エン何とか登場
場内から歓声が聞こえる。いよいよ俺の出番のようだ。正直、こんな観衆の中で戦うのなんて、俺には場違いに思うが。
まあ、やれるとこまではやるさ。俺は、闘技場に続く階段を登っていく。光が見えた。あの先に……。
「この耐久性溢れる男の相手をする選手を紹介するぜ! 出処は謎の推薦枠! 参加者番号8! 大会登録名は……ん? 何これ? うん、うん。合ってんの? まあ、いいか……。すまんな! 皆! ちょっと取り乱しちゃったぜ! 大会登録名! 『好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)』だぁ! 長ぇよ! てか、ストレちゃんって誰だー!」
俺は最初、俺を紹介するはずであろう、その声に反応できなかった。――聞き間違いか? 俺の試合、この次だったか?
俺は元来た道を引き返す。そして、途中の通路に立っていた、運営っぽい人に聞いてみた。
「俺、こういう者なんだけど? 試合いつだったっけ?」
8、と書かれているバッジを見せる。運営らしき人は、手に持っていた紙をペラペラとめくると。
「ああ、ありましたよ。好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手は、間違いなくこの試合ですよ」
ん? 聞き間違いだよな? 何かおかしいぞ。何かってか、色々おかしいぞ。
まずそれ、俺じゃないしな。俺の名前エンジだし。まあ? 仮にも盗賊。俺なら偽名登録しただろうから、ジエンとかシンジ辺りにしたはずだ。
念のため、もう一度聞いてみる。
「ちょっと待ってくださいね。ん、んん! ごほん! ああ、一息では辛くて。好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手は、この試合ですね。間違いなく。番号8のあなたです」
あ? 何で? 何でそんな? ……落ち着いて思い出せ。
俺は予選を受けていない。本戦への出場権は、ストレからもらった。誰が俺をこの大会に登録した? もちろんストレだ。二秒で答えは出た。
「俺は、何らかの陰謀に巻き込まれた者だ。選手ではない。帰るわ」
「ここまで盛り上がっている会場に、水を差すような真似をして、明日を無事に迎えられればいいですけど」
「俺の顔、割れてないし」
「私がばらします、広めます」
「……」
「試合、始まりますよ?」
何で俺がこんな仕打ちを……。何で? どうして? というより、何でこいつは初対面の俺を脅しているんだ?
キリルといい、こいつといい、この世界の脅迫は、お願いなんかと一緒の意味なの? きっとそうだ。
俺が出口のない迷路に迷い込んでいた時、実況席から声が聞こえてきた。
「ここでお知らせです! 試合をする選手はまだ現れませんが、実況席から応援したいという、本人たっての希望で、噂のストレちゃんが来てくれました! 本当は駄目なんだけど、面白そうなので招待したぜ!」
「ご紹介に預かりました、ストレちゃんだよ! 彼、エンジ君とは、最近うまくいってなくて、悲しい思いをしてたのだけど……。エンジ君の、その登録名を聞いた時、すごく嬉しかった! ちょっと冷たかったのも、私をビックリさせるためだったんだね。うん! うん! 伝わったよ! エンジ君の気持ち。だから勝ってね! 私のために!」
「おお~っと! これは!? 不器用な愛と一途な愛が、今ここで交わった! 俺も観客もげんなりとしているが、これはこれで、いいのではないでしょうか! 早く現われろ~! エンジ君! あれ? シャープさん。このエンジ君とやらが、エン何とかでは?」
あ、あの女ぁ……!
実況席のストレからは、俺の知らない、俺とストレの嬉し恥ずかしエピソードが語られていた。
俺は走る。この茶番を止めるために。この惨劇を止めるために。走り出した俺の後ろから、早く負けてこーい、エンジ君! とか何とか、聞こえてきた気もするが、それはこの際どうでもいい!
