幽霊さんは動画を投稿したい
念願の独り暮らしを始めた。
都心の六畳一間。駐輪場完備。風呂トイレ別。コンビニ近し。最寄り駅まで徒歩十分。好条件揃った新築物件がなんと家賃三万五千円。
どうせ事故物件なんだろって思って大島てるで確認したら案の定めちゃくちゃ燃えていた。
詳細を確認したら、近所の公立高校に通っていた女子高生Iさんが、ストーカーに殺害され、建設中のアパートの201号室に遺棄されたらしい。 ちなみに今現在の我が家である。
なんにせよ関係ない。なぜなら俺は寺生まれ、幽霊なんてほほいのほいだ。
「ふぅ」
ため息ついて、Netflixでホラー映画観賞会を始めることにした。
独り暮らしで、わかったことがいくつかある。
ひとつ、買いそろえた自炊グッツはほとんど使わない。
ふたつ、ホラー映画は見れない。
「や、やめてください、こわいの苦手なんです! ディズニーにしましょう!」
同居人が騒ぐからだ。
幽霊なんてない、そんな風に思っていた時期が俺にもありました。
「ほのぼのしたのにしましょうよぉ!」
とりあえず無視してみる。幽霊は見える奴に付きまとうと聞いたことがある。反応したら敗けなのだ。
iPadの液晶におどろおどろしい音楽と共に血みどろのタイトルロゴが浮かぶ。
「ひゃあ! 私に安住の地はないのですかぁ!」
悲鳴を上げて部屋のすみに逃げ帰る幽霊。長い黒髪にセーラー服。オーソドックスに足は透けていた。
「ひどい人ッ! あなた、ほんとは霊感あるんでしょ?」
「……」
幽霊に対して反応したら負けだ。とりあえずBluetoothをオンにして、ワイヤレスイヤホンを耳に突っ込んだ。
「……それにしても蒸しますね。ちょっと服脱ぎます」
思わず顔をあげてしまった。
「ほら! やっぱり見えてる!」
なんて策士なやつなんだ。
「はい、じゃあ自己紹介しましょう」
音もなく両手を叩いて女幽霊は続けた。
もう死んでるくせにめちゃくちゃかわいかった。アイドルみたいにキラキラしてる。死んでるくせに。
「私の名前はアイリです。戒名は長くて忘れました。おにぃさんの名前はなんていうんですかー?」
「死者に名乗る名などない」
「じゃあ、ちょっと阿部寛に似てるからヒロシって呼ぴますね」
「一度も言われたことないわ」
身長も170センチだ。
「てかお前もう死んでんだから現世にあまり絡むなよ」
「あー、やっぱそうなんですね。なんで私死んだんだろ……」
「知らんけどストーカーに殺されたって」
「あー、スパチャの投げ銭の人ですかね」
人の話を聞かないわりに意外と生前は世俗的だったらしい。たしか動画の配信者に対して支援金を送る機能のことだ。
睨み付けるように見ていたら照れたように顔を赤くした。
「私、こう見えても有名なゲーム実況者だったんですよぉ」
「へぇ、なんて名前」
「は、恥ずかしいから言えません」
ネットアイドル殺人事件、とググったら、ニュースのまとめサイトが出た。
「宮前愛理、通称アイリーン。おっ、投稿動画貼られてんじゃん」
「わー!」
アイリーンは必死に俺の右手を掴もうとしてきたが幽体ではそれもかなわない。
動画は直ぐに再生された。
『はーい、どうもー。アイリーンですっ!』
「やめてぇ、消してぇ!」
元気はつらつに画面のなかで笑顔を振り撒く生前の宮前愛理さん。見比べて本人に間違いないのを確認する。いまは少し透けてしまったのが悔やまれる。
『今日はですね。少しマイナーなゲームをやってみたいと思います。というわけで、どん! こちら! スーパーマ◯オブラザーズ! いやぁみんな知らないかなぁー、これはですね、さらわれたお姫様を救う髭のおじさんの話なんですよ! ちょっとプレイしてみますね。えいっ、いえ、わっ、なにこれどうやってやるのー? わっ、あ、死んじゃった!』
「つまんな」
「うううううっー!」
涙目で膨れっ面になるアイリーン。動画はとてもじゃないが見れたもんじゃないので直ぐにブラウザバックした。
「ネットで顔出しとかそんなリテラシーだから殺されるんだよ」
「だってぇ……みんな喜んでくれるからぁ」
バカは死んでも治らないというが彼女の場合はどうなんだろうか、と動画のコメント欄に目を落とす。応援する声のほとんどが『おっぱい見せて』だった。
「くだらねぇ」
「実況でゲームの楽しさを子供たちに伝えたくてぇやってたんですぅ」
コメント欄に目を落とす。ほとんどが『おっぱい見せて』だった。
「私は衰退していく家庭用ゲームを再興したくて。小さい頃からゲームが好きだったからみんなに楽しさを伝えたくて……。それにみんながアイリーンちゃん面白い! かわいい! って誉めてくれるから……」
面白いのはお前じゃなくてゲームだ。
関連動画に目を落とす。
『100連引いてみた!』
動画をクリックする。
『はい、どうもー。今日はいま大人気のソシャゲの10連をなんと10回も引いてみたいと思います。ハンドルネーム『はちみつボーイ』さん、支援ありがとうございます。それじゃ、引きますよーえーい!』
「コンシューマーの再興ねぇ」
「ううう、だって再生数伸び悩んだから……流行りに乗るしかなくて……」
「再生数? 」
右下の数字を見てみる。
「え! 」
10万再生!
