神の奇跡
昼にクリアと出会って、今はすでに夜と呼べる時間。俺は、奇跡の神殿とやらに向かい、歩いていた。
神殿は、この街に来る際に通ってきた森とは反対側の山を、少し登った所にあるのだが、そこまで大した距離でもない。
しかし、普段ならともかく、今日は神の奇跡当日。神殿に行く石段の途中で、神殿へと向かう人の渋滞に巻き込まれていた。あいつの舞とやらも見てみたかったが、この分だと間に合いそうもないし、そもそも見える距離に近付けない。
どうしようかと考えていると、横の方から声が聞こえてきた。声は木々の間、生い茂った草むらからだった。
「んふふ~。こっちこっち」
目をこらして見ると、あのアイマスク女が手招きしていた。――あいつ、あんな所で何してんだ……。
「こっちだよ~」
どうやら、俺に話しかけているらしい。というか、俺しか気付いていない。
少し迷ったが、無視するのもあれだと思い、列から離れ、そいつの元へ行く。
「よっ! こんばんは!」
「何してんの、お前?」
体の前で両手をぐっと握り、挨拶してきたアイマスク女。何そのポーズ。何してんの、お前?
「いや~。私も、神の奇跡に興味があってね。でも、人が多くて近くまで行けないでしょ? だから、ちょーっと近道をね。そしたら、困った顔をする君を見つけたからさぁ」
アイマスク女は、今も行列ができている整備された道以外の道を通ることで、神殿の近くまで行くつもりらしい。
「もう大分暗いが、道に迷ったりしないのか? というか、色々と大丈夫なのか?」
「ダイジョーブ! 明るい内に、道は見つけておいたから! 例えばほら! あそこに倒れている木があるでしょ、それで――」
具体的に、神殿へと続く道を教えてくれた。本当に一度、登ったようだ。
「信心深い人達は、ずるしてまで近くに行こうとは思ってないと思うよ。皆、律儀に並んでるしね!」
「呆れた……」
この街の人は、神様を信じ切っているからな。やれやれと肩を竦めてはみるが、実は俺も、列を抜けようかと思い始めていたのは内緒だ。まあ、行けるなら行くとするか。
「そこに、誰かいるのですか?」
話している声を聞かれたのか、二、三人の男が、こちらに向かって歩いてきていた。やべえ、見つかった!?
いや、悪い事は何もしていないが、横道を行く事がばれたら、神の冒涜とか何とか、色々言われそうで面倒くさい。そのくらい、この街の人は、神の存在を信じ切っている。――これしか……ないか。
「皆! ここに、列を抜けて神殿へ行こうとしているずるい奴がいるぞ!」
俺は大声で叫んだ。
「えっ? ちょ!」
「何!? 不届きなやつめ!」
「おい、捕まえろ!」
逃げるアイマスク女を、数人の男達が追いかけていった。俺はそれを見届けると、悠々と教えてもらった道を登っていく。
「あれか……」
道を進むと、神殿の真横辺りにでた。神殿の前には多くの人がいたが、皆、神殿の方に注目しており、周りを気にしている者はいない。
いい場所だ。ここなら、ゆっくりと見ることができそうだ。
「助かったぜ、お前の犠牲は無駄にはしない」
「……」
ん?
気配を感じて横を見る。いつの間にいたのか、アイマスク女が、口をへの字に曲げて不機嫌そうにしていた。
「ひどいよ……」
「お、来たか」
「お、来たかじゃないよ! あんな風に、私を囮にして……」
「ご苦労さん」
「もうもうもう! もし捕まったら、どうしてたの? 何でそんな、俺は悪い事してないぜって顔なの!? 私みたいな美少女、捕まったらイタズラとかされちゃうよ!?」
「大丈夫だろ」
こんな変な女、襲おうとはしないはずだ。それに、こいつなら簡単に逃げられるとは思っていた。実際、すぐに追手は撒いてきたようだしな。捕まったとしても、ちょっと怒られるだけだろ。多分。
「馬鹿にして! あんなことや、こーんなこと、されちゃうんだから!」
「ああ、すまんすまん」
「誠意が感じられない! もっとちゃんと謝って!」
「ほら、そろそろ始まるぞ」
うるさいので、話を変える。
「うー。この道を教えたのも私なのに……この扱い」
舞が始まった。集まった人達は、必死に何かを祈ったり、何かを期待したりするような、穏やかな顔で舞を見ていた。
「ふむ」
クリアは、昼とは違い、薄くて簡素な服を着ていた。あれが、ここの巫女服的なものなのか? 水に濡れたら透けそうな薄さだが、下着は着けてるように見えない。下着を着けてるようには見えない……!
「随分、お楽しみみたいだね」
「ん? あぁ……いい舞ダヨナ」
「舞を見て楽しんでるようには見えないんだけど?」
「そんなことはない」
「近くに私という美少女がいるってのに……」
何か、ぼそぼそと言っているが無視をする。
「しかし、神の奇跡ってのは何が起きるんだ?」
「う~。まあ、いいけどさ……。神様が姿を現すってのが分かりやすいけど、それはないよね」
それはないと思う。俺も、多分こいつも、神は実在するようなものではないと考えている。だが、この街の人間の信仰は異常だ。異常に信じ切ってしまうくらいの何かが、起こるのだろうか?
そうこうしている内に舞が終わり、いよいよ神の奇跡が始まった。神殿の奥にある祭壇が、昼に会ったハゲ神父の手によって開かれる。そこには、大きな石が壁に埋まっていた。神殿は、神石に合わせ建てられたらしいので、山に埋まっていると言うべきか。
クリアは、少し荒れていた呼吸を整えると、例のブレスレットを外した。すると、昼に一度見たように、クリアの身体に魔力が巡り始める。
神の奇跡を待つ人達は、その瞬間を目に焼き付けようと、静かにその光景を見守っていた。
「……ん!」
か細い声と共に、少女が魔力を神石に注ぎ込む。その瞬間、あり得ないことが起きた。
「な!」
俺の体は、浮いた。いや、俺だけではない。横にいるアイマスク女も、奇跡を見に来た人達も、全員浮いていた。それこそ、浮いたのは一瞬だったが、自分でジャンプするのとは違い、浮かされる、という浮遊感を確かに感じた。
「マジかよ……」
地面に着地した後、じとっとした汗が出てきた。人が浮く。これが神の住む街の、神の奇跡だった。