俺は全力で走り、ついに闘技場に辿り着いた。
「きたきたきたぁー! 説明は不要。今大会では、ある意味で一番目立っていると言えるであろう、好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手の入場だー!」
はあはあ、くそ。あいつ……。どうしてくれようか。
俺は実況席を睨む。ストレがいるであろう、その場所を。
「あ、彼がやっぱり、エン何とかだな」
「やはりやはり、そうだった! シャープさんに喧嘩を売ったのも、このエンジ君だった。この大会が始まって以来、おかしな行動を取り続けるこの選手。今現在も、彼は戦う相手ではなく、なぜかこちらを見つめている! おいおい、ストレちゃんは確かにここにいるが、そういうのは後にしてくれい! この選手は一体何をしに、この闘技大会に来たのか! 全てが謎の男だが、なんやかんや言っても推薦枠! 勝負に期待しましょう! 一回戦Bブロック最終の第八試合! 試合開始ぃぃぃ!」
溜息を吐き、そこで俺は一回戦の相手を初めて見る。
ハルド、だったか? 魔力はあまり感じられない。ガチガチの脳筋タイプか。あんたに恨みはないが、ここは早めに終わらせてもらう。
「RUN」
「なっ!?」
俺に接近しようとしていたハルドを中心に、火柱が上がる。だが、仮にも本戦。ハルドはさすがの耐久力を発揮し、そのまま、俺に近づこうとしていた。
「魔法を準備していたか! ちょっと焦ったが、魔術師の弱点は、次の魔法を撃つまでに時間がかかること! ここだぁぁ!」
「悪いな。それは俺にとって、弱点にならない。RUN」
続けて、十数個の火の玉を一瞬で展開し、一気にハルドに収束させた。回避不可の四方八方ファイアボールだ。
いくら頑丈だろうと、これだけ当てておけば、何とかなるだろ。そう思っていると、ハルドが、立ち上がる。
「かてぇな!」
「まあ待て、俺はもう戦えん。最後に一つだけ、言っておこうと思ってな。ストレちゃんを、幸せにな……ぐふ」
お前、それ言うためだけに立ち上がったのかよ! しかもそれ、勘違いしてるから! 俺とあいつ、そんなんじゃないから!
「試合終了ぅぅぅー! 勝ったのは! 好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)! くそ、ほんと長いなこれ! 改名しろ!」
俺もそうしたい。できることなら、今すぐに頼む。
「いやー! お見事! 別の意味でも会場を沸かせた男は、戦っても強かった! 素人目に見ても、魔法を展開する速度は、今大会でもトップクラスではないだろうか!? これは、これからも期待できるぞぉ! ……おや?」
俺は試合が終わった後、まだ闘技場内に残っていた。そして。
「ストレぇぇ!」
ストレの名を叫んだ。ストレがハっとした顔をして、実況席から飛び出してくる。走り寄ってくるその顔は、満面の笑みだ。
「こ、これはまさか! 勝利の、抱擁? いや? キス!?」
ああ、待ってたぜ。この時を、この瞬間を。ふと、倒れたハルドの方を見ると、親指を立てていた。違うから。
「カッコ良かったよ! エンジくーん!」
「RUN」
抱きつこうとしていたストレに、水流の魔法が襲いかかる。
「わぷ、そんな! エンジ君!」
「RUN、RUN、RUN]
倒れ込んだストレに、さらに撃ち続けていく。ここで終わってもいい。だから、ありったけの魔法を。
「おおーっと。これは!? まさかの水攻めだー! 世の中には、多種多様なカップルがいると聞くが? さすがにこれは、やりすぎではないでしょうか!?」
「わぷ、うぇ。エンジ君! くるし……でも、えへへ」
「喜んでいる!? 容赦のない水攻めを受け、さらに下着が透けてしまっているが。なぜかストレちゃんは笑っているぞー!? どういうことだ、これはぁぁ?」
こいつは……もう駄目だな。頭のネジが緩んでいるどころじゃない。そもそもネジが締められていない。
その後、ストレが気絶するまで魔法を撃ち続けた俺は、無言で首を横に振り、トボトボと闘技場をあとにした。ストレの顔は、幸せそうだった。
「シャープさん、あのような男はどうなのでしょう? 一言どうぞ」
「正直……タイプだ」
「うおおっと! 男勝りな性格で、普段はSっ気のあるシャープさんだが! その実、攻められたい心を持っていた! いやむしろ逆! こういう女こそ、攻められるのには弱いのだろうかー!?」
「お前、何の実況をしているんだ? やっぱりここで、死んどくか?」




