バカテスト
ついに、ついにこのときがやってきました。私はこのときがいつ来るか、いつ来るかと望んでいたのです。
それは、寒く永い永い冬がようやく終わりが見えてきた頃のこと。私の家のポストに1通の封筒が入っていました。
牛山 泰斗 様と書かれた身に覚えのない封筒には、挨拶の文句が最初には並んでいたのですが、その中に気になる文句を見つけたのです。
「あなたは、第1回全国一斉バカテストの受験資格を有しますので、その旨をお伝えいたします。」
バカテスト?
なにやらこのテストは、小学校低学年レベルの問題50問を1時間以内に解き、採点の結果、もっともバカだった人に優勝賞金1000万円が送られるというものなのです。
最初はなにかのいたずらか何かだと思っていました。だって、1000万円なんて小学生が考えそうな金額ですし…。それに、インターネットで調べてもそんなことちっとも見つからないし、テレビやラジオなどでも全くこのことを話していないのです。
でも、ひょっとしたら、一億に一、これは、内密に行われるテストであるから、一般には公開されていないのではないか?と思いました。なぜなら、"バカ"という響きには少し興味があったからです。
私は、高校に通っているのですが、その高校の中で最下位を争うような成績です。この間は、全国偏差値20という偉業を達成し、大腕を振って家に帰ったところ、父親に拳骨をくらってしまったという始末です。
こんなことから考えても、私には、この、バカテストを受ける資格を有するのです。だって、誰がどう見てもバカなのですから。
どうせ部活にも入っておらず、毎日、家でごろごろしているような私ですから暇はたくさんありました。そういうわけで、封筒をもう一度、手に取り、じっくり読むことにしました。
その封筒の中の手紙には、受験料は第1回を記念して無料、場所は応募者のみに通知などと色々な文句が並んでいました。とにかく、応募して、受験票を手に入れない限りは、詳しいことは分からないようであったので、私は、自分の引き出しの中にあった今年の年賀状の残りの葉書を利用して申し込みをすることにしました。どうせ封筒で送ってくるのでしたら申込用紙くらい寄越してもよかったのに…。
それからというもの、いたずらかもしれないバカテストの受験票が届くのが待ち遠しく、学校の授業にはまったく集中できませんでした。もっとも、集中したところで私の脳はパンクしてしまうのですが…。終業のベルと供に私は学校を飛び出し、自宅まで自転車をひたすらにこぎ、玄関のポストを1秒でも早く覗き込むことを数日続けたのです。
そして、ついに、葉書を送ってから5日後。念願の?受験票が届いたのでした。
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第1回全国一斉バカテスト
受験番号 56420
氏名(性別) 牛山 泰斗(男)
会場 ○×勤労会館 3F会議室
日時 3月16日(日) 9:00〜10:00
※結果は終了後、2時間以内に発表いたします。
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ふむふむ、○×勤労会館。確かに実在するところです。それに、3月16日は、高校入試のために、高校が休みになるのです。どうせ家に居たって何もすることがありません。それなら、別に騙されてでもいいから行ってみよう。そういう気になったのです。
試験当日までは10日間ありました。学年末考査とやらがそろそろ終わる頃で、私は留年をするしないの瀬戸際になるであろうことは、すでに自覚しておりました。昨年の1年生のときは、追試験と補講を受けることで何とかなりましたが、今度はどうなることやら…。すでに試験が終わってしまってからはどうしようもありませんが、心配なものです。この結果は入試休みの間に連絡があります。
どうだろう?どうだろう?とずっと考えているうちに、入試休みがやってきました。少し忘れかけていましたが、勉強机(ただし、ここで勉強をしたためしがない)の上に置いてある受験票を見て、思い出しました。留年どうのこうのよりも、自分の能力が生かせる場。バカテストなのですから、全く勉強する必要はないのでしょう。まあ、バカですから勉強したところで仕方ありませんが…。賢い人とは頭のつくりが違うのです。いや、そもそも別の人種なのかもしれません。
