予選
俺にとっては紆余曲折あったが、とうとう予選が始まった。開始の合図と共に、参加者がせわしなく動き出す。ある者は距離を取り、ある者は近くの参加者に襲いかかっていた。
「エンジ君は、誰に注目して見ているの?」
隣で座っていたストレが話しかけてきた。謎の熱狂モードは終わっていたが、それが終わった頃には、俺とストレの距離は、人二人分は離れていた。
「カイルとキリルは当然として、番号506のゴリラみたいな奴かな。ほら、あの奥にいる奴」
「ん~? うわ! ゴリラじゃん! 何あの毛深さ! 人間じゃないよ! でも、取り立てて強そうにも見えないんだけど……」
こいつは何も分かっていない。ゴリラが弱いはずないだろ? だってゴリラだぜ?
例え、見える魔力量が低くとも、武器を持っていなくとも、ゴリラだぜ? 俺はストレを、ふふんと鼻で馬鹿にする。
「あ、そのゴリさんが誰かに突っ込んでったよ?」
「む。あ、おい! そいつはやめろ!」
ゴリさんが突っ込んでった先にいたのは、我らが同胞キリルだった。荒れる場内で、服に汚れ一つ、ついていない。だというのに、すでにバッジを大量に所持していた。
待て待て、落ち着け。ゴリラだぞ? 俺が尊敬してやまない、あのゴリラだぞ? きっと何かやってくれるはずだ。
すまんな、キリル。応援はしていたが、お前はここで終わりのようだ。
「あらぁ? これ本当に同じ人間なのかしらぁ。まあ……何でもいいわ」
突っ込んでったゴリさんは、キリルに触れることなく、全身から血を吹き出し、倒れた。
「やられちゃったよ!?」
「ゴリさんんんん! よし、次だ」
「切り替え早っ!」
ゴリさんを倒して満足したのか、この戦いに飽きたのかは分からないが、キリルがすでに闘技場を後にしていた。
「ん? 早くも合格者が出たようだぞ! しかも何と! 集めたバッジは二十個! 参加者番号92、ゴスロリ根暗少女! キリル選手だー!」
根暗ね、言い得て妙だが。あの司会者は、自殺願望でもあるのだろうか。俺が殴るまでもなく、後で大変な目に合いそうだ。
去っていくキリルをはらはらと見ていると、続けざまに、場内に歓声が響いた。
「まーたまた、合格者が出てしまったぞ! バッジの数は……え? ほんとに? 参加者番号66、外套を羽織った謎の男だ! キリル選手よりもさらに多い、驚愕の五十六個だぁ!」
は? おいおい。俺が目を逸らした隙に、一体何が起きているんだよ。俺は、去っていく外套の男を、魔法の目で見た。
「なん……だと?」
「あの人がどうかしたの? エンジ君」
「化物だ。化物が紛れ込んでいた。駄目だ、俺は勝てそうにない。実家に帰らせてもらうわ」
俺は席を立つ。
「ちょ! ちょっとエンジ君! 戦う前から何言ってるの?」
「お前と一緒になる前は、それでもいいと思っていたが、いざ一緒に暮らすと……やっぱり駄目だ。俺には耐えられない」
立ち去ろうとする俺を、ストレが服を引っ張り止めようとする。
「エンジ君! まだ分からないよ! やってみなきゃ分からないってば! エンジ君ならきっと……。あれ? ていうか、何の話? それ」
「もう終わりだ。離婚しよう」
「まだ結婚してないよ!? 私達!」
俺は首を横に振り、無言で闘技場を後にする。男は涙を見せてはいけない。背中で全て語るのだ。
「ちょっと! エンジ君! 何それ!? 私達、始まる前から終わっちゃったんだけど!? 私の夢見ていたエンジ君との生活なんて、私知らないよ! ……あれ? あったのかな? もしかして、私の覚えていないところで、私達そんな関係になってたのかな! え、ちょっと待ってよ! なおすから! 悪いところ、嫌なところ、全部なおすから! 捨てないでよ! エンジくーん!」
その後、俺はある用を済ましたあと、逃げるように会場を出たところで、キリルに捕まった。
逃げるとでも思われたのか、予選が終わるまでずっと、俺はキリルに折檻されていた。
……。
「お前ら! 俺の活躍を見てなかったのかよ!?」
予選が終わり、俺達アンチェインの四人は、夕食を取っていた。あの後、カイルも並み居る強豪をバッサバッサと倒し、無事五位通過を決めていた、らしい。
「まずはおめでとう。でも、こっちも色々と大変だったんだ」
「あらぁ? それは、私のことを言っているのかしらぁ?」
「違うぞ。あれはご褒美だ。大変の内には入らない」
一部の変態にとってはな。俺はもちろん違うので、今は、疲労でくたくただ。
「エンジ君、やり直そう? 私達、まだこれからじゃない」
こいつが変なのはいつものことだが、今日は、いつにもまして何かおかしい。頭でも打ったかな?
「お前らほんと……俺を除け者にして、何やってたんだよ」
カイルが、寂しい目をしてビールを煽り始めた。俺は、カイルに悪い悪いと謝りながら、一緒に酒を飲む。
会話は自然と参加者の話になり、やはり注目すべきは、バッジを大量に集めた、外套の男だという。
「あいつな。俺もあの乱戦でチラッと見かけたけどよ、ちょっとあの場では、戦うのをためらっちまったな」
「悔しいですが、私もですわぁ。本当は、もう少しバッジを集めようかと思っていましたが……一対一ならともかく、あの場ではねぇ」
俺がゴリラに注目している内に、そんなことを考えて戦っていたとはな。キリルが早くに合格したのも、あいつが原因だったのか。
ゴリラのせいで、そこんとこ、全然見られなかったのが悔やまれる。あのゴリラめ。
「まあ、いいでしょう。この悔しい気持ちは、本人に直接、晴らさせてもらいますわぁ」
「俺もだな。本戦ではこうはいかないぜ」
二人が、外套の男打倒に意気込みを見せていた。俺は……戦いたくないんだけどなぁ。そう言うと、キリルが怖いので、二人に合わせ、ニヘラと笑っておく。
「エンジさん? あれだけやっといて、まだ分かっていないようですねぇ?」
だから、何で分かるんだよ。こえーよ。俺も、アイマスクとかつけようかな。皆にちゃんと見えるやつ。
「エンジ君……あのさ、確かに私も悪いところ、あったと思うよ? でもさ、それはお互い様じゃん。あ、責めてる訳じゃないよ? 私が言いたいのは、もっとお互いのことを、知ろうって意味でさ」
こえーよ。




