デュオ・イロエス
――――魔王と呼ばれる者がこの地に降りたつ時、世界は闇に包まれるであろう。
森は枯れ、大地はひび割れ、いずれは空も黒に染まる。
そうしてすべてが終焉を迎えたとき、世界は滅び、生命は息絶えるであろう。
これに立ち向かうために神が遣わすは、正しき心を持った、ある一人の勇者。
勇者は女神より祝福を受けて生まれ、優しき心を育て、偉大な仲間と共に人々を厄災から救うであろう。
やがて勇者が魔王を倒したとき、再びこの地に平和が訪れ、人々に安寧をもたらすのだ――――
……ああ、そうだ、君の言う通りだよ。こんなものはただのお話だ。この国ではだれもが聞いたことがあるような、な。君を幼いころに親から聞いたか、絵本で読んだか、まぁ、いずれにしても知っている話だろう?
よくある話だよ。本当によくある。遠い国へ行ったとしても、似たような話を見つけることは恐らく難しくないだろう。
それに内容も結構雑なものだ。子供向け、といえば聞こえは良いかもしれないが、中身も詰まっていない、ただ思いついたことを適当に綴ったような、ちんけなお話だ。話の展開すらもない。図書館にでも行けば、もっとメッセージ性があり、尚且つ更に子供に分かりやすい話なんていくらでも見つかるだろうな。
そう、つまるところ、この話には何の特徴もないんだよ。
強いて言うなら、何もかもがありきたり、特徴がないことがこの話の特徴、とでも言うべきなんだろうか。
……いや、流石に私もそんなことが特徴だと認めることができるような楽天家ではないのだがな、まぁ。
まぁ私も意味もなくこんな話をしているわけではない。確かに私は暇で、暇で、暇で、とにかく暇を持て余しているにはいるのだが、だからと言って意味もない話を君に向かって延々と話し続けるようなことをするほど狂ってはいないと思っている。
……じゃあ何故こんな話をするのか、だと?ふむ、まぁそう思うのは至極当然のことだな。では本題に入るとしようか。
先ほど私は、この話には魅力も何もない、と言ったな。まぁ、直接的には言っていないのだが、それに近しいニュアンスの話はしたはずだ。それに関しては君も同意するだろうし、概ね誰に聞いてもそうだろう。しかし、それならば一つ、おかしいことがあるのに気づくだろ?
……そう、何故この話が、民衆の中で広く伝わっているのか。特徴的なことは何もなく、かといって幼児に向けて話すにはやや難しい単語を含む。そんな話が民衆に広まることなんて、万に一つくらいしかないだろう。
……その通り、この話には裏があるんだよ。人々には知られていない、裏が、な。
私はそれを知っている。勿論知っている。だからこそ、君も勿論知っているかと思ったのだがな。まぁ、その様子では、知らないのは明白ではあるのだろうが、それはそれで、というか、私としてはそのほうが暇もつぶせるし面白い。……いや、本当に潰すのが目的ではないのだがな?
さて、どこから話そうか。少し躊躇するが、これだけは先に言ってくことにしよう。この話は、魔王を倒すために神が勇者を誕生させ、その勇者が成長して魔王に立ち向かう、という話だったよな。でも、本当はそんなことは有り得ないんだよ。何故なら勇者は魔王よりも先に存在していたから。そして。
『本当に勇者にふさわしいのは、魔王の方だったのだから』
とある王国の小さな村に、二人の少年がいた。二人は活力に溢れていて、他の子供たちより飛び抜けて運動能力に長けていたため、二人だけで遊ぶことが多かった。
かといって、周りとの距離が出来ていたわけでもなく、普通に幾人かの友達で遊び、尚且つその輪の中心にいることも少なくはなかった。
つまるところ、リーダー性に優れていたのであった。
そんな二人は、時代も時代であったためか、特に示し合わせたような様子もなく、将来は兵士になることを決めていた。
そんな二人が成長して、やがて16、7歳を迎えたころであった。食糧問題を巡っての諍いから、隣国との間で大きな戦争が起こり、王国は、民衆から志願兵を募った。
一人の青年は幼いころから決めていたように、国のためだ、勿論志願しよう、と息巻いていたが、もう一人の青年は浮かない顔をしていた。話を聞くと、青年の親は元々隣国の村の出身で、この戦争のために村に帰ると言われていたのであった。更に、隣国でも志願兵を募っているという情報を受けた親が、青年を出兵させると言っていたのであった。
青年にとって親の言いつけは絶対に近いものであったので、それに反発することは出来なかった。それは、もう一人の青年も理解していた。だから何も言わなかった。何も言えなかった。
そして、青年達は、お互いの今後を祈って別れを告げたのであった。
王国に残った青年は、一度決めたことは必ずやる、という考えの持ち主であったため、そのまま兵士になることを志願した。元々運動能力に優れていた彼は、自分を追い込むような性格で訓練に激しく打ち込んでいたこともあり、周りの兵士よりも頭一つ抜けて評価されていたため、一早く階級が上がった。しかし彼には、一つの不満があった。
