二年が経ち
「あの、メス共がぁ!」
俺が勇者として召喚されてから、二年が経っていた。
今、横で憤っているのは、相棒の鳥フェニクス。この二年で、手乗りサイズから馬鹿でかいサイズへと成長した。
見た目はカラスに似ているが、羽も体毛も赤茶色だ。頭の毛は逆立っていて、なんだかモヒカンのようになっている。
身に付けている衣服を除き、異世界に唯一持ってこれたものが卵だった。値段で言えば、三十円くらいではなかろうか。
召喚された時に、何かしらの影響を受けたのか、その卵から産まれた。
魔力も持っているし、喋れる。生まれたばかりの時は、自分のことを人間と勘違いしていたくらいだ。
俺が持っていた卵は、鶏の卵だったはずだが、そんな要素は一つもない。頭の毛で作られたあれが、トサカの名残かもしれないが。
名前は不死鳥から取った。フェニックスでもフェニクスでも同じ意味らしいが、呼びやすい方にした。『ッ』があるだけで、長ったらしい気がしたのだ。同じ理由で、サンジュウエンという名前もやめておいた。
ちなみに、雛のときに不死鳥の話を聞かせてやってから、こいつは、自分が将来、不死鳥になると思っている。哀れな鳥だ。精々頑張ってくれ。
「まあまあ、いつものことだろ? 俺はもう、慣れた」
俺達は今、勇者御一行様の荷物番をしていた。この二年に一体何が? と思うだろうが、今回は触りだけ。
……。
勇者として召喚された後、あまりの勇者らしくもない才能に、俺は城を去ろうとした。だが、そんな微妙と評価された俺なんかを、呼び止めた奴がいたのだ。
「ちょ、ちょっと待って!」
「ん?」
呼び止めたのは、俺を微妙と評価した本人、メルトだった。
「あ、あの! 私が勇者として旅立つことにします! 付いてきて頂けませんか?」
何で? それに旅立つことにしますって何だよ……ああ、俺が期待外れだったもんね。ごめんね。というか、俺の力じゃついて行けないのは間違い無さそうなんだが。それとも何だ? 一目惚れってやつか? そういうことなら早く言ってくれよ。
自惚れやすい奴がいた。そう、俺だ。
「力になれないと思っていらっしゃるなら、間違いです! エンジ様の能力は決して低くはありません。まだ、何もかも経験不足なのです。私と一緒に魔法の腕を磨けば、一流の魔術師になれるはずです!」
「そう……かな? まあうん、そうだな!」
すぐに乗せられる奴がいた。それも、俺だ。
「飛び抜けた力はなくとも、私をフォロー出来るような存在になると信じております。でしょう? お父様?」
「う、うむ! ワシとしても、将来は将軍クラスになると言われた男が、娘の側にいるのは心強いぞ!」
じゃあ、将軍連れてけよ、と思ったのは俺だけではないはずだ。だが、そのことを言うと、あなたがいいのです! と、きたもんだ。おいおい、仕方ねえな。
そんなこんなで、調子に乗った俺は付いて行くことになった。右も左も分からない世界、俺も不安だったのだ。
最初の頃は良かった。メルトは宣言通り、俺に魔法を教えてくれたり、一緒に魔物を倒したり、異世界で戸惑う俺に、親身にしてくれた。魔力を感じるとかで食べずにいた、卵から孵ったフェニクスを、二人で大事に育てたこともあった。
だが、変化は新たな仲間が加わったことで起こった。それは俺が、一通りの魔法の基礎を使えるようになった辺り。
元々、そういう話になっていたらしい。メルトの父親であるバルムクーヘン王が統治していた国を合わせて、三つの大きな国が、魔王討伐のために同盟を結び、各国から一人ずつ勇者として選出される、ということだった。
選出されたのは、なぜか全員王女だった。どうなってんの? この世界の王族。
とにもかくにも、二人の新しい仲間が合流し、ロイヤルなパーティが完成した。しかし、さあ新たな冒険に旅立とう。と、意気込む俺へ向けられた言葉がこれだった。
