③
「よく来てくれたね、中村くん」
教授はいつになく上機嫌だった。
出前はすでに届いていた。天ざるそばが二人前。
今日みたいな暑い日にはご馳走だった。
「そんなに嬉しそうにして。先に食べていいよ」
教授は笑いながら、そう言った。
俺はどんだけ目を輝かせていたのだろうか。
少し恥ずかしくなった。
教授も書類を書き終えると、そばを食べ始めた。
研究室には、そばをすする音がこだまする。
「それで、頼みたいことってなんですか?」
そばを食べ終わると、俺はそう切り出した。
「ああ、きみに簡単なバイトを頼みたくてね」
「バイトですか?」
「そう、バイトだよ」
そう言って教授は麦茶を飲み干した。
「実はね、きみには私の開発したAIの教育係になって欲しいんだよ」
「AIですか?」
「そう、人工知能だ。ご存知のとおり、人工知能の開発は世界的なブームとなっているだろう? 国も大学も研究機関もその開発に重点をおいている」
「はい」
「そして、私もそのプロトタイプを開発したのだ。生活に必要な基本的知識は、すべて覚えさせている。あとは、実地で学習を進めて、より人間に近づかせたいと思っている」
「そこで、バイトですか?」
「そう、きみの出番だ。きみのスマホにAIを導入して、共同生活を送って欲しい」
「嫌ですね、そんなの」
俺はきっぱりとバイトを辞退した。
そんなプライベートがダダ洩れになりそうな危険なバイトは嫌だ。
「なっ……」
「じゃあ、おそばご馳走様でした。また、二学期に……」
俺はさっそうと部屋の出口に進む。
「バイト代弾むつもりだったんだけどな~」
「いくらですか」
俺は報酬に食いついてしまった。
教授は笑っていた。
※
「はー」
俺は空を見上げていた。
セミの声が響いている。
結局、バイトを引き受けてしまった。
「じゃあ、スマホにアプリとして入れておくから、家に帰ったら起動してね」
教授は、今は絶対に起動するな。
街中でも起動するな。
と何度も注意していた。
コンプライアンスがどうかとか言っていたが、嫌な予感がする。
でも、引き受けてしまった。
俺は、アパートの部屋の扉を開いた。
※
「よし、起動するか」
コップ一杯の麦茶を飲んで、気分を落ち着かせる。
スマホのホーム画面に、新しく追加された「AI」というアプリ。
ストレートすぎる。
俺は、その画面をタッチする。
画面は起動画面に切り替わった。
一分ほど経過した後、画面には女性が登場した。
どうやら、彼女がAIらしい。
「はじめまして、中村さん。私はアイと申します」
彼女は流ちょうな言葉でそう言った。
AIだから、アイ。
安直だ。
「こちらこそ、はじめまして」
俺の方が、緊張で片言だった。
「中村さん、ひとつだけお願いをしてもいいですか?」
「なに?」
彼女は、恥ずかしそうにそう言った。
「私とお付き合いしてください」
こうして、俺たちの共同生活は始まった……。