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1 、長い夜が終わる

 

「貴女なんて生まれながらの出来損ないでしょ? 私と全てが違うのよ。そんな恨みがましい目で私を見ないでくれるからしら……虫唾が走るわ」


 実の姉から毎日浴びせられてきたこの言葉に対して今では何の感情も湧かない。昔は抱えきれないほどの悔しさと悲しみで枯れるほど涙を流していた記憶がある。


「魔法はまともに使えない。だからといって器量がある訳でもなければ、目を引く容姿もない。お前はなんの役に立つというのだ?」


「でも、役立たずにお似合いの役があるわ。アンリエッタの身代わりになることよ。光栄なことでしょう? 能無しのお前とアンリエッタは全然似てないけれど、顔を隠せば誰も分からないわ。髪の色だけは同じだもの」


 でも、全て仕方がなかったことだ。長い金髪を振り乱して叫ぶ母も、魔法がまともに使えない私を使用人のように使う姉も、私が死んでもいいと平然と言う父も。全て出来損なった私が悪いと思うしかない。


 そんな私の唯一の役目は美しく愛されている姉の身代わりになることだ。


 第一王子の婚約者になったアンリエッタは魔力が高く、聖女の最有力候補としてエリテーラ公爵家と対立しているマテリア公爵家に恐れられている。昔からこの両家は権力を巡り争ってきたという。そのため、お互い娘を何とか皇后にしようと画策しているのだ。


 そんな権力争いの中、生まれたのが私の姉であるアンリエッタ・エリテーラ。彼女は幼いながらに大人顔負けの魔法を使い、その美貌からも第一王子との婚約の話が上がった。


 そして、この国にはもう一つの絶対的な権力を持つ聖女という存在がある。国を守るために結界を張ったり、祈りを捧げたりする平和の象徴的存在だ。聖女になるためには癒しの魔法が使え、圧倒的な魔力を持つことが条件になる。天は二物を与えずとは嘘なのか、アンリエッタは両方を持っていた。今の聖女は高齢で引退の話が上がっており、後続にアンリエッタを推す声が多い。


 もしアンリエッタが皇后となり、同時に聖女となったら権力はエリテーラ公爵家に集中する。もちろんそんなことをマテリア家が許すはずもなく密かにアンリエッタを排除しようとしているらしい。


 そこで、身代わりが必要になった。髪と瞳の色は同じで、出来損ないの私がその役目に当てられることは当然と言えば当然の流れだった。


 音も無い夜にたった一人。寂しさなんて可愛らしい感情ではない深い孤独と、いつ殺されるか分からない恐怖に支配される。少しの物音に震えては神経をとがらせて暗闇に目を凝らす。警戒に疲れて眠っても悪夢にうなされてすぐに飛び起きてしまう。いつだって……生きた心地なんてしなかった。そんな生活を何年も送ってきた私は死体のように生きている。


「今日も生き伸びたのね、出来損ない」

「……」

「あら、無視するなんて何様かしら?」

「……すみません」


 随分な挨拶に返す言葉もなく頭を下げると、不機嫌そうに私を睨む姉のアンリエッタは私と同じ金髪に赤い瞳。それなのにどうしてこんなに違うのだろうか? ボロボロの髪にくすんだ血のような瞳の私とはどこもかしこも違う。


「まぁ、返す言葉もないのかしら? 貴女みたいな人間が私と話すのは気が引けるわよねぇ。花を咲かせるだけの子どもより下手な魔法しか使えない貴女とは生きてる世界が違うもの……ね?」


 私は何も言っていない。嫌いなら放っておいてくれればいいのに。私への罵倒は聞き飽きた。それに、自分の魔法が何にも使えない花を咲かせるだけの無意味なものということは自分が一番分かっている。


「そうですね。では失礼します」

「……いつも澄ました顔で本当にムカつくわねっ!」


 いつからだろう全て諦めたのは……あの夜が怖くなくなったのは。


 苛立った姉に熱い紅茶をかけられても、ご飯から異臭がしたって別にどうでも良かった。料理は自分で覚えたし、傷の手当てだってできる。ただ、タイミングを見計らわないといけないのは少し面倒だ。

 その程度のことは軽症のうちにも入らない。だって死ぬかと思ったことなんて数え切れないほど経験しているのだから。

 そんな私でも、本当に一度死にかけたことがあった。その時のことはぼんやりと覚えている。


 風も無い静かな夜だった。目を覚ますと誰かが窓から入ってきて、私の首に刃物を当てた。その時は気が動転していたから自分が何をしたかも思い出せない。けれど、目が覚めると私の部屋は茨に包まていて、犯人の姿は既になかった。


 おそらく犯人は茨の魔法で私を殺したつもりだったが、幸か不幸か失敗したのだろう。あの時、死んでいれば……何度考えたか分からない。今はただ意味の無い命が早く尽きることを願うだけだ。誰からも望まれない命なんてあったって意味がないのだから。


 そんな意味の無い時間が過ぎて私は恐らく十七歳の誕生日を迎えた。今までもこれからも祝ってもらうことなどないただ一つ歳を重ねるだけの日。けれど、誰にも祝われないことを嘆く必要なんてない……十七歳を迎えて直ぐに命を落とすことになるようだから。



 今日はやけに胸騒ぎがした。

 ふと見上げると時計の針は十二時過ぎを指し、無機質な音が淡々と針を進めている。一秒が異様に長く感じた。心臓の音が早い。恐怖からではない……やっと、このくだらない人生を終わらせることが出来る喜びからの高揚だ。


 見上げた形で動かせない私の目に映るのは、鋭利なナイフを私に向ける黒衣を纏った刺客だった。早く私をひと思いに刺してくれれば楽になれるのに。


「ごきげんよう」

「どーも」

「……殺してくれないの?」

「だってアンタ偽物だし」


 この場に似つかわしくない私の挨拶に、合わせたように緩い男の声が答える。声とは裏腹に私を見つめる紫の瞳は月の光に照らされ冷ややかだ。冷酷を閉じ込めたみたいな瞳に射抜かれ布団を掴む手が震える。


 怖いの? 今更何を怖がっているの? 自身の考えに反した感覚に、本能的な恐怖は残っていたのだろうと答えを出す。

 そして、何より怖いのは暗殺者に私を殺す気がない可能性があることだ。悠長に一体何をしているのだろうか。そんな不安が過った瞬間、暗殺者の手からナイフが放たれる。


「……あの、外しましたよ?」

「外したからね」

「殺すなら早くして下さい!」

「あはは、催促されたのは初めてかも。それよりさ、ここから出たくない?」

「……はい?」


 私の顔スレスレに飛んできたナイフは壁に刺さっている。男の思いもよらない言葉にナイフから視線を移す。何を考えているかは全く分からないし、絶妙に会話が噛み合っていない。


「出たいの? 出たくないの?」

「そんなことを聞いて何になるんですか。私はここでアンリエッタの代わりに死ぬだけです」

「そ、じゃ、死になよ」


 出たいと、逃げたいと願って叶うならばとうの昔にそうしていたはず。私がここで死ぬのは決まっていたことだ。遅かれ早かれ私はアンリエッタの身代わりとして死ぬ。それが私の唯一の存在意義。覚悟は決まっていた。そんなこと今更迷うことでもはい。それに、私が一番それを望んでいる。


 身代わりらしく、アンリエッタのように意地悪な笑みを浮かべてみせた。けれど、上手くいかない。結局私は身代わりすら務まらないどこまでも出来損ないのようだ。


 小さく息を吐き、苦しみが終わることを祈るように感情のない男の声を聞きながら目を閉じた。

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