それはまだ青年が志願兵の最下の階級であった時のことだ。毎日ひたすらに訓練を積み、日々の抗争に備えて訓練していた彼は、いざ抗争があった時、当然のように同期の仲間たちと比べて圧倒的な活躍を見せた。もちろん少年時代のころより備わったリーダーシップは健在で、仲間内では誰一人青年を僻むことなく称賛してくれた。
そんなある日のことだった。ある抗争で、青年の勇猛果敢な姿を目の当たりにした敵国の小隊は、降参をした。青年の隊は敵兵を拘束し、上官に報告をした。
上官達は、この短期間でよくそこまでのことが出来たものだ、と皮肉を含まないような言い方で青年を褒め、青年は若干照れ臭くなって頭をかいた。
だが、捕らえた捕虜の前に上官達を連れて行くと、彼らはみな一様に銃を抜いて、捕虜を撃った。
苦痛に顔を歪ませこともなく息絶えた捕虜の姿を唖然とした表情で見ていた青年らであったが、すぐにハッと我に返ると、上官らに抗議した。降参し、捕らえた無抵抗の者まで殺すのはあんまりではないかと。
それを聞いた上官らは、お互いの顔を見合わせて、そしてみな一様に青年に告げた。
敵に対して慈悲など必要ない、必要なのは殺意だけだ、と。
隣国に移り住んだ青年も、王国に残った青年と同じく兵に志願し、そしてやはり大きな期待を寄せられるような成績を残す働きぶりであった。彼は自分の隊以外の仲間とも積極的に関係性を持ち、階級の近しい上官たちとも親睦を深めていった。
やがて抗争が起こるようになり、何度目かの抗争で上官に捕虜が無残に殺されるのを見て、非情な兵士団に失望した隣国の青年は、兵士団の中で自分の意見に賛同してくれる人々を集めた。軍の中で信頼を勝ち取っていた彼に賛同してくれる同期の仲間や上官は多数おり、青年は彼らと共に抵抗軍を結成して、レジスタンス活動を始めた。戦争中に抵抗軍が結成された隣国軍は、王国軍と抵抗軍の両軍から攻撃を受けるようになり、為す術もなく抵抗軍に倒されてしまった。
隣国軍を倒した抵抗軍は、祝杯を挙げたいような気分だったが、しかし王国軍との戦争が終わったわけでもなく、すぐさま臨時政府として活動を始めた。たとえ敵軍の者であったとしても、人権を最大限考慮し、国民には生活に必要最低限の援助をすることを掲げた臨時政府に反対の意思を抱く者はほとんどと言っていいほどおらず、人々は臨時政府を支持した。
そんな臨時政府を統率していたのは、他でもなくあの青年であった。兵士団での青年の部下、同位の者、上官であった者でさえも、青年がするのがふさわしいと思ったのだ。青年、自分が統率者であると驕ることなく、今まで以上に仲間を、そして国民との信頼関係を深めていき、立派な国を作ろうとしていた。そして、いつかは必ず和解しようと考えていた。
しかし、臨時に作られた政府は当然のことながら確固たる軍事態勢を持ち合わせておらず、更に、人権を保障する政権を掲げて、降参や敗北した敵国兵を捕虜として捕らえ、食事も与える隣国政府に対して、敵国兵はいかなる理由があろうと殺害する王国軍の軍事方針は昔と変わらず、隣国政府は王国軍に苦戦を強いられた。
そのような戦況が続き、悪化していく様子を見た国民や、政府の者達からさえも、敵国兵に対する態度を厳しくするべきだという声が、段々と上がるようになった。それでも、優しい心を持った青年は、それだけは絶対に変えないと、首を縦に振ることを頑なに拒んだ。
そんな状態が続いたため、勿論戦況は悪化していき、何日かたったある日、遂に王国軍が隣国の王都に侵攻した。隣国軍や国民は必死に抵抗したが、一人、また一人と人々は殺されていき、王都は壊滅した。
隣国政府の統率者であった彼は、その様子を見て絶望した。壊滅した王都に。無抵抗の者でさえ無慈悲に殺す王国軍に。そして、国を、国民を守ることが出来なかった自分の不甲斐なさと。
先頭で軍を率いていた、かつての親友の姿に。
……隣国の王都への侵攻の数日前、王国の青年は軍の最高クラスの上官から直接呼び出され、命令を受けていた。隣国軍は抵抗軍によって敗れ、今は抵抗軍であった組織が臨時政府として隣国の政権を担っていると、この状況こそ隣国を責める好機であると、そして、その際の兵士団を率いるのはお前であると、ね。
勿論、この後隣国の青年は死んだ。この状況で生きて……なんてハッピーエンドの要素なんてこの話には欠片も含まれちゃいない。
そして殺したのは……まぁ予想はついているだろう?そう、王国の青年だ。長い間無慈悲な軍の中で生活していた彼は、やがて精神が耐え切れなくなって、王国軍の色に染まってしまっていたのだ。
勿論、隣国の青年のことは覚えていたのだよ。そして目の前の彼がそうであることにも気づいていた。それでも、彼は躊躇うことは無かった。
勝者こそ正義、敗者に口無しとはよく言ったものだ。戦時中の様子を国民に隠していた王国軍は、彼らのイメージを損なわないために、この話を綺麗なお話に作り替えた。そして民衆の間に広めたのさ。
おかげ様で、私は魔王で、君は勇者の末裔だ。おかしい話だよ。優しい心を持ち続けた私の先祖が魔王で、無慈悲に人を惨殺する君の先祖が勇者なんてね。
まぁ、つまり、そんなわけで、私は今王国を壊滅させ、君の首に剣を向けてるんだよ。安い言葉で言えば、君には恨みは無いが死んでもらうってところかな。
……なぁ、この話、一体誰が悪かったんだろな。