冬の朝
この作品は『気が付けばエルフ』
http://ncode.syosetu.com/n8508dz/
のスピンオフ作品となっております。
本編の設定を継いでおりますが、若干の改変が行われる場合があり、そこまで統一性を重視しているわけではありません。
主人公は気が付けばエルフ 第三章 薄亜麻色の地精霊 ~ 第三章閑話 にて登場する サイダの街の花屋の娘パレットです。
第三章は
http://ncode.syosetu.com/n8508dz/74/
から34話+閑話2話となっております。
基本的に時間軸は閑話より後のお話で、およそ1ヶ月ほど後の話となっています。
本編の方もお読みいただけると嬉しく思います。
短編程度の短期不定期連載となります。
恐らく数話で完結予定です。
#予告しております続編とは別の作品となります。
【重要】
作中では15才で成人とみなされております。
R-15タグの指定について:
20才未満の飲酒などのシーンが入る場合がありますが、そのような行為を推奨している訳ではありません。
法令を遵守するようにお願い申し上げます。
また15才未満の閲覧に相応しくない性的表現が描かれる可能性があります。
冬の朝
朝から灰色に染まる空は、彼女の心の不安を投影したように暗く、重い雲で山の中腹まで包み込んでいた。
ここは湖畔の街サイダ。天気が良い日には青空の様に澄み渡る湖面に周囲の美しい山々が映り込み、その景観を讃えられる山間の街だった。
ノーザ王国西方に位置するこの街は小さくとも塩の街道上にいくつかある由緒正しい貴族の治める城下町の一つであり、ここ八百年ほどは湖畔の古城を城館とする、フレバー子爵の治める街だ。
そんな古くも美しい街の中、山の一面を切り拓かれて作られた、憩いの場である広場に集まる道の一つを行った先に、小さな花屋が営まれていた。
その二階の自室で彼女は小さな姿見を覗き込み、そこに映る姿をしきりに気にしては、垂れこめた雲のように重い溜息をまた一つ、静かについているのだった。
柔らかそうな明茶色の癖っ毛は丁寧に後ろでアップにされており、結ばれた質素なリボンを隠すように、薄桃色のラッパにも似た一輪の花が飾られている。
「ああ、なんでまたハネちゃうのかしら?」
ブツブツと呟く彼女は、時間と共に増している湿気により暴れる髪を恨めしそうに梳かしつけ、なんとか髪を整えると引き出しより取り出した真新しい口紅を小指にとって、小さい唇に紅を引いた。
「いい加減に降りてきて頂戴!? 早く領主様のところに届けてしまわないと、雨の中行く羽目になってしまうわよ?」
一階にいる母親からかけられるその声に、もう一度彼女は短く嘆息すると
「わかってるってば!」
と大声で返事して、狭い階段をパタパタと降りていくのだった。
やや厚手の純毛で織られた黒いスカートを履き、薄紅色のブラウスの上に、やはりウールで織られたケープを纏って、やっと現れた娘に半ば呆れながらも、母親は用意しておいた花の詰められた提げ籠を手渡して
「じゃあ気を付けて行ってくるんだよ。くれぐれも粗相のないようにね」
と、彼女の肩を軽く叩いて娘を配達へと送り出す。
娘の名はパレット。
この花屋を営む母親が女手一つで育て上げた、今年一六才となる自慢の娘だった。
成人を迎えるとともに結婚する者も少なくない中で、これまでちっともそんな素振りを見せなかったこの娘も、つい先日からは、急に色気付いたように身なりをしきりに気にしてみたり、慣れない化粧を始めたりと微笑ましい兆しを見せており、内心ではあれこれと心配していた母親も、ヤレヤレとその胸を撫で降ろしていたところだった。
もっとも……娘に好意を寄せる青年からはもう数年も前からアレコレと何かにつけて娘の好みを聞かれたりしていたので、漸く進展を見せた二人の仲を、随分と気長なもんなねぇ? と呆れていたのも事実であった。
「成人からもう一年かい。 早く孫の顔が見れるといいんだけどねぇ……」
何の気なしに呟いた言葉を聞きつけて、近所の人々も口々に
「なに、若様だってやっと春がきたとこだ。 それに比べりゃ全然マシじゃないか」
「奴さんだってパレットちゃんだって満更でもないんだろう? なに、若いんだ。ちょっとした機会があればすぐにくっつくさ」
なんて娘の背中を見送る母親へ、にこやかに慰めの言葉をかけるのだった。
◇ ◇ ◇
店を出て、湖畔の道へと降りる階段を下りながら、パレットは羽織ったケープの首元を少しきつめに結び直していた。
「今日は結構冷えるわね……山の方は大丈夫かしら?」
階段を下りつつ、正面に見える湖の対岸の山へ視線を移しつつ、彼女は今あの山へ入っているだろう、一人の青年の顔を思い浮かべていた。
いたずらっ子そのままの輝きを宿した瞳。無造作に短く刈り込まれた頭髪。
一体いつから着ているのか? くたびれた革のベストを着込んだ青年は、彼女の頭の中でニッコリと笑みを浮かべており、見慣れた筈のその姿に、彼女の胸はひとつトクンと跳ね上がると、急速にその拍動を強めていった。
「やだ、何考えているのかしら、私」
妄想を振り払うように頭を振って、湖畔の街道へと出たパレットは左へと歩みを向けて、それでも時折右手奥に見える山々の中腹を窺っては、溜息をつきながらフレバー子爵の住む古城へと急ぐのだった。
つい最近まで、自分に寄せられる想いに気が付きもしなかったパレット。
思い起こせば彼の起こしていた数々のアプローチを、なんともそっけない態度で応対していたことを考えると、小さな胸が苦しい熱を発するのだ。
それでも変わらず向けられる好意を、正直に嬉しく思う気持ちを持ちながら、それを真摯な青年に真摯に返してやることの出来ない自分が、なんとも情けないのだった。
キチンと一度話し合わなければいけない。
それもそのはず、彼女はいわばプロポーズとも取れる彼の行動を目の当りにした時から、ずっと彼と会う事を避けていたのだから。
その癖に彼が今何をしているのか?
そんな事を考え出してしまうなら、もうその日は何も手が付かないほどに心を掻き乱されてしまうのだ。
幼馴染という関係が、恋人を通り越し、プロポーズともとれる行為へとつながった時、パレットはその青年をもう幼馴染とは思えなくなってしまっているのだ。
ちゃんと返事をして、とにかく恋人か、その先――
それを想像したとたんにオーバーヒートしたパレットは、先程締め直したケープを少し緩めるとやはり溜息をついてさらに歩く速度を上げるのだった。
こんにちは。
味醂です。
例によってプロットなしで書き始めますが今回は数話で完結予定のショートストーリです。
遅すぎた初恋に気が付いたパレットの恋の行方は?
なんて煽ってますがハッピーエンドで完結する予定でございます。
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