賢い人の人種は受験資格がなく、バカには受験資格があるバカテスト。それが、いよいよ明日に迫っていました。私は、わくわくどきどきでした。これがいたずらかもしれないという可能性が捨てられないということをすっかり忘れて…。バカは3歩歩くと、些細な情報は忘れてしまうのです。バカは、何かに熱中すると、他の事は全部忘れてしまうのです。それだけのキャパシティを持ち合わせていないのです。それだけの思考回路を持ち合わせていないのです。
もう暦の上では春ですが、まだカイロが手放せない時期です。中学生の受験生は、カイロを片手に鉛筆でも握っていることでしょう。それと時を同じくして、私は、○×勤労会館3Fの会議室で鉛筆を握っているのです。この会議室は、どんな会議をするのかは知りませんが、200人程度収容できる大きさがあります。そこに、満員の状態ですからかなりの競争率でしょう。
私は、この会議室の前で、確かに受付をし、自分の名前がリストにあることを確認しました。受付の人は小学生などではなく、ちゃんとした大人でしたから、これがテレビ番組のドッキリでもない限りは、本当のテストなのでしょう。賞金1000万円というものが嘘だとしても…。
周りを見渡すと、バカそうな人がたくさんいます。それもそうでしょうが、私にこのテストで"負けた"ならば、相当なバカです。それは、自信を持って言えます。こんなことに自信を持っているなんて言ったら、どこからともなく父親の拳骨が飛んできそうですが…。
私たちから見て、母親世代の女性が部屋に入ってきて、テストの説明を始めました。時間厳守、不正行為厳禁だそうです。高校になって不正行為など無駄となってしまいました。かつて、校外模試で、隣の席の天才君の数学の答案を覗き見たときでした。全く何が書いてあるのやら分かりません。英語にしたってそうです。何度も何度も見て、一字一句写そうとしない限りはまず無理だと思い、諦めて寝ることにしたのです。ただ、考えてみてください。小学校低学年のレベルの問題なのですから、解けないはずがありません。どんなバカにしたって…。
問題用紙と答案用紙が配られ、9:00ちょうどに「始め!」の声がかかりました。一斉に紙が翻り、擦り合う音が広い会議室の中を木霊しました。
1+1=…5!
5+9=…4!
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森林…もりばやし!
田園…たぞの!
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こんな具合に、間違った解答をばんばんと作りました。空欄だと採点してもらえないかもしれませんので、何かしらは書く必要はあるのだと思いました。全部で算数25問。国語(漢字の読み書き)25問。時間内にすべて解き終わり、転寝をする時間すらありました。周りのバカ達も続々と寝ているものが多かったようです。
ここでふと思ったのですが、もしバカの優勝者が吹く数人だったらどうなるのか、と。そのときは、賞金が山分けかな?くらいにしか思いませんでした。そうです、もっと考えてみればよかったのかもしれません。
2時間後。優勝者が発表されました。それは私に決まっているでしょうと、有頂天になって掲示を見に行きますと、優勝者は、受験番号36491、隣の県の18歳の男性1人だけです。
え?何かの間違いでは?だって、私は、全部間違った答えを書きました。0点じゃないですか!
優勝者の答案を見たときにはさらに、唖然としました。その答案のコピーは受験者全員に配布されたのですが、その答案はすべて正答しています。
そして、その答案の下に、ワープロで打ってある主催側からのコメント。
「唯一の100点。バカを決めるテストであるのに、どうして100点をとろうと思ったのだろうか?」
そうです。私は賢いのです。だって、賞金1000万円を手に入れるためには、すべて間違った答えを書けばいいと考えついたからです。そんな考えが及ばず(かどうかは知りませんが)、全部正答したこの人は、本当にバカです。どこか納得行かないような気がしますが、結局、この人は、私よりもバカなのです。何も考えなかったのでしょうから…。もちろん、この結果を予測していた可能性も捨てられないわけではありませんけどね。
とぼとぼと家に帰ると、追試験決定の電話がありました。やっぱり私のほうがバカなのではないですか?
(完)