協力
僕は、魔族なんだ――
銀髪の男はそう言った。もしそうであれば、こいつの言う通り、俺の倒すべき敵のはずだ。でも……。
「へえ、それは驚いた」
俺の口から出てきたのは、こんな言葉だった。自分でも驚いている。
何を考えているのか、なぜ人側の酒場にいたのか。聞きたいことはあったが、それよりも、こいつの言った協力という言葉に興味を惹かれていた。
「あはは、あまり驚いているようには見えないね。でも、本当のことさ。僕は魔族で、魔王の息子で、あの砦を守る指揮官だ。名前は、ルーツ・エビルドリーム」
お前がそうなのかよ。ってか、息子なのかよ。本当に驚いたわ。
「ふぅん。で、協力ってのは?」
「ここまで正体を明かしても、そんな反応をされるとは思ってもみなかったよ」
いや、驚いているぞ。びびってるぞ。膝をよく見てみろ。笑っているだろ? でも、何でだろうな。これから、何か起きる。いや、変わる予感がしていたのかもしれない。
「まず、名前を聞かせてもらってもいいかい?」
「エンジだ」
「じゃあエンジさん。協力ってのはね、僕と一緒に……死んでくれないか?」
……。
「何だか、おかしいですね」
「ええ、何で砦なのに誰もいないの?」
魔王の息子と名乗る男と出会った次の日、俺達勇者御一行は砦に乗り込んでいた。あいつの言った事については信用と疑いが半分ずつくらいだったが、俺にはこの状況に心当たりがあった。
まさか、本当に? そうだとすると……。俺は先の事を思い浮かべ、自然と笑顔になっていた。
「はは」
「何? この男? 気が狂ってしまったの? もう、盾としての使い道くらいしか、ないのではないかしら」
「エンジは、盾にするよりも、荷物持ちが合っていると思うわ」
「叩けば元通り?」
俺は昔のテレビかよ。三者三様、いつも通りだな。だが、今日の俺は一味違う。何を言われようと動じはしない。
「大丈夫、大丈夫。いざとなれば、囮にでも、盾にでも、何でも好きに使ってくれ。お前達の代わりは、効かないからな」
普段では、あり得ないような事を言う、俺がいた。
「あら、殊勝な心がけね。やっと自分の立場が分かってきたのかしら」
「エンジ、駄目だよ。そんなことして、荷物持ちはこれから誰がするの?」
「ATフィー○ド」
そんなやり取りがありながらも、俺達は砦の最奥に到着する。そこでは、ルーツが一人で椅子に座り、こちらを見ていた。
相当、抑えていたのだろう。昨日とは違い、威圧感が桁違いだった。
「何、あいつ。あんなの……」
「エンジは足手纏いになるわ! 隅の方でおとなしくしておいて!」
「ん」
勇者達が、いつになく緊張しているのが伝わってくる。いつもは、眠そうな目をして、ぼーっとしているレティでさえ、目を見開き前を見据えていた。
俺は言われた通り、少し下がる。
「よく来たね」
「あなた一人? 他の兵はどこに行ったの?」
「僕一人さ。皆には、今日は砦を離れてもらった。君達と戦って、無駄に戦力を削られたくはないからね」
「それって、どういう……」
「僕一人で、十分だって事さ!」
理解が追いついていなかった勇者たちに、ルーツが襲いかかる。勇者たちは、何とか対応し始めるも、力の桁が一つ違った。
前線で切りかかっているスピシーは、ルーツの体に傷をつけることは出来ず、自身の傷だけが増えていく。バルムクーヘン王国最強と言われたメルトの魔法も、大したダメージを与えられない。レティの回復魔法のおかげで、何とか致命傷を避け、戦えてはいるが、それももう長くはないだろう。
「何だ? こんなものかい! 勇者っていうのは! 一息に終わらせてあげるよ!」
「あっ」
ついに、膝をついてしまったスピシーに対して、ルーツが特大の魔法を放つ。避けることは難しいと判断したのだろう。スピシーは、自身の顔の前で腕を交差させ、目をぎゅっと瞑る。
一瞬の静寂。その時、飛び出した影があった。
「ぐ、くそ……」
俺だった。俺は、スピシーの前に飛び出して、先の宣言通り盾になっていた。
あー。思ったよりやべえ。体中痛いし、ポタポタと床に落ちる血。それに何より、俺の右目は、すでに何も映してはいなかった。
「どうだ? いい、盾だろ? これっきり、使えそうにないが」
「あ、あなた。どうして」
「エンジ!」
「お兄さん!」
スピシーが俺の姿を見て、動揺しているのが分かる。へ、ちょっと良い気分だ。
薄く笑い、目の前に立つルーツを見ると、ルーツは目を見開き、狼狽していた。悪い。こんな予定じゃ、なかったよな? 俺も、理由なんか分からない。体が動いてしまったんだ。
決して良い扱いとは言えなかったけど、短くない時間を一緒に過ごしたんだ。もしかして、情にでも流されたのかな? 俺らしくない。と、頭の隅で理由を考えながらも、ルーツに視線を投げる。