「はっ、なにこれ! すご」
「えへへー。みんなゲームの楽しさがわかってくれたんですよぉ」
コメント欄はほとんどが『おっぱい見せて』だった。見せるのかなぁ、と思って見続けたが、結局見せなかった。無駄に再生数が1増えた。
「なんにせよあんまり健全じゃないな」
動画を閉じて、Netflixに戻ろうとしたらアイリーンが唇を尖らせた。
「健全ですよ! みなさん節度ある視聴をして下さってます。私だって投げ銭してくださった人にはきちんとお礼いうように心掛けてますし」
殺されてんじゃん。やはりバカは死んでも治らないらしい。
グロ映画を見始めたら、アイリーンは悲鳴を上げて逃げていった。悪霊退散。
「ヒロシさんはなんでそんな怖い映画すきなんですか?」
部屋の隅っこで体育座りしながら、アイリーンがこっちを上目遣いで見てきた。
「……」
「ヒロシ! 無視すんな!」
「ヒロシじゃねぇよ」
勝手にあだ名つけて定着させようとするんじゃねぇ。
「あっ、やっと反応してくれましたね!」
「くそ。なんだよ」
集中できないので動画を一時停止にする。映画はしっかりと観たいタイプなのだ。
「ヒロシさんに人生相談があります」
「人生……もう手の施しようがないだろ」
「あっ、じゃあ、普通に相談があります」
「なに?」花の大学生活で夢の独り暮らしを始めたのに、同居人に幽霊が居るなんて望んでない展開である。アイリーンが未練でこの世に執着しているのだとしたら解決してあの世へサヨナラバイバイしてやるのも悪くない話だ。
「実は私、急に逝ってしまったので、パパとママ、それに視聴者のみなさんにサヨナラが言えていないんです」
「お葬式ならもう終わっただろ。たぶん」
ネット記事によると宮前愛理が殺害されたのは一年前の夏だ。
「そういう式典のことではなくて……」
アイリーンはその場で三ツ指ついて、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「お願いがあるんですよ」
「なに」出来るだけ嫌な顔を浮かべてぶっきらぼうに尋ねる。
「もう一度動画を投稿させて欲しいんです」
アイリーンはその場で平伏した。
俺の心中を察せられずにいるようだ。
「ビデオメッセージでお別れを告げたいってこと?」
「そういうことです。お世話になったお礼とお別れを言いたいんです」
「なるほど。とてもきちんとしていいと思うよ。だが断る」
「ええっ、なんでですか!」
「もう死んでるやつが動画投稿したらホラーだろうが」
「真偽が不明のネット世界だからこそできることだと思うんです! お願いしますヒロシさん!」
だからヒロシじゃねぇよ。
「大体撮影機材も無いし」
「スマホのカメラで充分ですよ。Googleアカウントは持ってますか? それさえあればYouTubeのアプリをインストールするだけですよ」
「投稿しないっていってんだろ。人の話をきけ。俺以外の別の奴に頼め」
「ヒロシさん、霊感持ちですよね。その力でカメラを霊体を写せるようにアップデートするんですよ。纏の応用技の周です」
「黙れよぉ」
そんな力があったら即刻カメラを射影機に強化して幽霊を南無阿弥陀仏してやる。
「いいからいいから一回試しに撮ってみましょうよ。物は試しですよ」
上目遣いで女の武器を最大限使っている。
仕方がない。ここで意地を張っても無駄に話が長引くだけだし、早々に望みを叶えてあの世に旅だってもらうことにしよう。
ポケットからスマホを取り出し、カメラをアイリーンに向け、撮影をスタートする。ピポンと小気味良い音が鳴り、画面にLECの文字が浮かんだ。
「あ、もう撮ってるんですか?」
「うん」
「と、突然ですね。あ、ありがとうございます」
短くお礼を言ってからアイリーンは浅く息をついてから続けた。
「はいどうもー! アイリーンです!」
毎回どうもって言わないと動画スタートできない決まりでもあるのだろうか。
