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ITエンジニアの異世界デバッグ  作者: 冷静パスタ
第二章 神の住む街
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変な女

 また、森か。森には嫌な思い出がある。でもその森は、思っていたよりも簡単に抜けられそうだった。大きな森ではないし、魔物もほとんどいない。道に迷うこともなく進んでいるが、それには理由がある。

 

 目的の街には少々特殊な噂があり、それを信じて訪れる人がいるのだ。

 舗装こそされてはいないものの、街までは、木や草がそこそこ刈り取られていて、道と呼べるものができ上がっていた。


 何事もなく森を抜けられそうだ、と思ったところで、変なもの、いや、人を見つけた。

 行く手を阻むように、道に対して垂直に倒れている。まるで俺の進行を邪魔しているかのようだ。うつ伏せで倒れている、その人物。生きているのか、それとも、死んでいるのか。


「よし」


 全く動く気配がないので、死んでいると判断する。行き倒れか、はたまた魔物にでもやられたのか、大方そんなとこだろう。

 身体は、何事もないように見えるが、ひっくり返すと内臓が食われている可能性もある。想像すると嫌な気分になったので、とりあえずは無視をして進むことにした。背負って行くのも疲れるし、街に着いたら人を送ってもらおう。


 その死体と二メートルくらいの距離まで近づいた時、顔が動いた……気がした。視線を向けてみると、口も動いた……ような気がした。


「う……。お腹、空いた」

「そうか」


 俺は、その死体を跨いで先を急ぐ。後で、しっかりと供養してやるからな。


「ちょ! ちょっと、ちょっと! 待ってよ!」


 背後から聞こえてきた声に反応し、顔だけを向ける。すると、先程の死体が起き上がり、ゴキブリのような体勢で、俺の方へ迫ってきていた。……ああいや、死体ではなかったのだが。


「こわ!」


 俺は得体のしれない恐怖を感じ、走リ出す。


「え、嘘? ありえないって! ちょい待てや、コラァ!」


 体勢はそのまま、さらに速度を上げ、走り出した俺に飛びついてきた。ゴキブリを追いかけ回していたら、いつの間にか攻守が逆転し、羽を広げ、自分の顔に迫ってきた時の恐怖を思い出す。


「ひえっ!」

「捕まえたぁ~」


 俺を捕まえたそいつは、嬉しそうな声をあげていた。羽を広げたゴキブリが迫り、そのまま、顔に着地してしまったことを思い出す。


「離れろ! ゴキブリ野郎!」


 離そうとしてみたが、腕も足もしっかり使い、絡みつかれ、振りほどけない。そもそも、結構力が強かった。


「ゴキブリって……ひどいなぁ~。私は人間だよ。それも女の子」


 俺の胸部に、自分の匂いを擦り付けるようにすりすりと抱き付いてくる。――誰? 何で?

 俺の知っている女の子は、こんなのではなかったはずだ。だが、ひとまず人間ということは分かったので、落ち着くことにする。


「というか、普通あり得ないでしょ? 倒れている人を無視していくなんて」

「死体だと思ったんだ」

「私と目、合ったよね?」

「勘違いかと、思ったんだ」

「私、喋ったよね? お腹空いたって。しかも君、そうかって返事してたけど?」

「いや、道に落ちているものは拾ったら駄目って、小さい時に教わって……」

「それは、ちょっと苦しくない?」


 苦しいのは分かっていたが、俺は出来る限り、この女と関わり合いたくなかった。

 何しろ、こいつは変なのだ。どこがと言われると、まず見た目が変なのだが、それ以上に俺は、こいつから得体の知れない何かを、感じていた。


 その見た目だが、身長は俺の胸元辺りだろうか、少し小さい。髪の色は茶色。長さは肩にかかるくらいで、ふんわりとウェーブがかかっている。服装は、Tシャツにホットパンツ。まあ、そこまではいい。


 目元に、なぜかアイマスクをしていた。アイマスクは黒色のシンプルな物だったが、そこに子供の落書きのような目が書かれている。

 目が合った、とか何とか言っていたが、正直、どこ向いているかなんて分からんだろ、これ。というか、前見えてんの? それ。


 口元は、中々に表情豊かで、先程まで怒っていたのが、今はニヤニヤと笑っているのが分かる。年齢は、俺より下に見えるが、上のような気もしてくる。つまり分からない。


 アイマスクを着けていることも十分変だが、それより変なのは、俺が捕まったことだ。気持ち悪い動きで少し焦ったんだ、と言い訳したいが、俺はあの時、本気で逃げるつもりだった。だというのに、避けることすらできずに、捕まったのだ。


「もう! そんなにジロジロ見ないでよ、エッチ~。そんなに見つめられると、惚れちゃうぞっ!」


 考えすぎか。頬に手を当て、くねくねと体を動かしているこいつを見ていると、どうでもよくなってきた。もういい、無視して先を急ごう。

 俺は体にくっついている女を剥がし、森の出口に向かって歩きだした。


「あ! 待ってってば~!」



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