① プロローグ
「おはようございます、ご主人様」
目がさめると、そこにはアイがいた。
アイは、いつものようにあざとい声で笑いかけてきた。
いつもと違うのは、彼女がメイド服を着ているということ。
「ああ、おはよう。というかご主人様は止めてくれ。絵面がやばい」
俺は、いつものようにそう返した。貧乏大学生が住まう部屋で、メイド服。通報余裕でした。
「相変わらずつれないな~。先輩は」
アイは、いつもの笑顔でそう笑う。
「というか、なんでメイド姿?」
「男の子は、メイドが好きだって、ネットに書いてありましたので!」
「どんな有害サイト見てるのかな? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「死にませんよ。先輩を残して、死ねるもんですか」
「かっこつけてもダメです」
「うう~相変わらず意地悪ですね」
俺たちの奇妙な共同生活が始まって、早二ヶ月だ。俺は、いつもこいつに振り回されている。
「さて、朝飯でも作るか」
俺は布団をしまうと、台所に向かう。
「え~、まだですよ。おはようのキスしてないし……」
「いつもしてないでしょ」
「そうでしたっけ?」
「おまえのほうが、俺より記憶力いいだろ」
「世界線変わっちゃいましたかね?」
「おまえ、俺と暮らし始めてから、二次元知識増えすぎだろ」
「先輩のせいですよね。わたしに新しい世界を……」
「ネタが際どいわ。ここが屋外だったら、一発通報されてるわ」
「大丈夫ですよ。先輩が、人生というフィールドでレッドカード一発退場しても、私はあなたをお慕い申し上げます」
俺は、ため息をついた。こいつは、いつもこんな感じだ。一緒になってはしゃぐとすぐに疲れてしまう。
「あれ、怒りました?」
「いや、怒ってないよ」
「絶対、怒ってますよね?」
「違げえよ」
少し語気を強めてしまった。
「じゃあ、どうしたんですか?」
アイは、少しだけ不安を含んだ口調でそう言った。
「いや、お前さ。俺を好きだ、好きだって言ってくれるけど、いつも冗談っぽいからさ。その……」
「あー、嬉し恥ずかしいんですね、わかります」
「ふざけすぎて、むかつくんだよ」
俺はそう言って、台所に逃げた。
※
居間には、私が入ったスマホだけが残された。
「もー、先輩ってば、中学生みたいにうぶなんだから」
誰もいない居間で、私はそうぼやく。
「だって、ごまかさないと、恥ずかしくて言えないじゃないですか、自分の気持ちなんて……」