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ITエンジニアの異世界デバッグ  作者: 冷静パスタ
第一章 ITエンジニア、異世界にいく
6/202

転機

「行きたくないなぁ。あぁ……本当、行きたくない」


 気付けば、愚痴をこぼしていた。


「そんなに嫌なら、行かなければいいんじゃないの?」

「んー。そうだけどな。そういう訳にもいかないっぽいんだよ」

「自分の事なのに、他人の事のようだね」


 あはは、と俺の話相手は笑いながら言った。他人事だと思って笑いやがって。いや、実際こいつには関係ない話だけどさ。

 それでも何となく、人の不幸を笑うそいつに恨めしい目を向け、手元にある酒をちびちびと飲んだ。


 今、俺はとある街の酒場にいた。気分転換に一人で飲んでいたはずなのだが、いつの間にか、俺に話し相手ができていた。もちろん知らない奴だったが、特に気にはしない。酒場なんかでは、よくあることだろう。

 年齢は、俺より下に見える。長くも短くもない髪は、綺麗な銀色だ。そこまではいいのだが、中性的な顔をしていて、男か女か分からない。一緒に酒を飲む相手。個人的には、女であってほしい。


 隣を見ると、まだ少し笑っていた。文句でも言ってやろうかと思ったが、あははと、本当に楽しそうに笑うその顔が、子供の様でどこか憎めなかった。


「ごめんごめん。事情は知らないけどさ。その、かわってくれる人とかいないの?」

「あまり他人に頼めないというか……頼みにくいことなんだよ」


 そりゃあ、頼めることなら頼みたい。だが、内容を知ったら誰もが首を横に振るだろう。結婚したての熱々な新婚夫婦でも、その場で解散だ。

 死んでこい、と言うようなものだからな。頼めるとは思っていなかったが、話の流れで聞いてみる。


「ああ、どうだろう。お前、俺の代わりにやってみる?」

「僕に出来ることなら、やってあげたいとは思うけどね」


 まあ、頼み事を聞く前ならそう言えるよな。


「それで何を? まずは聞いてみないとね」

「魔王討伐」

「え?」

「魔王討伐」

「あはは、僕には無理。ごめん」


 ニコ。


「いやいや! そんなこと言って、本当はやってくれるんだろ? みたいな顔されても!」


 シュン。


「いやいや! おかしいでしょ! 何で引き受けることが当たり前だった、みたいな顔なの!?」

「これが、スピード離婚か……」

「僕達、結婚どころか今日会ったよね。そもそも、男同士だし」

「そんな! あの時の約束は嘘だったのね!」

「そんな約束、した覚えはない! あの時ってどの時だよ!」


 必死に、ツッコミを入れる奴がいた。――今、男同士って言った?


「くく……。嘘嘘、冗談だよ」

「あはは、そりゃそうだろうね」

「ま、誰かに頼めるとは思ってないよ」


 そこで、銀髪男は笑うのをやめて、真剣な顔になった。横から、グラスを傾けた俺の顔を覗き込んでくる。


「魔王討伐ってのは、本気なんだね?」

「まあな。とは言っても、俺は荷物持ちだ。俺には、魔王と戦える力もないし、近い内死ぬかもな」


 これ、笑い話だぜ? って感じで話したのに、銀髪男は笑わなかった。


「逃げないの? いや、逃げたくはないの?」

「逃げたいよ、もちろん。ここまでもったのが不思議なくらいだ。大人のしがらみってやつだな」


 俺は逃げる。間違いなく。ロイヤル勇者達や、それに協力している人からは、追われる立場となるかもしれないが、いざとなれば命には替えられん。


「逃げて、その後はどうするの? 逃げて逃げて……その後はどうなるの?」

「お前」


 それは、俺への質問なのか? 何故かこいつが、いつかの自分と重なって見えた。お前も、何かを抱えているのだろうか?


「どうなるのかなんて、俺には分からない」

「そうだよ、ね」

「でも、死ぬのなら。いや、死にたいくらいの何かがあるのなら、逃げればいい。何もかもから逃げればいい。逃げて誰かに迷惑を掛ける? 逃げればもっとつらくなる? はっ、知るかよ。それすらからも逃げればいい。どうせそのままだと苦しい、いや、死ぬかもしれないんだろ? なら俺は、自分の体が、もしくは心が、ギリギリ耐えられる所までいって、そして逃げる。逃げた先で死んだとしても、それはそれだろ。まず逃げてみなければ、その前に死んでしまうのだから」


 これは気付きだ。俺個人の考えだ。いくら人から伝えられても、本当の所には届かない。自分でそれを見つけないと意味はない。ただ、ほんの少しでも、それを捕まえる手助けになれば。


「それすらからも、逃げる……」


 俺の言葉に、神妙な顔で呟く銀髪男。

 ちょっと、余計な事まで言い過ぎたな。でも、伝わっただろうか。こいつの求める答えに、俺は少しでも応えられていたのだろうか。

 

 銀髪男は黙り、何かをずっと考えているようだった。そして、何かを決めたような顔をしてこちらを向く。


「まず、聞いていいかい? この街にいるってことは、あの砦を攻めるってことでしょう?」

「ああ、そうなる。つまり明日には、俺は死んでるかもな」


 こいつの言う砦とは、魔族領に入る唯一の道、と言われている所に建てられた難攻不落の砦だ。難攻不落と言うが、実際それは正しくない。正確には、魔王の右手と言われる魔族の幹部が、そこに来てから言われるようになった。

 この先、どうなるかは分からないが、俺も。――ここらが潮時かもな。


「勇者の荷物持ちをかわることは、僕には出来ない。でも、逃げる手伝いをすることは出来るかもしれない」

「ん? いや、逃げるくらいなら一人で出来る。さっきまでの代わる代わらないの話は、冗談だって言っただろ?」


 別に、普段から勇者達に監禁されている訳でもない。現に今、一人で酒を飲みに来ていたしな。


「違う。そうじゃないな、ごめん。それは、僕のやりたい事でもあるんだ。言い方を変えよう。僕と、協力しないか?」

「協力? お前は一体……」


 誰なんだ? 何がしたいんだ? そう問おうとした俺に、銀髪男は言った。


「僕は魔族なんだ。あの砦を守る、君達の敵さ」



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