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6、生気のない花はまるで

 

 それから昼餉の時間になり、城の者全員で食事をとる。初めは大人数の食事に慣れなかったけれど、フローレンスの穏やかな雰囲気に緊張も解れてきた。それが良いことなのかは、まだ分からないけれど食が進んでしまい最近少し食べすぎだ。


「ひどいよ。セザール! それ、僕が最後に食べようと思ってとっておいたやつ」

「なんだ、いらないのかと思ったよ」

「ほら、そこ! 食事中くらい静かにしろ」


 そして賑やかな食事。これも見慣れた風景。文句を言っているのは焦げ茶の髪とぱっちりとした瞳が印象的なルイ様だ。少しタレ目のせいか気弱に見える。彼はセザール様によくからかわれているところを見るが、私にも優しく話しかけてくれたり城下のことを教えてくれたりと話しやすい家臣の一人だ。


 その二人を叱ったのは王様の腹心だとアリアさんが言っていたグラス様。この城で一番のしっかり者だと女中の皆さんも言っている。胃に穴があきそうだ、が口癖らしい。心労に絶えない方なのだろう。


「グラス。そんなに怒ったらご飯が冷めてしまうよ」

「貴方は黙ってて下さい。それより、食べたらすぐ仕事ですからね」


 王様もグラス様には頭が上がらないらしい。不満そうにご飯を食べながら逃げる機会を伺っているのが分かる。王様は仕事が嫌なのか城下の視察を名目にすぐに息抜きに行ってしまうらしく、グラス様は手をやいているそうだ。胃に穴があくのも時間の問題かもしれない。


「あの、アリアさん。カイル王子は一緒に食事をとらないのですか?」


 殆どの家臣がこの場にいるのに、王子の姿は私がここに来てから一度も見ていない。聞いて良いか迷ったけれど、知らずに失敗するよりは聞いた方がいいだろう。


「あぁ。カイル王子なら山じゃないかしら?」

「や、やま? それってずっと山篭りしてるってことですか?」

「カイル王子は植物がお好きなの」


 ニコニコと普通に答えるアリアさんに、私の頭には疑問符しか浮かばない。植物が好きだと山篭りするのが常識なのだろうか? また、一つ賢くなった気がする。


 こうして賑やかな昼餉が終わり、午後の勤めに向かったが今日はあまりやることがないらしく庭の草抜きをすることにした。花壇があるけれど、あまり花に元気がない。魔法を使えばきっと綺麗に咲かせられるけど誰かに見られたら直ぐに私の魔法が知られてしまう。

 けれど、花を咲かせる魔法を使うせいか、花に元気がないと私まで気分が落ち込んできてしまう。キョロキョロと周りを何度も確認する。

大丈夫。誰も近くにいない。


「よし……」


 花壇に右手をかざし、花が咲くイメージを頭に浮べる。手に光が宿り、その光が枯れかけていた花を包んだ。瞬く間に生気を取り戻した花は美しく咲き誇っている。

 もう一度辺りを見渡すが誰もいない。くるりと体の向きを変えて城へ戻った。


 ……これくらいいいよね。悪いことしてるわけじゃないし。


 花壇を振り返ると色とりどりの花が目に入る。やっぱり良かった。あのまま枯れるよりずっといいはずだ。


「フィオネちゃんどうしたの? 花壇に何かいた?」

「い、いえ。何も……」


 突然声を掛けられビクリと肩が揺れた。取り繕うように笑みを浮かべる。自然に答えたつもりだが、アリアさんは怪訝そうな表情のままだ。


「手……震えてるわ。何かあったのね。大丈夫よ。心配ごとがあったら遠慮せずに言っていいのよ? もちろん話したくなったらでいいわ」


 アリアさんの視線は、私の右手で止まっている。こんなに優しい人が信じられないなんて、そんな自分が嫌になる。


「実は蜂がいたんです。右手刺されそうになって……」


 そこまで言って言葉を止めた。自分でもあまりに下手な言い訳にそれ以上続ける気にはなれなかった。


「刺されなかったのね! それなら良かったわ」

「はい。大丈夫です」


 安心した表情を浮かべたアリアさんが、私の嘘に気づいたかは分からない。けれど、それ以上は何も聞いてこなかった。


 魔法のことを考えると、どうしても公爵家のことを思い出してしまう。私の魔法が花を咲かせることだと知った時、両親は咲かせた花を踏みつけて私を家から出さなくなった。


 踏みつけられてぐちゃぐちゃになった花はまるで私の心のようで、それから人前で魔法は使わないようにしている。


 祖母だけは変わらず接してくれたけれど直ぐに病で亡くなってしまい、私は一人ぼっちになった。だから、魔法のことが知られたらどんなに優しい城の人達も私を出来損ないの邪魔者と思うようになってしまうかもしれない。


 夜になっても眠れなかった。毎日寝泊まりするこの部屋は一人で使うには少し広い。誰かがいると落ち着かないから一人部屋を貰えた時は安心した。着替える時に姉につけられた背中の傷を見られるのも嫌だし……親にもつけられた傷がまだのこっている。お世辞にも人が見ていい気分はしないだろう。


 あの人達のことを考えていたせいか、眠る気分ではなくなってしまった。魔法のことを考えたからか、少し昼間の花が気になる。どうせ、誰も見ていないし……少しだけ庭に出よう。そう思い、ベッドから立ち上がり庭に向かった。


 外に出ると、ここに来た日のように月が淡く輝いていた。星空を見上げていると、微かに物音が聞こえる。庭の奥へ進むと、そこには血塗れの男がいた。月明かりの元でも分かる銀髪に見覚えがある。


「ら、ラオネ様!?」

「うるさいよ。アンタまだ寝てないの。良い子は寝る時間でしょ?」


 思わず大きな声が出そうになり口を抑えた。紫の瞳が私を見つめる。血塗れの姿に反して、返ってきた言葉はいつものように少し気怠げだった。

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