エンジ
おお、これは何とも――
誰が言った言葉だったか。誰が? と問われれば、誰でも言いそうな言葉だし、言われそうな言葉ではある。
ああ……思い出した。そもそも、これは誰かに向けて言った言葉ではない。俺の手がけたソフトウェアに対する評価だった。言ったのは取引先の課長で、良いものを作った時も、悪いものを作った時もこれだった。今にして思えば、口癖だったのだろう。
そんな言葉は今、俺に対して向けられていた。
「ああ! 大事なことを聞き忘れていたわ! あなた、――なの?」
俺は答えていた。それはもう、答えていた。何に? 答えるって行ったら質問に、だ。
地球から召喚され、勇者として生きていくことを決めた俺に待っていたのは、王女による質問の嵐だった。
黙って俺とおっさんの話を横で聞いていた時は、お淑やかなタイプだな、と思っていたが、違ったようだ。家族構成から始まり、趣味に特技、果てには交際遍歴まで。
怒涛のような質問に、俺は堪えていた。王女様、あと何回聞き忘れそうですか?
「エンジ……ニア、です?」
「そう、エンジ・ニアっていうのね。エンジって呼ばせてもらうわ」
名前を聞かれていた。もう、何でもいいや。偶然日本人っぽい名前だしな。
俺は成り行きで、エンジと名乗ることにした。
「エンジと言うのか。それではエンジ、お主の力を確認させてもらう。勇者としてのその力を」
俺の力ね。正直、日本にいた時と何も変わった感じはしない。大丈夫だよな? 今でこそ、こんな扱いだが。俺に何の力もなくて、見捨てられたりしないよな? いや、異世界で自由に過ごすって意味ではそれもありなのだが。
さっきは魔法だとか言っていたし、そんなファンタジーな世界では、力はあるに越したことはない。
「大丈夫、ちくっとするだけじゃ。さきっぽだけじゃからな」
何をするつもりなんだ、このおっさん!? 俺は逃げる用意をする。
「血を、少し抜くだけじゃ。そんなに怖がらなくても大丈夫じゃ。なーに、ワシに任せておけ」
「おっさん……!」
おっさんの優しくも心強い声に、俺はほいほいと手を差し出す。そして、人差し指に針をぷすっと刺された。
おい……深くね?
「あ、失敗した」
痛えぇぇぇ。あ、じゃねーんだよ! 痛いに決まってるだろ、こんなん! もっと斜めから刺すとかしろよ!
無駄に多くの血が、下に置いてある鑑定紙と呼ばれる紙に、吸い込まれる。淡い光の後、何も書かれていなかった紙に、文字と数字が浮かび上がった。
「ん~?」
メルトが興味深そうに鑑定紙を眺める。そして、一瞬ではあったが、悲しそうな顔をしたように見えた。
「どうじゃった?」
「身体能力はそこそこ。魔力量もそこそこ。特殊なスキルは、言語理解くらいだけど、これは召喚された者だったら、皆持ってたっていうし……」
「つまり?」
「微妙、ね。体を鍛えて魔法を覚えていけば、国の将軍クラスにはなれるかもね。頑張れば」
本当に俺、勇者? しかも頑張ればって何? そりゃ、努力が不要だとか言うつもりはないけれども。
もう、帰っていいですか? 魔力なるものが、俺にもあることが分かったのは良かったが、これだと世界救う前に死んじゃうよ?
「おお、これは何とも……」
課長、今回は悪い意味ですね?
将軍クラスって多分、普通に考えたら凄いけど、俺は勇者らしいので!
「短い間だったが、世話になった。んじゃ、俺はこれでな」
俺は立ち去る。もう、用はなくなったはずだ。俺がこの世界で平和に暮らすためにも、新しい奴でも呼んでおいてくれ。