「ねえ、何でこんな弱っちい男が、私達と一緒にいるのかしら?」
俺だって、そんなこと分かっている。でも、いつか追いつく。この時の俺は、追いつけないまでも、力になれるくらいには、なるつもりでいた。
「う~ん。確かに、エンジはもう、戦わなくてもいいかもね」
メルトの言葉を疑った。付いてきて欲しいと言ったのはメルトだ。俺を庇ってくれると思っていた。一緒に過ごした数ヶ月で、多少なりとも理解はしてくれていると思っていた。だが、続いたその言葉は。
「うん。私達勇者三人が揃えば負け無しだよ! エンジも、もう痛い目に合わずに済むし、それがいいかも。良かったね!」
何だよ……それ。
はぁ、俺はお役御免って訳だな。気楽に考えればいい。元々、俺には勇者としての力なんてないのだし、この旅だって、メルトが付いて来てって言うから付いて来ただけだ。この世界で生きていく上での常識や、基本的な魔法は学んだ。足手まといになるのも何だし、俺はここで抜けよう。
「世話になった。行くぞ、フェニクス」
「あ、え? エンジ?」
「バイバイ、お兄さん」
別れの挨拶をし、立ち去ろうと歩き出した時だった。
「ん~。ちょっと考えたのですが、やっぱり付いてきてもらいましょうか。私達は全員女性ですし、荷物持ちは必要でしょ? いざって時の、壁になるかもしれませんしね」
「断る」
何で俺が、そんなことしなけりゃならんのだ。
「あら、断れると思ってるのかしら。勇者、それも私に逆らうということは、ここら一帯の国と街を敵に回す、ということで解釈しますわよ?」
何だこいつ……。荷物持ちを言い出した女の、雰囲気が変わっていた。
くそっ、断りたい。断りたかったのだが、力のない俺では何も言うことが出来なかった。
俺は、最後にもう一度、メルトを見た。メルトは、何も言わなかった。
そして、今に至る。
……。
「エンジよぉ、たまにはビシっと言ってくれよ」
「ん~? しょうがねえじゃねえか。変に逆らうと、また魔法をブチ込まれるからな。こう考えろ。あいつらは子供なんだ。はいはい命令を聞いておけば、それだけで機嫌がよくなる、な。そう思えば、可愛く見えてくるだろ?」
そろそろ何とかしないとまずいのは間違いない。俺も、そこそこ強くなったとはいえ、勇者達の成長は早く、それに合わせるかのように敵も強くなってきた。その内、本当に盾にされて死んでしまうかもしれない。
フェニクスと話していると、水浴びに行っていた三人が帰ってきた。
「ちゃんと見ていたのかしら、この犬は」
「エンジは、犬よりは優秀よ。大丈夫でしょ」
「ちんちん」
遅くなったが、俺のイカれたメンバーを紹介するぜ! 今、発言した上から順に、剣士、スピシー・モンブラット。今の状況を作り出した元凶だ。
一見、淑やかな雰囲気を醸し出してはいるが、その実、腹の中は真っ黒で性格は悪い。こいつは人を見下す事しかしない。唯我独尊、暗黒姫。
二番目は、魔術師、メルト・バルムクーヘン。悪気があるのかないのか、本人は、分かっているのだろうか……? こいつの事は、もう信用していない。
そして今では、当たり前のように、俺を荷物持ちとして扱っている。無邪気な有害姫。
最後の奴は、治療魔法に特化した魔術師、レティ・ミルフェール。こいつについては、俺もよく分からん。先程の発言の字面だけ見て、言う人が言えば馬鹿にしているように感じるだろうが、どうもな。
まあ、俺に何かを命令してくるときがあるとは言え、このメンバーでは一番ましだな。不思議寡黙姫。
改めて考えると、まともに会話出来る奴がいないな。俺はくっくと笑う。
「やだ、この男。犬って呼ばれて喜んでいるのかしら。気持ち悪い」
「私も、これからは犬って呼ぼうかな?」
「ちんちん」
この、メス共がぁ!