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9、視線も心も痛い

 

 アリアさんと祭りの約束をしてから一ヶ月が経った。フローレンスはいつも平和で私が今まで生きていた世界がおかしかったのかとすら思えてくる。

 仕事には殆ど慣れて、最近では大抵の事は一人でもこなせるようになった。しかし、城下への買い出しは少し苦手だ。


「フィオネちゃん。買い出しお願いしていいかしら?」

「はい。行ってきますね」


 そんなことを考えていたら、アリアさんに買い出しを頼まてしまった。苦手といっても、城下に顔見知りも増えそこまで心配はない。けれど、城下町は入り組んでいるせいでたまに迷ってしまう。親切な人が多いお陰で何とかなっているけどいつまでも頼ってばかりではいられない。


 アリアさんに言われた食材を忘れるないようにメモを取り城を出た。初めて城下に行った時は花の多さに驚いたことを覚えている。花の国と謳われるだけあって、街のあちらこちらに花が咲いていた。昔から花があると気持ちが落ち着くからこの国は本当に居心地がいい。


「フィオネちゃんじゃないか。今日は野菜かい?」

「はい……あと卵です」


 知り合いの店主が笑顔で話しかけてくれる。顔馴染みが出来るほどフローレンスに来てから時間が経ったのか。あんなに長い時間、トルッカにいたはずなのに気づけばフローレンスのことの方が知っている気がした。家から出して貰えなかったから当然といえば当然なのかもしれない。


 買い物を終え、来た道を戻っていたはずだったが、考え事をしていたせいか入り組んだ横道に入ってしまったようだ。


 戻らなきゃ……そう思って振り返ってもやはり知らない道。食材を早く持って帰らないと迷惑をかけてしまう。仕方がなく進もうと再び足を動かそうとした瞬間、後ろに気配を感じ慌てて振り返り距離をとる。


「……!」


 目に入ったのはフローレンスに似合わない柄の悪そうな男二人組だ。私と同じように道に迷っているというわけではなさそう……とりあえず逃げた方がいいことは間違いない。


「若い女がこんな所に一人でいたら危ないぜ?」

「そうだ、大通りに続く道はこっちだ」


 男達はそう言うと私との距離を詰める。親切そうに浮かべる笑みには気味の悪さが滲んでいた。逃げようと走るが食材が重い。このまま走ってもすぐに追いつかれてしまうだろう。追い剥ぎか? それとも人攫い? どちらにせよ早く逃げないと……。


「待てよ」

「あっ……」


 簡単に追いつかれ腕を乱暴に掴まれる。その拍子に持っていた食材を落としてしまった。食材が傷んだら大変! 卵を買ったことが悔やまれる。おそらく今の衝撃で割れてしまったであろう卵の入った袋に目を向けると、乱暴な男の手が私の顔を掴む。そのまま顔を上げらた。


「よく見たらそこそこ上玉じゃねぇか?」


 気持ちの悪い笑みを浮かべる男二人に心底うんざりしていると、こちらに人が向かっている気配を感じた。それも知っている人だ。


「人、来ますよ」

「おいおい、嬢ちゃん……もう少しマシな嘘つけよ」

「怖がりもしないで可愛げねぇな」


 この人達、馬鹿だな。嘘なんてついてない。掴まれた腕に力が込められる。そんな強く掴まれたら痛い。振り払おうとしても、当然男の力に勝てるわけもなくビクともしない。


「離してください。気持ち悪いです。それに、こんなことをして何か意味があるのですか?」

「少し黙っときゃ、随分生意気だなぁ!?」


 男を睨むと苛立ったように声を荒らげ私を壁に押付けた。もう一人の男がニヤニヤと笑みを浮かべながら近づいてくる。舐めるような視線に思わず体がゾッとした。

 本当にこの人達は気づいていないようだ。


「何をしているんですか? こんな所で。大柄の男がか弱い女の子に詰め寄って」


 期待していた声が聞こえ、男たちは慌てて声の方を向いた。驚いた顔をしたかと思うと、男たちの顔が蒼白になっていく。視線の先の碧眼にいつもの笑みはない。


「お、おい。コイツ……王宮の騎士じゃねぇか!」

「しかも、紺のバッジってことは……」


 コソコソと話しているが丸聞こえだ。男が乱暴に手を離すと、慌てて逃げ出した……が直ぐにお縄につくことになった。


「ありがとうございました」

「大丈夫かい? 来るのが遅くなってしまって申し訳ない」

「いえ……しかし、卵を割ってしまったので、どんな罰でも受けます」


 心配そうに私を見つめるセザール様に流れるような動作で頭を下げた。卵を割った罪は重い。


「罰なんて無いって……それより、怪我してるじゃないか。早く城に戻って手当てしなきゃ」

「え、私は卵を……それに食材も傷んでしまったので」


 何故か呆れた様子で言ったセザール様に首を傾げる。もしかして食材のこと分かってないのかな? もう一度言ってみるがセザール様の視線は散らばった食材ではなく私のままだ。


「だから、気にしなくていいって……足も怪我してる。じっとしててね」

「え……わっ!」


 意味が分からず突っ立っていると、突然の浮遊感に声が漏れる。


「自分で歩けますよ? ご迷惑をお掛けした上に運んでいただくなど償いきれないのですが」

「傷ついた女性を歩かせるのは俺の騎士道に反するからね……それより、随分と落ち着いてるね」


 城に運ばれながら気づいた。これって所謂、お姫様抱っこと言うやつでは? セザール様って女性の憧れの的でしょ? つまり、恨みを買って私は刺されるのでは……そこまで考えると焦燥感で頭が一杯になった。


「お、落ち着いてられなくなりました……刺されたくありませんので下ろしてください!」

「え?」


 声を張り上げる私に、少し驚いた声を上げたセザール様は不思議そうに私を見る。自分の容姿を理解しているはずなのに…あぁ、女の人の視線が痛いよ……早く降ろして。結局、医務室に着くまで私の願いは届かなかった。

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