8 、この世界を意のままに! (アンリエッタ視点)
フィオネが死んで一週間くらいが経とうとしていた。私の身代わりは新しく用意されたため私が襲われる心配はない。今日も豪華な服を着て、贅沢な食事を食べる。殿下からの贈り物も山のように届く。順風満帆とは私のためにある言葉とすら思える。でも、そんな私の悩みは深刻だ。
「はぁ、どうなってるのかしらね?」
侍女がいないタイミングに日記を開いた。これは、私の前世からの知識を使って書いたこの世界の攻略本だ。
私には前世の記憶がある。生まれたときからこの世界を私は知っていた。
主人公は虐められていた公爵家の娘。聖女としての力がある姉と比べられ何も出来ない彼女は誰からも愛されなかった。しかし、後に聖女としての力が覚醒した彼女は、王子から求婚され幸せになるという乙女ゲームの世界に悪役令嬢である姉として転生するが原作に抗い、皆に愛されるハッピーエンドを迎える……これが小説の内容だ。
つまり、ヒロインは妹ではなく悪役令嬢であるこの私。だから私が幸せになる未来は約束されている。原作通りならば妹のフィオネも転生者で原作通りに動かない私を嵌めようとする性悪女だ。
でも、この世界は何かがおかしい。妹は何故かいつまで経ってもしょぼい魔法しか使えないし、そのせいで両親に小説以上に虐められている。
まぁ、結局力が覚醒した後に私へ嫌がらせを沢山することになるわけだし、いい気味ね……と思っていたのだけれど小説にはない展開になってしまった。
彼女が暗殺されてしまったのだ。フィオネには私を断罪して、最終的に国を破滅に導き処刑される役目があるのに勝手に死ぬなんて計画が破綻したらどうしてくれるのよ。
頼りにならなくなった日記を乱暴に閉じて机の上に投げた。
本当にイライラする。逆ハーができなくなったらどうするのよ。妹に嵌められた悪役令嬢アンリエッタは優しい騎士の手を借り花の国フローレンスへ逃げる。そして、イケメン達に慰められ本当の愛を知り幸せに暮らす。私の居なくなったこの国は暴走した妹のせいで滅び、その知らせをフローレンスで聖女となった私が聞くというエンドだ。
どう考えてもおかしい。もしかしてよくある転生特典とかで私にとってストレスのない幸せな話に変わったのかしら? 私が嫌われて虐められるシーンは少し嫌だと思っていたからそれなら好都合だ。
じゃあ、フローレンスに旅行して攻略対象たちと知り合えば、みんは私に惚れて逆ハー完成ってことね。それまでにラオネやセザールに掛ける言葉を決めておかないと。原作を読み込んでる私なら、彼らが欲しがっている言葉を完璧にあげられるもの。
小説を読んでいた時から最推しはラオネなのよねぇ。初めは冷たいけど私にだけ甘々になる所が最高。
そう考えるとさっきまで悩んでたのが馬鹿みたい。フローレンスに行くまではこの贅沢な生活を楽しんでれば良いし。あー、どうせだったら殿下もフローレンスに連れて行きたいわ。妹に惚れるくだりもないし、私に夢中のイケメンなんて滅びる国に置いていくのは勿体ない。
「アンリエッタ様、公爵様がお呼びです」
「うるさいわよ。わたくしは今考え事してるの。邪魔しないで頂戴!」
侍女がうるさい。私の計画を邪魔するなんて……まぁ、どうせこの国は滅びるし、この煩いお下げ眼鏡も一緒に破滅。じゃあ、優しい私は怒らないであげようかしら?
幸せが約束されてるっていいわね。ラオネなんて、私のためにフィオネを殺そうとするのよねぇ。セザールも女好きなのに、俺には君だけだなんて言うの。あー、楽しみ! 死んだフィオネにはちょっと悪いけど、どうせ破滅するならば暗殺者にサクッと殺された方が幸せでしょ。
細かいことを考えるのも面倒臭いわ。殿下が来るまで少し寝ようかしら。
ふわふわのベッドに腰掛けた。フィオネの部屋を見たらベッドっていうより木の板みたいなボロボロの粗末な作りで、本当に転生したのがアンリエッタで良かったと心底思った。もしフィオネなんかになったら大変なことになってたわね。悪役に転生するって本当に可哀想。
ボロボロの髪に薄汚れた服を着させられた妹を思い出し、幸せを噛み締めた。そして、この先にある輝かしい未来に思い馳せると自分でも分かるくらいに口角が上がる。あー、この世界ってとっても簡単。