王妃に相応しき者8
そして、コレットが牧場に戻ってから二日目のこと。ガルナシアの騎士団がアルザスの山を登っていた。
白い制服の中にぽつぽつと二色だけ違う色が混じっているその一行は、山を登り切るとニックの牧場に入っていき、赤い屋根の家の前で止まった。
ザクッと地面に降り立つ音を聞いて、家の中で手仕事をしていたアリスが首を傾げた。
「ねえ、誰か来たみたいだよ、ニック」
「ああ。なんだか、大勢来たみたいな音だな?」
のんびりと会話をするふたりは、ふと顔を見合わせて眉を寄せた。牧場に大勢の人が来ることなど、今まで一度もなく、なんか嫌な予感がするのだ。
同時に家の戸がノックされて、ふたりは息をのむ。もう一度ノック音がして、ニックが意を決したように立ち上がった。
「よし、俺が出る」
一応護身用の棒を持って、向こう側に「はい?」と声をかけつつそっと戸を開けた。すると、綺麗な女性が少し緊張した面持ちで立っており、ニックを見てにこっと笑った。手には、なにやら大きな荷物を持っている。
「あの、どちらさまでしょう?」
「失礼いたしました。私はリンダと申します。あの、コレット・ミリガンさまは、ご在宅でしょうか?」
「ああ、コレットなら、今牛小屋にいますが……」
「まあっ、牛小屋とはどこでしょうか? ここから遠いのですか?」
いえ向こうの……と指さしながら外に出たニックの目に、居並ぶ立派な騎士たちの姿が映った。あまりの風格にギョッとしてしまい、再びぎくっと腰を痛めそうになる。
「あ、あ、あ、あそこが牛小屋です」
腰を庇い、声を裏返しながらも言葉にするニックに対し、リンダはにっこり笑って頭を下げた。
「ありがとうございます」
リンダは騎士たちの輪の中に入っていき、あちらの建物におられるようですと、ひときわ立派なオーラを放つ騎士に伝えている。鋭い眼光の騎士は牛小屋を見やってうなずき、ひとりで歩いて行った。
ニックは何事が起きるのか分からず、ごくりと息をのんだ。
一方、牛小屋の中にいるコレットは、ニックが腰を痛めそうな事態に陥ったことなどつゆ知らず、一生懸命小屋の掃除をしている。箒で散らばっている干し草をせっせと固めていると、不意に、ふわりと後ろから抱きすくめられた。
「え……?」
自分の体を包んでいる、黒い服を纏った逞しい腕は、コレットには覚えがあり過ぎる。けれど、それはとても信じられないことで……。
「コレット・ミリガン。君を迎えに来た」
忘れもしないバリトンの声が耳をくすぐる。
どうして彼がここに来るのだろう。そして、迎えに来たとはどういうことか。
彼に会えてうれしい反面、コレットは頭の中が混乱してしまった。
「陛下……どういうことですか?」
疑問符を浮かべるコレットの体をくるんと回して向き合う形にした陛下は、小さな手が握っている箒を取り上げて壁に立てかけた。
そして、コレットの前にひざまずいて、手を握った。真摯な紫の瞳が、まっすぐにコレットを見つめている。
「君こそ、私が求めている“王妃に相応しき者”だ。コレット・ミリガン。私の真の妃になってくれないか」
「え、え、え……でもあの、わたしでいいのですか!? 立派な貴族のご令嬢のほうがいいのではないですか?」
「君の正しさや弱き者を気遣う優しさ。それに皆に好かれる愛らしさは、身分など関係ないものだ。それに、私は君を心の底から愛している」
コレットは陛下の瞳を見つめた。彼の瞳の中心にはコレットしか映っておらず、それが心底うれしくなる。これからもずっと彼の瞳の中心でありたいと、自分が陛下のそばにいたいと願う。
「コレット・ミリガン。この先の人生、私とともに生きてくれるか?」
「はい、サヴァルさま。わたしも、あなたを愛しています。この先ずっと、わたしを導いてくれますか?」
「それは、もちろんだ。ともに生きよう」
陛下が立ち上がるのと同時に、牛小屋の入り口から歓声と拍手が沸き起こった。
振り返ったコレットの瞳に、ニッと笑うアーシュレイとにこにこ笑顔のリンダ、それにうれしそうな騎士団の皆と、びっくり顔のニック夫妻が映った。
