赤髪の協力者
本日二話目です。
お楽しみくださいませ。
赤髪の協力者
領主城館へと急ぐパレットは湖畔の道を黙々と歩く。
別に道に迷う事は無い。なにせフレバー子爵城館は、この湖の中ほどに突き出たような岬に建てられた古城にあるのだから、湖に沿って歩いていけば、自然と城館に辿り着くというものだった。
ここサイダ周辺では冬の訪れは早い。先日収穫祭が終わったばかりだというのに、既に山の頂上付近には薄く雪化粧をしており、これがいよいよ年を超える頃になれば、この湖が全面凍結する事すら珍しくない。
歩みを早めていたパレットは少しその速度を緩めるとやがて立ち止まり、静かに凪いだ湖面を見つめていた。
一月と少し前、この湖上で行われた "結納の儀" を、丁度彼女はこの辺りから眺めていたのだ。
長らく身を固めることをしなかった子爵公子――つまりはこのサイダを治める次期当主は、先日遂に花嫁を迎えることとなり、結納の儀が開かれてたのは記憶に新しい。そしてすぐに続く収穫祭と、街はこのところ連日のお祝い気分で大いに盛り上がっていた。
湖上で行われた儀式の後のパレードでは、新しく輿入れする花嫁がお披露目となり、純白のドレスに身を包んだ可憐な姫君を街の者は歓声を以て歓迎した。
華やかな花嫁の装いは、女性であれば誰しも憧れるというもの。
若様と二人並んでゆっくりと馬車で行進する姫様を見て、パレットも例に漏れることなくその姿に自分を重ね、いつか来るかもしれないその日を夢想していたのだ。
「わたしもあんなドレスを着れる日が来るのかしら?」
誰に向けて呟いた訳でもなかったのだが、パレットのその言葉に横に並び立つ青年は
「馬鹿、当たり前だろう? あの位のドレスは着せてやらぁ」
なんて答えていたというのに、その時の私ときたら、それが自分に向けられていたなんて全く気が付いてなかったのだから。心なしその後元気のなかった青年を特に気にすることも無かった彼女だが、改めて考えてみれば随分と酷い仕打ちをしたものだと、今でも時を遡れるのなら、その時の自分に髪に飾った花の意味を教えてやりたいと思うのだった。
◇ ◇ ◇
午前九時の鐘が山間に響き渡る頃、子爵城館へと到着したパレットはいつも通りに門番に挨拶をして、屋敷の右手奥の通路を進みバックヤードへと入り込んでいた。
「今日は少し遅かったですね」
丁度顔を合わせた赤髪のメイドさんにそう声を掛けられて、「準備に手間取ってしまって……ごめんなさい」と慌てて謝るパレットを上から下まで視線を巡らせた彼女は、クスリと笑い声を漏らすといつもと違う行動に出たのだった。
「私これから休憩なんです。良ければパレットさんも一緒にお茶でも如何ですか?」
「え、でも私なんかが……なんか悪いですよ」
「そう仰らずに、ほらあそこを見てください。ミリア様が私たちの為に、造ってくださったテラスです」
彼女の指さす方向にあるのは、屋敷の壁に沿って造られたウッドデッキで、そこには白い柱が立てられて、きちんと屋根までついていた。
「姫様があれを?」
「はい。お供してこの屋敷に来られたメイドと、私達が早く仲良くなれるようにと用意してくださいました。素敵なお菓子と紅茶もありますよ?」
そこまで言われて断るのも、流石に失礼だと思い、何より貴族城館で出される紅茶とお菓子というものに、パレットの心は図らずも踊りまくっていた。
「あの……それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
そうしてあっけなく陥落したパレットは、赤髪のメイドに誘われて白く可愛らしいテラスへと向かうのだった。
テラスへ上がるとそこは予想以上に素敵な場所となっていた。
もっと簡素なものかと思っていたら、まだ塗料の匂いを漂わせる白い柱も手すりにもしっかりと鑢が掛けられて、ささくれ立って触れるものを傷つけることの無い配慮がなされており、内側から屋根を見上げればなんとそこには布が張り込まれていたのだった。
「さあ、そちらにお掛けになって。私はお茶の準備をしてきましょう」
パレットは勧められた椅子に腰かけると、ゆっくりとこのバックヤードを見渡して、同じ街だというのに全く違う世界に迷い込んだような、日常とかけ離れた様子にこの場所は世間から切り取られた場所なのだと、改めて感じ取っているのだった。
ほどなくして戻ってきた赤髪のメイドさんは手際よくポットにお湯を注ぐと蓋をして、じっくりと紅茶が蒸れるのを待っている。次第に強くなる良い香りを感じながら、なんとなく彼女の洗練された動きに見蕩れていると、その視線に気が付いた彼女は手を止めて
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はこの家に仕えるメイド、ソルティといいます」
と優雅にお辞儀をしてみせた。
「あ……花屋の娘のパレットです。いつもお会いしてると思いますが、よろしくお願いします」
慌てて立ち上がり、パレットも彼女に倣って自己紹介をすると、彼女はクスクスと笑いながら優しく声を掛けるのだった。
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」
見計らうように紅茶を注いだソルティは、パレットの前にカップを置きながら、顔を覗き込みさらに言葉を紡ぎ出す。
「さあ、何か思い悩んでいることがあるのではないのですか? ここに居るのはあなたとただのメイドだけ。メイドというものは、これでもなかなか口が堅いものなんです。人形だと思って思いの丈をぶつけてみては如何ですか?」
思いもよらないその言葉に、彼女の洞察力に……パレットは大いに驚かされていたのだった。