「皆様お久しぶりです。最後の投稿から六ヶ月ぐらいですか。ご心配お掛けしました。この通りアイリーンは元気です! だけどやっぱりあんなことがあったんで、YouTuberは卒業したいと思います。皆様、お世話になりました!」
がばっと頭を下げる。暫し訪れる静寂。窓の向こうの陽気な日差しが室内を明るく照らし出す。
数秒後顔を上げた彼女は涙目になっていた。
「育ててくださったパパとママには、本当に……本当に……『ありがとう』……それしかいう言葉が見つからない……」
グッと涙をこらえて彼女は続けた。
「この最後の動画はお礼を申し上げると共に皆さまに前を向いて欲しくて投稿しました」
あ、やばい。なんだかんだ言って俺も人の子だ。彼女のことを思うと不憫で泣けてきてしまう。
まだ15歳だったのだ。それを突然ネットの見ず知らずの他人に殺されたのだから、不幸としか言いようがない。
「皆様は人はいつ死ぬと思いますか?」
ん?
「テッポーで撃たれたとき? 違う。病気になったとき? 違う。キノコのスープを飲んだとき? 違う」
うろ覚えのドクターヒルルク……。
「人に忘れられた時です!」
なんかもう何もかもが台無しだよ。
「というわけで、アイリーンは皆様が覚えて下さるかぎり永久に不滅です」
鼻を一回すすって彼女ははつらつに続けた。
「いつかまた生きて会いましょう。サヨウナラ」
儚い微笑みだった。
「……」
良い話だ。ところどころボキャ貧で漫画の引用とかで台無しだったけど、なんだかんだで感動してしまった。彼女の安穏を祈ると共に健やかに天に昇るようお祈りしよう。
「……あの」
アーメン。
「ん?」
「終わりましたよ」
「ああ、うん」
ボタンを切り忘れていた。撮影をオフにする。ピッとなって録画モードを終了する。
緊張が解けたらしいアイリーンは浅くため息ついた。
「これで成仏できます。本当にありがとうございました」
「ああ、気にするな」
「本当に……本当に……ありがとう……それしかいう言葉が見つからない」
本日二回目。
ボキャ貧っぷりにしらけていたら、少女は徐々に薄くなっていった。
「さようならぁ……」
「あっ、まて!」
アイリーンはスーッと湯気がたち消えるように消滅してしまった。後には静寂が残される。
薄く開いた窓から花香る春風が吹き込んで来ていた。
「俺動画の編集とかよくわからねぇぞ……」
困ったことになってしまった。
乗り掛かった船。
静けさに支配された一人きりの部屋で、落としたばかりのアプリで先ほど撮影したアイリーンの動画を編集することにした。
「んんっ?」
なにも撮れていなかった。
カメラは俺の独り言となんでもない虚空を写し出しているだけである。
幽体であったアイリーンをカメラに収めることは微塵もできていなかった。
周を忘れていた。そもそもにしてそんな能力俺にはないが。
しかし困ったことになった。一度引き受けたからにはちゃんと動画を投稿してやりたいが、素材がない。
「うーむ」
少し考えてから、彼女の名前を検索し、出てきた画像をテキトーに切り張りして動画作ることにした。
BGMにつけて、先ほどのアイリーンの言葉を字幕にお越し、編集すればひとまず完成だ。
「さてタイトルは何にしようか」
かくいう俺もボキャ貧でネーミングセンスゼロだ。まあいい。ありのままの名前をつけることにしよう。
『【追悼】アイリーンが最期に伝えたかった言葉!熱い想いに一同驚愕!ファンへのメッセージに涙が止まらない……』
「……なんかこういうクソ動画見たことあるな……」
我ながら頭が痛くなって来たが、調子が出てきた。
「ついでに北島三郎が涙したことにしよう」
キャプチャ画像をサブちゃんに変える。
「ふふっ」
一人上機嫌で笑っていたら、どこからともなく声が聞こえた。
「なんでそうなるんですかぁっ!」
血相変えたアイリーンが、怒り心頭といった風に怒鳴ってきた。死んでるくせに元気一杯だった。申し訳ないが、俺もなんでこうなったのかわからなかった。