騒動
「ん~。やっぱり、神殿を破壊して、強引に盗むしかないか?」
俺は今、街の全景が見渡せる、崖と言ってもいいような場所から、山にある神殿を見ていた。色々と考えてはみたが、特に解決策は思いつかない。
山の向こうから穴を掘って、反対側から盗むとかどうだろう。いや、何年かかるんだよそれ。穴が開通する前に、クリアが死んでしまいそうだ。
考えれば考えるほど、強引な手段しか思いつかない。
「おい! 早まるんじゃない!」
「ん?」
下の方から声が聞こえてきた。何やら、少し騒がしい。
「早く降りてこい!」
「そんなことをしても、親が悲しむだけだぞ!」
なんだ? 何て言ったかまでは聞き取れなかったが、俺に言っているのか?
「うるせぇ! こっちは今、考え中なんだよ! 邪魔だからどっか行ってくれ」
何か、ないものかね……。
ごろんと寝転がり、空を見る。ああ、いい天気だ。
「おーい、降りてこい!」
「ああ……神よ」
「君には、その、やりたいこととかないのか!? 君みたいな者でも、何かあるだろう?」
うるさい。よくは分からんが、好き勝手言われている気がする。
少し、考えが煮詰まっていたこともあり、俺は吐き出してしまう。
「俺も、どうしたらいいか分からないんだよ! お先真っ暗なんだよ!」
そう言うと、下にいた奴らがボソボソと話しだした。
「おい、まずいぞ」
「随分と、追い詰められているようだな」
「私、あの人見たことある。確か最近、街に来た人だったと思う」
「なるほど。やはり、神のいらっしゃるこの場所を選んだというわけか……」
俺は、寝転がりつつも、声の聞こえる方をちらりと見てみると、何らかの話し合いが終わったのか、その場にいた者達が互いに頷き会うところだった。
こんな所で、秘密の作戦会議か? 一体何の? まあ……いいか。
興味のなかった俺は、視線を逸し、また晴れ渡る空を眺め始めた。すると。
「俺達は、ここを動かない! 君が、死ぬのを諦めるまでは!」
「まだ若いじゃないか! 何をそんなに悩むことがある!」
「神も、自害なんてお許しにはなられませんぞ!」
あ? 自害?
嫌な予感がし、もう一度下を見てみると、下にいる者達全員が、俺のいる場所を見上げていた。
どうやら、俺が頭を悩ませているのを見たのか、飛び降りて自殺するものだと思っているらしい。場所もお誂え向き。俺は、説得されていたのだ。
「いや、違う。俺は……」
勘違いを正そうとしたその時、人だかりの中から見知った顔が飛び出した。それは、アイマスクを着けたあの女だ。
アイマスク女は、人々の一歩前に出ると胸の前で両手を組み、すうっと息を吸った。
「死なないで! そんなに思い詰めてたなんて、知らなかったの!」
あ? 何か始まったぞ。
「ごめんなさい。いつも……いつも、あなたには助けられてたね。私、あなたの優しさに甘えてただけだった。でも! これからは、私があなたを助けるから!」
そう言い切ると、顔に手を当て泣いていた。いや、あれは泣いている振りだ。間違いない。あ、ほら。今一瞬、口元がニヤリと笑ったぞ。
そんなアホな芝居だったが、群衆に火が注がれる。
「おい! この娘、お前の恋人じゃないのか! こんないい娘を残して死ぬのか!?」
「彼女の為にも死なないであげて! 二人で考えれば、悩みなんてなくなるはずよ!」
「あの男が死ねば、僕が君を養うよ!」
あいつ、本当何してんの……。
そいつはいい娘ではない。変な娘だ。あと最後のやつ、俺が死ななくても、そいつ引き取ってくれ。
当の本人は、泣く振りをしながらも、恋人という言葉に、ハイソウデスとか、アイシテルとか、いい加減なことを言っていた。
……。
話がどんどん大きくなる。もうこれ、飛び降りちゃおうかな~。
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自殺騒動から次の日、俺はクリアに会っていた。ちなみに、下に降りて自殺ではないと周りに説明した後、アイマスク女には、ボディブロウを決めておいた。
うっ、と崩れ落ちるアイマスク女を見て満足した俺は、その場を立ち去った。
「……何してたの?」
「ああ、まあちょっと、考え事をな」
昨日の騒ぎをどこかで聞いたのか、クリアは俺が起こした事件を知っていた。
「……何、考えてたの?」
「神を、一発ぶん殴ってやる計画を練っていた」
俺は昨日のことを思い出し、少しぶすっとしながらも答える。冗談とでも思われたのだろうか。クリアは、ぽかんと口を開けた後、楽しそうに聞いてきた。
「ふふ。それで、神様はどうなっちゃうの?」
「まあ、痛いだろうな。泣いちゃうくらいには」
というより、泣かせるのが目的だ。
「何それ。そんなこと考えてたんだ。……変な人」
クリアは、くすくすと笑う。……あれ? そんなクリアを見ていると、何か違和感を覚えた。
「お前、笑ってる?」
「え? あ……」
こいつの笑い顔を見たのは初めてだった気がする。というよりも、真顔以外の表情をあまり見たことがない。
クリア自身、不思議だったのか、自分の顔をペタペタと触っていた。
「あ、私」
少し、嬉しそうな表情をするクリアが俺の方を見てくる。
「ん? ああ。いいじゃん、いいじゃん。笑うととっても……」
「とっても?」
首をくてんと横に倒し、何かを期待した表情になるクリア。
「ブサイクだな、お前」
「そう。ありが……って、よくないよ!」
笑い顔を初めて見たかと思ったら、今度はツッコミを入れられた。初ツッコミだ。エロい意味ではない。
今は、頬をぷくっと膨らませて、私は怒ってます! という表情。
本来、こいつもこういう娘なんだと思った。普通に笑って、普通に怒って、普通に悲しんだりする、そんな娘。
怒っているところ申し訳ないが、俺はそんなクリアを見て、少しだけ笑った。
「はは、笑うのに慣れてないんだよ。顔の筋肉が引きつって不自然なんだ」
「どうすればいいの?」
「もっと笑え。笑って、怒って、泣いて。泣くのは違うか? まあでも、そうやってころころと表情を変える、お前の方が……」
「お前の方が?」
また少し、期待した表情の後、先程俺が言ったことを思い出したのか、ジトッとした目を向けてきた。
「あー。いいと思う」
そう言うと、訝しげに俺を見ていたクリアが、一瞬変な顔になり、そして、笑った。
ぐにゃっと表情を崩して、声にだして笑うクリア。その笑顔は、さっきよりも良い笑顔だった。




