魔法の目
「エンジ君、手術は無事終わったよ」
「フェニクス先生……俺の目は、どうなりましたか?」
「うむ。成功だ。ゆっくりと開けてみなさい」
俺はゆっくりと目を開ける。俺の知らない世界を見てきた目で、これからの俺の世界を見ていく。喜び、悲しみ、怒り。様々な感情がうずまくこの世界を見ていこう。どうか、残酷な世界ではありませんように。
「って、なんじゃこりゃぁ!」
俺の目は、普通ではなかった。先程までは何もなかった視界に、何かが色々と見える。
それは主に、フェニクス達から見えてはいるのだが、空気中にも薄く薄く霧のように漂っていた。新たな世界は、残酷だった。
「どうしたのかね!? エンジ君!」
フェニクスが、かけてもいないメガネを翼で直す仕草で、聞いてくる。いや、それはもういいから。構ってやる余裕なんて、今の俺にはないから。
唖然としながら周囲の景色を眺めていると、ルーツがふふっと笑った。
「てめ、何笑ってんだ。俺に何をしやがった!」
「いや、ごめんごめん。僕や、こっちの鳥君から溢れているものが、うっすらと見えているんだよね? それは、魔力。僕がいつも見ている世界だよ」
魔力。これが? すると、空気中に散っている同じ色のこれも魔力か? 地球にはこれがないのだろうか。というか、それ以外にも色々と見えている気がするんだが、その辺りどうなの?
「この、魔力以外のは何だ?」
「ああ、それは僕にもよく分からないんだよね。ただ魔力よりもさらに薄いし、気にはならないので大丈夫だよ」
いや、気になるだろ。こいつが知らないってことは、地球で言う酸素であるとか、窒素であるとか、そういうの? 仮に、そんなのが見えているとするなら、邪魔すぎるだろ。消せないのこれ? 何かないの? お前を消す方法。
頭の中に出てきた、電子世界を泳ぐあいつに向かって呼びかけていると、察したルーツが説明をしてくれた。
「魔力を見えないようにすることは、不可能なんだ。これは、僕の生まれ持った特殊スキルの一つ、『魔法の目』だからね。でも、他のものは、目にそこまで魔力を注がなければ見えなくなるよ」
言われて気付いた。俺は目を開けたときから、右目に大量の魔力を通していた。慣れていないので、無意識にやってしまっていたのだろう。
魔力を通すのをやめると、見えるのは魔力だけになった。
「これ、見えると何か得すんの?」
「魔力の高い、怖そうな人から逃げられるね」
「それだけ?」
「うん」
今、思いついたのがそれだけってことだよな? こんな……もっと何かあるはずだよな? え、これいる?
しばらく考えてはみたものの、特に有効な使い道は思いつかなかった。
こんな、魔法でドンパチするような野蛮な世界で、危険な奴から逃げられる。うん。素晴らしいじゃないか。俺は強引に納得し、立ち上がる。
「んじゃ、そろそろ行くわ。今回のことは、正直助かったよ。目も、まあ……ありがとな」
「エンジさんの目、ずっと大事にするからね」
それは、決して同意して渡した訳ではない。もしまた会うような機会があれば、返してくれ。俺も、この変な目返すから。
「あ、エンジさん達は、これからどこに行くつもりなの?」
「ん~。とりあえず、この辺りからは離れるつもりだ。死んだ事にしたとはいえ、あいつら勇者に、直接見つかるのはまずいしな」
遠くの街を目指すのは確定として、他は何も決めていなかったが、さてどうするか。せっかくの異世界、魔法をもう少し勉強するのもいいかもしれないな。
「お前は、どうするんだ?」
「僕は、とにかく色々な体験をしようと思ってるんだ。今まで、できなかった事を一つずつやっていきたい」
「そうか」
今までできなかった、か。こいつにも色々とあるのだろうが、これ以上は、俺が関わるべきではないな。こいつは今、自分の足で、歩いていこうとしているのだから。――あ、そうだ。
「ルーツ、最後に聞いておきたいことがあるんだ」
「ん? 何?」
ルーツ自身が、ああは言っていたが、気になったので確認しておくことにする。
「お前って、男でいいんだよな?」
「うん、そうだよ」
確かめる? なんて言いながら、間髪入れず、俺の手を自分の股間に持っていった。そして、俺の手に広がる、ぐにゅっとした感覚。
「魔王の息子って言ったよね? 僕。あったでしょ?」
「……そうだな」
あの、ちょっと。やめてくれない? 俺は、軽い気持ちで聞いただけで、返事だけで良かったんだけど。男が他人の股間を触るのは、ふざけあっていられるガキの時くらいだぞ?
若干、嫌な気分になってしまったが、俺達は、別れの挨拶をする。
「じゃあ……達者でな」
「エンジさんもね。また、どこかで会えるといいね!」
こうして、俺の新たな異世界生活が始まった。