予定とは少し違うが、ここからは俺に合わせてくれ。
「来るな! こいつは、俺が倒す!」
俺の後ろで座り込んでいたスピシー以外の二人が、少し離れた位置から近寄って来るのを、視界の端に捉え、制す。
「エンジ!? 駄目よ、あなたは……」
「メルト、ごめん。俺、隠してたんだ。あの鑑定紙に出なかった、勇者としての特別な力」
「え?」
「それはな、こうするんだよ!」
俺は、逃さないとばかりにルーツの体に抱きつき、自分の全魔力を開放した。自爆に見えるような、ただの派手な魔法を。それを見て、ルーツも少し微笑み、何らかの魔法を発動する。轟音と大爆発を残して、俺とルーツは跡形もなく砦から消え去った。
……。
「大成功だな」
砦から最も近い位置にある街の外れ。俺は今、両手を腰に当て、清々しい顔をしていた。
「どこが大成功!? 僕、あんなの聞いてないよ?」
俺の目の前には、おろおろとしている情けない奴が一人。今のこいつからは、先程の強者の片鱗は、一切感じられない。
俺達は、これで死んだことになったはずだ。そういう協定を結んでいた。こいつに何の目的があるかは知らないが、これでお互い、自由の身になったという訳だ。大成功だろ。
「予定とは少し違ったが、上手くはいったんだ。いいじゃねえか」
「よくないよ! エンジさんは一度、自分の姿を見た方がいい。とんでもないことになってるよ」
マジで? 結構痛かったが、そんなに? でも俺、普通に立ててるじゃん。目だって、魔法で何とかなるんだろ。――なるよね?
「おーい! エンジィィ!」
フェニクスが合流した。フェニクスには念のため、砦の外で待機してもらっていたのだ。魔王の息子だっていう、こいつの話が嘘だった時の、逃げる手段の確保のためだ。こちらの作戦が上手くいったことが分かり、飛んできたのだろう。
「よお」
「おわ! 誰だ! この血まみれの男は! エンジはどこ行った?」
え、血まみれ? どうなってるの、本当に。きょろきょろと辺りを見回すフェニクスに向かって、俺は口を開く。
「俺がエンジだ。ちょっとした、イメージチェンジをした」
「あん? エンジ? お前、イメージチェンジっていうか、見た目魔物だぞ。アンデッド系ので、こんなのいた気がする」
多分、見た目だけだとは思っているが、あまりにも酷く言われているので、ルーツに回復魔法を使ってもらった。体の痛みはさっぱり消えたが、目は……治らないらしい。
「ごめん、僕そんなつもりじゃ……」
「あれは俺が飛び出したせいだ、気にするな。ま、片目見えるなら何とでもなる」
「エンジ、俺様がお前の目だ。お前のこれからは、俺様が代わりに見てやる」
俺のせいだと言っているはずなのに、ルーツは自分を許せないのか、こちらを潤んだ目で見ていた。男だと言っていたはずだが、可愛いなこいつ。だが、俺にそんな趣味はない。
あとフェニクス、片目は見えてるから。お前は、格好いいセリフが言いたかっただけだろ。
「僕、あそこまでするつもりじゃなかったのに……」
魔法の威力をみるに、殺す気まではなかったはずだ。昨日、俺の話を聞いたことで感情移入でもしちまったかな? でも、おかげであの女の動揺する顔が見られたんだ。俺自身は、割りと満足している。
「そうだ! 僕の目と、エンジさんの目を交換しよう!」
「あ? いいって」
ルーツが突然、怖いことを言い出した。こんなセリフ、日本で聞けば大事件だ。
「やらせてくれ。僕はエンジさんに感謝しているんだ。多分、エンジさんが思うより、ずっとね」
「いや、俺は普通に交換するってことが怖いんだが。それに、仮にそんな事できたとして、今度はお前の目が見えなくなるんじゃないのか?」
「大丈夫! 僕はこう見えても、高位の魔族だからね。しばらくは見えないかもしれないけど、少しずつ、僕の体が修復してくれるはずだよ。それに、交換は僕が魔法でやるから痛くもないし、何も心配することないよ! やらせてよ!」
こいつの顔で、やらせてやらせてと言われると、何かこう。でも、う~ん……。アホな事を考えていた俺は、近づいてくるそいつに無警戒だった。
「ありがとう、僕に任せて。エンジさんは、何もしなくていいからね。すぐ終わらせるから」
そんな言葉を聞いた瞬間、俺の体は魔法で拘束されていた。何もしなくてもっていうか、何もできないから! それに、何でこれ喋れないの!? 口まで塞ぐ必要あるか? あと、ありがとうって何? 俺は一度も同意してないぞ!
そこからは、早かった。ポコっと出て、フワッと浮き、ポスっとルーツの手に落ちた。その後、ルーツの右目も同じ手順で取り出され、交換し、俺の目には、ルーツの目が入れられた。
じんわりと温かい感覚がしたかと思うと、俺の目は光を取り戻した。