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エルフの置き土産

 エルフの置き土産




 真紅に燃える髪を揺らしながら、ソルティはパレットへ微笑みかける。

 唖然とするパレットへ向けられるその瞳は優しい光を湛えたまま、静かに彼女の反応を窺っていた。

 全てを見抜いたようなその表情に、パレットは少し思案を巡らせると、やがて意を決して口を開いた。


「あ、あの……どうしてわたしが悩んでいるって思ったのか、教えてもらってもいいですか?」


「そうですね、この間お会いした時より、随分と服装に気を遣っておられるようでしたけど、貴女が笑顔でなかったから、ですかね。あなたの今の表情は、そう。まるでこの曇り切った空の様。胸の内に秘めた思いを打ち明けられない、苦しむ乙女の表情(かお)でした」


「……」


 パレットは悩みをそのまま言い当てられて、思わず頬を手で確認してしまった程には驚いたものの、その言葉を聞いて自分の悩みを目の前の女性――ソルティへと打ち明けてみようと思ったのだった。


「私、自分でも良く判らないんです。あなたに山百合の意味を教えられて、彼が好意を向けてくれることに気が付きました。そしてその好意をとても嬉しく思っているのに、私は彼を避けてばかり。彼はいつも笑いかけてくれるのに、私ときたら自分がどう応えれば良いのかすらわからないんです」


 告白しながらに、思わず滲む涙を堪えつつ、パレットはソルティになんとか悩みを打ち明けると、こらえきれなぁった涙をポロリと滴らせた。


 涙ぐむパレットを優しく見守るソルティは手にしたティーカップを静かに置くとパレットに向けてこんなことを言うのだった。


「パレットさん。貴女がその彼に好意を抱いているのは間違いない。その丁寧に梳かれた髪や、可愛らしく着飾った服装を見れば誰でも解るでしょう。貴女はもっと自信を持つべきです。ありのままの貴女でいい、彼の目をしっかりと見ながら問えばいい」


「解ってはいるんです、それでも彼を目にすると、私はつい怖気づいてしまう。込められていた意味に気が付こうともしなかった私が、一体今更どんな顔をして何を伝えれば良いのか? 何もわからなくなってしまうんです」


 最後の方にはほとんど涙に声を潰して、悲痛な顔で訴えるパレットの肩をソルティは優しく叩くと、懐から取り出したハンカチで、涙に濡れた少女の顔を拭ってやった。


「パレットさん、大丈夫。なにも焦ることは無いんです。ただ、逃げ出してしまうのは良くないですね。貴女は今まで通り彼に笑いかけていれば良いんですよ。少なくとも今はまだ。時期が来れば自ずとわかりましょう。その時までに秘策を教えて差し上げます」


 ひとしきり泣いたパレットに、ソルティはすっかり冷めてしまった紅茶を新しく継ぎなおすと可愛らしいく焼けたクッキーを一緒に勧めながら暫くはこの時間に来るようにと言葉を掛けて、一足先に仕事へと戻っていった。


「カップはそのままにしておいて構いません。それより約束ですよ? 暫くは今日と同じ時間に配達に来てください」


 にこやかに立ち去るソルティを見ながら、パレットは家に帰りつくまで、なぜ彼女がこんなにも親切にしてくれるのか? そんなことを考えていたのだった。



 ◇ ◇ ◇



「随分と遅かったじゃないか。大丈夫だったかい?」


「うん、大丈夫。ちょっとお屋敷のメイドさんとお話していただけだから。それと暫くは今日と同じくらいの時間に配達に来るようにだって」


「そうかい。それならいいのだけど……わかったよ」


「ところでお母さん……いや、なんでもないわ。私水汲みしてくるね」


「……」


 家に帰ったパレットを店番をしていた母親が出迎えて、そのような会話が交わされパレットは水桶を抱えて裏手の井戸へ水を汲みに再び店を出ていった。

 そんな彼女を見送りながら、母親は元気のないパレットの――僅かに崩れた化粧に少しばかり心配するも、今のところは静観することを決め込んだ。


 花屋というものは毎日大量の水を使う。

 夏場ならばそれこそ早朝から、冬場ならば少し陽が上がってから。草花を痛めないよう、調整しながらやるのだが、この時期なら丁度今くらいの時間が頃合いだろう。

 一度に多くの水を運ぶのは、力のないパレットにとっては重労働で、そんな彼女が考えたのは、小分けに分けて暇のある時に水を補充しておくことだった。

 使用する水場は街の区画ごとに決まっており、幸いパレットが使う井戸は家から近い。

 店の裏手の路地から少し歩けば屋根を掛けられた共同井戸がすぐ見えて、そこでは数人の近所の住人が井戸端にすっかり根を張っていた。


「おや? パレットちゃん。水汲みかい? いつも大変だね」


「こんにちは。いつもの事ですから」


 お約束のやり取りをして、パレットは井戸に取り付けられた釣瓶を何度か使い水桶に水を満たし終わると、最後に手に水を掬い口を潤した。


「やっぱり……どんどん水が綺麗になってるわ」


「皆喜んでいるよ。これもあのエルフの神子様のおかげだねぇ」


「エリスさんはこうなることが判っていたのかしら……?」


 つい最近、街を訪れた一人のエルフがもたらした、ささやかな恩恵の一つ。

 今ではサイダの湖の中にびっしりと生える神聖な水草も、どうやら彼女が関係しているらしい。

 ちょっとした縁があり彼女とは少しばかり話をしたことがあるけれど、信じられないような突飛な行動を取る彼女は、湖に生い茂った水草を木桶に摘んでくると、街中の井戸という井戸に少しずつ投げ込んでいったそうだ。

 そして不思議な事に、その水草は彼女が祈りを捧げると、その姿を苔へと変えて、井戸の内側をびっしりと覆ったのだ。


 その行動が意味するところを街の者は理解していなかったけれど、日に日に綺麗になってゆく水に気が付いたのは、彼女がこの街を去った後の事だった。

 子爵家の結納の儀の立会人を務めるほどの人物でもあり、当初風変わりな事をする彼女を、物珍しく好奇の目で見る者はいたが、表立ってその行動に文句を言うものもおらず、城館の井戸にも同様の事をしたと領主が通達を出した今、あのエルフがもたらした置き土産だと、街の者は大いに喜んだのだ。


 パレットは水で満たした水桶を両手で持って帰り、店の水瓶に移せばそちらには湖の中に生える水草がここでは同じ姿のまま数輪の花を咲かせていた。


「これもエリスさんが植えたのよね……そしてこの山百合も……」


 パレットは覗き込んだ水瓶に映り込む自分の頭に飾られた山百合の花をみて、水草を植えたときにエリスの言っていた言葉を思い出していた。


「この水瓶の水を毎日あげれば、その髪に飾っている花も長持ちするわ」


 なんとも不思議な話なのだが、彼女の言う通りこの水瓶にエリスが水草を植えてからというもの、店の花はどれも日持ちが良くなったのだ。それどころか多少元気のない程度のものならば、この水をやることで十分元気を取り戻してしまうほど、まるで魔法の水のような効果をもつこの水は、この花屋を大いに助けているのである。

 既に開花の時期を終えた山百合が枯れることなく店頭に並んでいるのも、勿論この水草のおかげなのだがその正体を知る者は、ごく一部の人間を除き殆どいないのであった。

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