陽君か!私はそこにいる綾女の父でこの家の当主の広川栄一と言う。茜から話は聞いたよ。未来からのお客様なんて驚いたよ。君が良ければしばらくここに住んでくれて構わないよ。もし可能なら使用人の仕事を手伝ってはくれないかな?もちろんお給料は出す。」
栄一が言う。
「そんな、住まわせてもらえるだけでありがたいのに仕事まで頂いてもいいんですか?」
申し訳なさそうに朝陽が言う。綾女が立ち上がり栄一の前に立つ。
「お父さま、この方が使用人になるのなら料理人に加えてください!」
前のめりに綾女が言う。
「料理人?別にいいけど綾女がそんなこと言うの珍しいね。何かあったの?」
首をかしげながら栄一が言う。
「先程、ケークサレと言うものを作って頂いて、それがなんと私が野菜を食べれたのです!」
目を輝かせながら綾女が言うとそれを聞いた茜と栄一が固まる。「それそんな報告することか?」と朝陽が心の中で呟く。
「あの、綾女が野菜を食べるなんて……。」
栄一は言いながら涙を浮かべる。
「ご主人様、朝陽様を綾女お嬢様専属の料理人にするのはいかがでしょうか?」
茜が提案する。
「それはいいね!」
栄一が言う。