4、これが花の騎士様?
「そういえばフィオネちゃんは魔法使えるの?」
「あ、魔法は……」
一番聞かれたくなかったことだ。使えると答えても、花を咲かせるだけの役立たない魔法と知られてしまう。けれど、使えないと言ったら捨てられるかもしれない。意地悪く顔を歪めて私を罵る両親やアンリエッタの顔が浮かび、アリアさんを見れなかった。
「も、もしかして魔法で辛い思いしたことある? ごめんねっ! 無理に聞いちゃって」
「え! だ、大丈夫です」
答えられず口篭る私を怒ることもせず、アリアさんは悲しげな顔で私を覗き込む。予想外の反応に私も焦って言葉を返した。なんで、彼女が謝るのだろうか? 今のは私が悪いはずなのに。
「ラオネさんからあなたは、辛い思いをしたことがあるって聞いていたのに無神経だったわ。ごめんなさい」
「本当にすみません。仕事は全うしますので!」
しゅんと落ち込むアリアさんは初めに受けた気の強そうな印象とは違って少しあどけなさを感じた。それに、ラオネ様は私のことをそんな風には伝えてくれていたのか……冷たそうに見えて本当のところはどうなのだろうか。
「もう、さっきから謝ってばっかり! ここには貴女を意味も無く怒る人なんていないわ」
「ありがとう……ございます」
私の事情を知っているかのような言葉に少し不安になるが、今は彼女の美しい笑顔を疑いたくはなかった。
女中の仕事は思ったより私に向いていたようだ。公爵家にいた時は、何でも自分でやっていたから大抵のことは問題なくこなせた。アリアさんを含め女中の先輩方は皆優しく世話を焼いてくれる。正直に言うと、ここまで優しくされると怖くなってきてしまう。
一週間と少しが経ち、アリアさんから教えてもらった仕事をそつなくこなせるようになってきた。今のところは怖いくらいに順調だ。
「フィオネちゃん。洗濯お願いね。洗い物やっておくわ」
「はい。分かりました」
アリアさんに頼まれ、庭に洗濯物を干しに行く。家臣の皆さんの服を全部干すのはなかなか骨が折れる仕事だけれど、今の幸せな生活を考えると楽な作業に思える。
「ねぇ、君」
「はい。どうされましたか?」
洗濯物を干していると、聞きなれない声に呼び止められる。声の方を向くとどこかで見た事のある金髪の男性がいた。
うーん。この城の人であることは分かるけど、誰かは分からない。まだ全員の顔と名前を把握していないから仕方がないけれど、早めに覚えなくちゃ。
「ううん。手際がいいんだね」
「ありがとうございます」
「お疲れ様。でも、あまり無理はしないようにね」
「いえ、仕事ですから大丈夫です」
人好きのする笑顔の彼は、通った鼻筋に青の瞳は美しく見惚れてしまいそうな程整った顔立ちをしている。もしかして、彼が女中達の噂の的である花の騎士とあだ名されるセザール様? と一つのの結論に至った時、女中の声が聞こえた。
「あ、セザール様! 今日も素敵ね」
「女中にも優しいし、本当にかっこいいわよね。花形騎士って感じ」
うん。合っていたみたいだ。向こうで別の洗濯物を干していたはずの彼女がこちらに釘付けになっている。それにしてもすごい人気だ。
「そういえば君、ラオネが連れてきた子だよね」
「はい。えっと……」
「あぁ、俺はセザール・ロンド。王宮騎士だよ」
「私はフィオネです。ロンド様はラオネ様と親しいのですか?」
快適な生活の問題点は私が連れてこられた目的が分からないこと。あれから私を連れてきた張本人のラオネ様の姿はなかなか見ない。初めて王様に会った時にラオネ様はたしかセザール様の所へ行っていたから何かしら接点はあるはずだ。
「うーん。そうだね俺のこと、セザールって呼んでくれたら教えてあげる」
そう言って、王子様のような微笑みを浮かべると、再び女中が色めきだった。
……この人の笑顔危険だ。軽そうな雰囲気も相まって警戒が強まる。
「……セザール様とお呼び致しますね」
「ま、いっか。ラオネと俺は……まぁ、友達みたいなものだよ」
「そうですか。教えていただきありがとうございます」
「ちょっと堅すぎだよ。もう少し肩の力抜きな。可愛い顔が台無しになってしまうよ、ね?」
「……はい」
やっぱりこの人危険だ。ラオネ様の居場所さえ分かれば目的を聞きに行けるけど……答えてはくれないだろうな。
「ラオネ様に少し聞きたいことがあって、どこにいらっしゃるか知っていますか?」
「……それなら本人に聞いた方がいいよ」
「え?」
セザール様がそういうと、庭の大きな木の上を見た。つられるように私も見るがそこには誰もいない。
「で? 何、聞きたいことって」
「うわぁ!?」
「色気の無い声だね」
突然、後ろから声をかけられ飛び上がる。さっきまでいなかったのに……そこには暫くぶりに見るラオネ様がいた。