わっと、皆が牛小屋の中に入って来て、ふたりは囲まれてしまった。
「……聞いていたのか」
照れたようにボソッと呟く陛下の腕の中から、リンダがコレットを浚う。
「さ、コレットさま。準備を致しましょうか」
「え……なんの?」
「もちろん、結婚式の準備ですわ! アリスさま、お手伝いいただけますか?」
「え、ええ。もちろんだよ!!」
リンダに声をかけられたアリスは、戸惑いながらも快諾して家の中へと誘う。
部屋に入ればすぐにリンダの持っていた鞄の中から、白いドレスとヴェールが取り出された。ふたりの手によってあっという間に花嫁が仕上がり、コレットは瞳を潤ませた。
「すごい綺麗だよ、コレット。幸せにおなり」
アリスが感慨深げに目を細め、コレットを抱きしめる。
「ありがとう、アリスおばさま」
アリスが手を引いてコレットを家の外に連れて行くと、外にいた男性陣からどよめきが起こった。
「まさか、コレットが王妃さまになるなんてなあ……。びっくりだあ。きっと天にいるふたりも喜んでいるよ。本当におめでとう」
ニックは涙を拭くと、アリスからバトンタッチしてコレットの手を取った。騎士たちが並んで作った即席のバージンロードを歩き、陛下の元へと連れて行く。
「コレットを、よろしく頼みます」
ニックは陛下にコレットを託し、後ろに下がった。
牧師の代わりをするのは、アーシュレイだ。
誓いの言葉を述べた後、陛下はコレットのヴェールをゆっくりあげた。その瞳がふわりと柔らかくなる。
「式は二度目だな。だが、誓いのキスは初めてだ」
コレットは無言のままそっと瞳を閉じた。
森の中の小屋で夢見たことが、本当になる。愛する人にキスをされるのだ。
指先で顎を支えられ、陛下の息が唇にかかるのを感じ、コレットの胸が高鳴る。間もなく、そっと合わせられた唇はとても柔らかくて、コレットの想像以上だった。
「ん……」
コレットの手がぴくんと動いて、陛下の服を掴んだ。唇を割って入ってきた陛下の舌が、口中を優しく這っている。初めての感覚に戸惑うが、陛下の愛情が伝わってきてされるがままになる。
陛下としては、我慢に我慢を重ねて来たコレットへのキスだ。自然と熱が入ってしまうのだ。その長~い誓いのキスに辟易したアーシュレイが、コホンと咳払いをした。
「陛下。いい加減にしてください。その続きは、夜に、お願いいたします」
皆からどっと笑いが起こり、リンダはちょっぴり頬を染めて、陛下とコレットを見つめている。
コレットは頬を染めてうつむき、陛下はそんな彼女を愛し気に腕の中へ入れた。
いつの間に用意したのか、ニックは騎士団の皆に祝いの葡萄酒をふるまい始めた。うれしそうなニック夫妻やリンダたちを眺めながら、コレットはふと疑問に思った。
「陛下、もしもわたしがプロポーズをお断りしたら、どうましたか?」
「そうしたら、無理やりさらっていたな」
「え……!?」
陛下は紳士的な態度でプロポーズをしてきたのに、意外な言葉で驚いてしまう。そんなコレットに、陛下はこっそり耳打ちをした。
それを聞いたコレットは、プッと吹き出してころころと笑う。まさか、陛下がこんな言葉を用意していたとは、思っていなかったのだ。
『こんなに私に惚れさせておいて、今更王妃にならないとは許しがたい。よって、一生の妃を命ず』
「陛下、これは、わたしはまた罪を犯したことになるんですね?」
「そうだ。言うなれば、私の心を奪った罪。一生のお沙汰を命じるつもりだった」
コレットは、陛下にミルクをかけてしまったことを思い出していた。お沙汰で始まった恋は、一度は終わりを告げられたけれど、今こうして叶っている。人生はいつ何が起こって、どう変わるのか分からないものだと、哲学的なことを考えた。
でも間もなくして、この結婚は、ほぼ計画的だったことを知らされたのだった。葡萄酒を飲んで少し酔った様子の、腹黒いアーシュレイにしれっと。
「あなた、自分が王妃として育てられていたこと、全然分かっていませんでしたあ?」と──。
【本編完】
ここまでお読みくださりありがとうございました!
このあと、陛下目線での番外があります。




