第一章7話 森への潜入、していいですか?
俺たちは村から離れて、軽くモンスターと戦いをする。概ね、3時程度だろうか。もう少しで夕方が来る。
敵は5人で行ったときに比べると、少し少ない気がする。群れで行動するアヌビスも、先程と同様、単体で来ている。
「ドーーーン!!」
ピストルの音だ。俺と阿左美は耳に指を突っ込んで、音を和らげていた。
弾丸はアヌビスのお腹を貫き、地面すらも軽くえぐる。血はそこから流れ出し、なんとも言い難い光景。
「さ、流石です。翔太さん···」
そのままアヌビスは呼吸する事すらも困難になり、息を引きとっていった。
「うーん。···あまり、敵が来ないな···こなさすぎじゃないか?」
その異常さに、思わず翔太は言葉を漏らしていた。
その意見は、納得できる。何かこの森で起こっているのだろうか。
「とりあえず、まだ村からそう遠くないし、もう少し奥に行ってみませんか?」
阿左美は俺たちにそう告げた。俺と翔太はお互い顔を見合わせて、頷く。
少し歩くが、敵どころか虫一匹いるような気配がない。そう思って俺は一度周りを見渡す。
「···翔太さん、あそこの人たちは、何をしているのですか?」
すると、10人くらいの人が、フル装備で森の中を歩いている姿が見えた。
前の人は片手に盾、片手に剣を持ち、後ろの人は剣と弓矢を持っている。この状況を見る限り、前衛と後衛で分かれているのだろう。
「あれは、調査軍兵だね。···こんなところで何をしているのかな?」
「···すみません、その調査軍兵って、なんですか?」
「調査軍兵は、この世の敵の情報をかき集める役割をしているよ。だが、圧倒的に死ぬ可能性が高いから、オススメはしないかな。」
神様の言っていた情報集め。俺はその役をするが、それを聞いた瞬間、自分はとんでもない仕事を抱えているんだと自覚した。
死なないとはいえ、怖いだろう。
「じゃあ、なんで調査軍兵になるのですか?」
「生活が裕福だからね。軽く働くだけで、報酬は高くつくし、その上、料理は基本的に一級品。俺たち庶民には味わえない味らしい···まあ、昇格したら、の場合だけどね」
昇格、努力次第では高い地位に立てる可能性があるのか。確かに、そう言われると庶民からしたら美味しい話なのかもしれない。特に、貧富の差が激しいこの時代ならなおさらだ。
「俺はこの話、嫌いじゃないかもしれないですね···なろうとは思わないけど。」
「私はやめたほうがいいと思うわ。···そんなので自分の命を失いたくないし。」
「ハハハハ···まあ、そういう人の意見、多いよね···」
真っ向から反対する阿左美。翔太は、少し苦笑いを浮かべていた。
「もしかすると、調査軍兵の人たちが動いているから、あまり敵が居ないのかな?」
「モンスターは調査軍兵の手によって殺された、ということですか?」
「···かもしれないね。少なくても、僕たちよりかは圧倒的に強いと思うし。」
俺と阿左美と翔太は話している最中、突然事件は起こった。
「誰か、助けてくれー!!」
響き渡る声。悲鳴だ。
「調査軍兵たちじゃないか!?···どうする、行くか?」
「ここで見過ごすこと、出来ないと私は思うけど!?···行くしかないんじゃない!?」
「ああ、···勇気を出して行こうじゃないか。」
俺たちは森の中を走り出した。烏たちも何処かへと慌てだすようにして逃げていった。一体、この森に何が起こっているのだろうか。
鳥たちの様子を見て、俺たちは顔を見つめあい、頷く。そして悲鳴の聞こえた方向へ向かう。
「お願い、誰か助けてくれー!!!···嫌だー!死にたくない!」
人だ。何かに荒らされている様子。血は散乱して、ひどい状況。足がすくんで調査軍兵の一人は動くことができない。
「た、助けてくれー!!···君たち、死にたくないんだ。助け···!?···ギャァァァァァァーーーー!!!」
モンスターが、男を食べてしまった。人の骨も噛み砕く顎。そして、大きな体をしたモンスター。今まで見たモンスターの中で、1番かもしれない印象。
血は吹き荒れ、腕は残っていて、それを踏み潰す。残酷すぎるモンスター。見ているだけで気分を壊してしまう。吐きそうだ。
見た目はゴリラだが、爪は長く、熊が少し入り混じっている気がする。いずれにせよ、体から拒絶反応が出ている。関われば不味いことになるのは間違いない。
しかし、そう思った時点で遅かった。どうやら俺たちを餌と思っているらしい。近くの樹木を掴み、腕力だけでへし折る。どうやら威嚇しているらしい。
赤い目でこちらを睨むゴリラ。足がすくむ理由が分かる気がする。
「···ヤバイな···敵の数が異常に少ない理由は、こいつだったのか···」
そう翔太が呟く直後、数匹、アヌビスがそのゴリラに向かって飛びかかった。しかし、いとも簡単に飛びかかるアヌビスを殴り、原型の留めない形へと変化させていた。
