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ITエンジニアの異世界デバッグ  作者: 冷静パスタ
第一章 ITエンジニア、異世界にいく
2/202

異世界へ

 あ……?

 場違いな場所に立っていた。俺が立っていた場所は台所だったはずだ。――宮殿?

 室内を見渡してみると、まずその広さに驚く。天井も高そうだ。そして、そんな大きな部屋だというのに、清掃が行き届いているのが分かる。俺の七畳の部屋とは、何もかも大違いだった。


「よくぞ来られた、異世界の者よ……」


 さらに、やたらに広いその場所は、何もかもが豪華だった。足元には真っ赤な絨毯が敷かれ、背後の開かれた扉の先まで続いている。扉の先の通路には、見るからに高そうな壺や甲冑が並んでいた。


「うぉっほん。よくぞ来られた、異世界の者よ……」


 一体、俺は何でこんな所に。まだ寝てるのか? ここは、夢の中なのか? でも、これほどハッキリと思考出来る夢は見たことがない。


「ん、んっんん! あぁ、落ち着くのだ皆の者。我の喉の調子がよくないだけだ。んん! よくぞ来られた、異世界の者よ……」


 意識しないようにしていたが、さすがに無視出来なくなってきた。どう考えても、俺に向かって言っている。異世界?


「はい。私の事でしょうか?」

「いかにも」


 ずっと俺に喋りかけていたと思われる、偉そうなおっさんがいた。この宮殿の主だろう。宮殿というか城だなこれは。間違いない。

 おっさんは、RPGの中でしか見ないような偉そうな髭を蓄え、最上段のこれまた偉そうな椅子に座り、こちらを見ていた。朗らかな顔をしているが、周りを囲んだ部下っぽい人達は、少し怒っているように見える。


「突然だが、お主はこの国、いや、この世界の人々を救う勇者として召喚された者だ」


 本当に突然だな。よくぞ来られた……って、別に俺は望んじゃいねえよ。

 あれだろ? これ、やっぱり夢だろ。俺はこれでも、日々電子の世界で戦うエンジニアだぞ。こんな、何もかもめちゃくちゃな状況、信じられない。随分と、色々な感覚がしっかりとしている夢だが、そういうことなら勇者ごっこを楽しもう。


「勇者ですか……? 俺が?」

「いかにも」

「おっさんは?」

「わしも勇者じゃ。名をシュガー・バルムクーヘン。お主と共に、魔王討伐の旅に出ることになっておる。よろしくの!」


 え、このおっさん仲間なの? 王様っぽいけどいいのか? 

 いずれ覚める夢、俺はどうでもいいけど、随分と平均年齢の高いパーティ編成になりそうだな。というか、今バウムクーヘンって言った?


「嘘じゃ」


 嘘なのかよ。仲良くも何でもないのに、こんな状況で分かりづらい嘘つくなよ。


「わしはこの国の王、シュガー・バルムクーヘンじゃ。そして、わしの横におるのが娘のメルトという。一緒に行くのはこの娘じゃ」

「バウムクーヘン!?」


 そっちは嘘じゃないのかよ。


「む。何じゃ? 何かおかしなことでも?」


 お菓子? シュガーにバウムクーヘン……。ああ、全ては繋がった。ここまでヒントを貰えば、誰でも分かる。俺は、何か手頃なものはないかと探す。あった。

 俺はおもむろに、近くにあった黒い椅子を、舐めた。


「な! 何をしておるんじゃ!?」


 おっさんの慌てふためく声が聞こえてきた。どよどよと、その周囲もざわめいているのが分かる。――ふん、なるほどな。


「わ、私の国の……挨拶です。その、親愛の証を示しています」


 マジかよ。お菓子の国じゃなかったわ、ここ。周りからは、至って冷静に振る舞っているように見えているだろうが、そんなことはない。夢の中ではない、それに加えてのあり得ない行動。俺の脇と尻には汗が吹き出していた。


「そ、そうか。そうなの? ……まあいい。勇者として旅立ってくれるのなら、何も言うことはない。それと、細かな説明を始める前に、もう一つ聞いておきたいことがある」

「何でしょう?」

「お主の、その手に持っているのは何じゃ? 卵?」


 そう、俺は卵を持っていた。会社からの帰り、寄ったスーパーで買ったのだ。そこまではよかったのだが、自転車で荒い道を通って、家に帰って確認したら割れていた。近道しなけりゃよかった。

 そして、その中で唯一生き残った卵がこれだ。ちなみに、反対側の手は割れた卵の黄身でベッタリと汚れている。しょうがないだろ? そんなタイミングで呼ばれたのだから。俺は、汚れた手を、側にあった椅子で拭った。


「これは卵ですね。何でもない、ただの食用の」

「食用の? と、とりあえず、この世界の状況から話しておこうと思う」


 何も言わず、頷いておく。おっさんの話は続く。


「今、この世界は危機にさらされておる」

「ふむ」


 適当に相槌を挟む。おっさんの話は続く。


「ここまでが、我ら人間の置かれた状況だ」

「なるほど」


 知ったかぶりをした。おっさんの話は、まだ続く。


「そんな訳で、こちらの都合に巻き込んでしまい誠に申し訳ないとは思うが、お主を召喚させてもらった」

「はい、分かりました」


 さらっと流した。先程の椅子の件で、恥ずかしさと後悔から、あまり集中できなかった。まぁ、ゲームなんかは結構やっていたので、何を言われたのかは大体予想がつく。


「お主、聞いておったか?」

「はい! それはもちろん!」

「本当か? 上の空だったような気もするが?」

「何をおっしゃいますやら! 王様! 今日もお髭が偉そうですね!」

 

 焦って、今度は意味が分からないことを言ってしまった。もういい、異世界から来たということで、大抵の粗相は許されるはずだ。


「髭……。というか、お主と会うのは今日が初めてなのじゃが、それもまあいい。では、やってくれるかの?」

「委細、承知しました」


 地球ではないどこかの世界に、謎の力で呼び出され、勇者としてこの国を救えとか、そういう話だろ?

 国を救う、か。出来る出来ないはともかく、そういう余生もいいか。地球に帰りたい、ということもない。断りなく連れてこられたことは少々不快だが、特に向こうに未練はない。それに……俺の先はもう、閉じているのだ。


 これが俺の、悪夢の二年間の始まりだった。





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