睨む目が尖すぎて、怖い。早くここから逃げ出さないと、今度は俺達の命が危ない。逃げようと俺はするが、阿左美と翔太はゴリラを睨みつけている。
「何をしているんだ、早く逃げるんだ!」
何をしているのだろうか。剣を構えて睨みつけている。もしかすると、熊に自分の背を向けるなという教えを守っているのだろうか。いや、この時代にそんな考えはない。
「絆···逃げても無駄かもしれないよ。」
「なぜそう思うんだ、阿左美!?分かんないじゃないか!?」
「···絆くん。阿左美ちゃんの意見は正しい。···見なかったか?調査軍兵が食べられるシーンを」
「調査軍兵が食われるのと、俺達が逃げても駄目なのと、なんと関係が···」
確かに関係性はないだろう。どう考えたって、調査軍兵が食われた事と俺たちが逃げるは関係がないようにしか思えない。
「···まさか···」
「···気づいたようだな。」
「調査軍兵が食われたから逃げ切れない。ではなく、調査軍兵なのに食べられたから、俺たちには逃げ切れない、そう言うのですか?」
「···その通り。流石、頭が回るのは早いな。」
調査軍兵は勿論、逃げようとしただろう。だからここには人の死体があまり見えないのだ。もし逃げようとしていないのなら、ここにはたくさんの死体があったらだろう。
だが、ここにいるのは先程食べられた人と、その前の人のみ。
そして、先程食べられた人が仲間が食べられている光景を見て悲鳴を上げた。そう考えるのが妥当だろう。
悲鳴が一度しか聞こえなかったのは、恐らく、一瞬にして食べられたのだろう。それの生き残りが逃亡して、この場にたどり着いた。だが食べられた。
そんな光景を目の前にして、無力だった俺たち。どうすることも出来なかった。俺たちの目の前で、平然と殺していくモンスター。許すことは絶対にありえない。
「死ぬのですか、俺たち。」
「···いや、僕は君たちを守るから、死ぬことはないよ。」
「···少なくても、俺への配慮は大丈夫です。···それよりも、女の子である、阿左美をまずは守らなくてはならないのでは?」
「···それもそうだな。やるだけやってみるか、絆。」
「了解です。翔太さん。」
俺と翔太は阿左美を置いて、モンスターに向かって走り込む。俺は思いっきり剣で切ろうとする。しかし、モンスターは、俺を見て拳を出してきた。
「『ブースト』!」
俺は相手の拳が当たる前に、自分以外の時間を遅くする。拳を俺はさっと避け、剣で敵に向かって斬りつけに行く。
「くらぇぇぇぇぇぇーーー!!」
『バキーン!』
響き渡る音。金属が割れた音だ。俺はその瞬間、察してしまった。剣が、折れていることに。
折れた剣先は空を舞い、空気を切り裂いていきながら、スタンと地面に落ちる。
どうやら、阿左美にもらった剣では、通用しなかった。阿左美がくれた剣よりもゴリラの身体のほうが、硬かった。ただそれだけだ。
「ヤバイ···殺られる···」
そう呟いたときには、もう遅かった。ゴリラの拳は、俺が剣を振る事よりも早い。そして、俺が避ける事よりも、圧倒的に早い。
「···ッ!?」
吹き飛ばされた俺の身体は、そのまま勢いを殺すことなく、後方へ吹っ飛んだ。そして、木に激突。まるで、ゴーレム戦のような感じだ。
「絆くん!!···クッ!?」
相手の拳が飛んでくる。翔太は、その攻撃を見切り、剣をうまく使って攻撃を防ぐ。しかし、剣にダメージが入った。近い内に、壊れるかもしれない。
後ろへそのまま翔太も吹き飛ばされる。しかし、足を地面につけて、飛ばされる勢いを殺した。
「グッッッ···絆くん、大丈夫か!?」
「はい···なんとか、ですけど···」
俺はギリギリの所を立ち上がる。少し頭がクラクラするが、逃げたりすることくらいなら可能だ。
「ハァハァ···翔太さん、俺、剣が吹き飛んでなくなってしまいました···」
「ハァハァ···俺も、かなり剣の耐久値が限界だ。」
「阿左美は···どこにいますか?···」
俺は阿左美のいる方向へ顔を向ける。立って入るが、何もしていない。ビビっているのだろうか。
だが、彼女はまだ女子だ。そして、正確な歳は明かされていないが、見た目からすると俺よりも幼いだろう。つまり、無理はないと言うことだ。
「···翔太さん、行けますか?」
「···残りの体力を使ってみる。···忠告だけすると、アイツは恐らくA−だぞ。···つまり、俺達よりも強いってことだ。逃げるなら今のうちだ。それでも逃げないって言うなら···覚悟は、出来ているんだな?」
「はい!」
俺たちの方向を睨みつけ、ヨダレを垂らしている。敵のお腹が減っている状態で、威嚇した俺たちは少し馬鹿だった。
時刻は4時は回っている。つまり、太陽がもう少しで沈むのだ。太陽はまるで俺達を見て嘲笑っているような、そんな少し暖かい日差しをしていた。