渋い男、二人
キイ、キイ。薄暗い室内を照らす、ただ一つの光源。天井にぶら下がる小さなランプが、軋んだ音を立てる。右に左。照らされた影は五つ。もう一度、右、左。ランプが一往復する間に、影は四つになっていた。
ゴッ。
何かを砕いたような鈍い音。壁に映る影は、さらにその数を減らす。キイ、キイ。二つの影が一つの影に迫り、また一往復。今度は一つではなく、二つの影が消えていた。
ただ一つ残った影。ゆらりと、男は歩き始める。黒い水たまりを踏む音が、室内に響いた。男は後ろを振り返り、息を一つ吐き出すと、ポツリと呟き、片方の肩と首を回しながらその薄暗い部屋から出ていった。
「大変だよな。パパってやつもよ」
言葉には疲労感が滲んでいたが、男の顔はどこか誇らしげに笑っていた。
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とある街を、渋い男二人が並んで歩いていた。筋骨隆々、頭を丸坊主にし、ランニングシャツの似合う男がブルーウィ。こちらも同じく引き締まった肉体に禿げた頭。汚く剃り残した髭が目立ち、Yシャツをピシッと着ているのがジェイサムだ。
「ルビイちゃん、一層美人になってたな。シャッフルの野郎には勿体無いぜ」
「あの分だと、今頃大変な目に合ってそうだけどな? 朝から晩まで、軟禁でもされそうな勢いだったぞ?」
「はん。ま、あいつには、それくらいが丁度良いんじゃねえの?」
いくつかの小さな街や村を越え、辿り着いた街。男達の抱える仕事は、何かを探し回っているという怪しげな者達の調査。そいつらは、各街を順番に見て回っているそうなので、反対側から進み始めた自分達と、そろそろ衝突するはずなのだ。
(はあ、はあ、はふ。あいつら、もうこんな近くまで……!)
「細目のあいつは休暇を取るって言ってたよな?」
「言ってたな。きっと今頃、でかい乳の女でも追いかけ回しているんだろう」
「そんな中、俺達はこんな何もない貧相な街でお仕事ですか」
「そうだ。他の奴らが女と乳繰り合う中、俺達は仕事だ。もしかしたら、若い女に下着を見せて貰ってる奴もいるだろうな、自分から、こんな風によ……」
「はっ! って、いる訳ねえだろう。そんな女」
雑談をしながら、街を歩き始めて数分。街の端の方で、きょろきょろと辺りを見渡す怪しい奴らを発見。怪しいのは明らか。全員が全員、フードですっぽりと顔を隠している。あいつらが怪しくないとするなら、この世界のどこにだって怪しい奴はいないだろう。
(でも、もう走れないよ……。ここで、あいつらをやり過ごすしか)
ブルーウィが集団を指差し、あいつらだろ? と、ジェイサムに向かって片眉を釣り上げる。それを見たジェイサムが、口を半開きに開けた面倒臭そうな表情で、おそらくな? と、一度頷きを返す。
(ふえぇ。足音が、もうすぐそこまで! どうか見つかりませんように!)
「しかしよぉ。俺も、そろそろだとは思うんだよな」
「何がだ?」
二人の男は、また歩き出す。その表情は、明日は晴れるっけ? と、実のない会話をしている時のような余裕がある。というより、実際に雑談をしていた。目の前の集団がどういう奴らなのかは知らない。だが、二人には、それがどこの誰であろうと、何とでも出来る自信があったからだ。
(うう、もう駄目! 見つかる! 助けて、助けて、助けて……お願い)
「運命の出会いってやつ?」
「随分と人数が多いな。お前の運命の相手とやらは」
(パパ……)
怪しげな集団の前に、二人は立ちはだかる。それは二人の意図した事ではないが、物陰に隠れていた何者かの危機を救った瞬間だった。
「随分と挙動不審だが、おたくら観光客? それとも、サイフでも落としたのか?」
「何もない街だが、ゆっくり見ていってくれ。ああ、すまないが案内は無理だ。俺達も、初めて来た街なんでね」
(え? あの人達は?)
「私達は、別に。それより、何の用だ?」
「ここらの街を、何かを探すような素振りで彷徨く、怪しい奴らがいるって通報を受けてね。駆けつけたんだ。俺は、街の安全を守る衛兵さんだからな」
「そして、そいつらの探している物を頂戴しにきた。俺は、依頼主までそれを運び届けるのが仕事だ」
(衛兵さん? 助かった、のかな? いやでも。も、もう少し様子を!)
「衛兵? まず、横にいる奴を捕まえたらどうなんだ? そいつの言ってる事……完全に盗賊の類だぞ?」
「お? この盗賊め! 観念しろ!」
「お前も盗賊だろ」
「はっ!」
「あ?」
嘘とも冗談とも分からない口調で、二人の男はふざけ続ける。それを見ていた集団の一人が、苛々した口調で前に出てきた。
「もういいですよ。やってしまいましょうよ、こんな奴ら」
「お、おい。待て!」
先頭に立っていた者が、仲間の一人を止めようとする。しかし、男達の変わらない態度に。
「やる? 物騒な事を言い出しやがったぜ、こいつら。面の皮が剥がれたか?」
「フードで何も見えちゃいねえがな。あの下は、化け物みてぇな面かもよ?」
「おお、怖い。衛兵さん助けてくれー!」
「お前が衛兵だろ」
「はっ! そうだった、そうだった。けどよ?」
すぐに、同調した。
「……確かに、面倒だ。二分で消せ」
その言葉に、フードを取り払った集団が二人に襲いかかる。鋭い爪に、コウモリのような羽。怪しい集団は、魔族だった。
「シュ! ……あ? ぐが!」
魔族の振り下ろす腕をいなし、後ろに回り込むと、背中に肘打ちをする。そしてそのまま、地面についた魔族の顔を踏みつけ、言った。
「そっちは今、休暇中だ」
もう一人の男。ジェイサムは、気を失いぐったりとした魔族の首を片手で持ち、宙に浮かせていた。その魔族の両腕は、変な方向に曲がっている。
「魔族か。停戦中のお前らが、一体何をしにこんな所まで?」
(……何あの二人! 強い! 強いよ!)
「まあ、分かりやすくていいじゃねえか。後は」
「そうだな。後は」
二人の男は、ニヤリと笑うと、同時に言った。
「体に聞こう」
それからは、圧倒的だった。二分で消せと言われたが、消されたのは自分達だった。ただ一人、先頭に立っていた者を除き、幾人もの魔族の死体が積み上げられていく。
(ママから聞いていた通りだ! もしかして! もしかして!)
「さて、と」
「足も腕も、もう動かんだろう? 苦しみたくなければ、全てを話せ」
(も、もう大丈夫かな? ひぐ。やっと、やっと会えた)
二人が、最後に残った一人を尋問し始めた時、物陰から飛び出す者がいた。すぐに察知し、二人は後ろに向かって構えたが、その者の姿を一見し、戦闘態勢を解く。何だあれ? と、ブルーウィが眉を潜め、さあな? と、ジェイサムは両腕を外に広げた。
「は! は! は! あう、ひぐ。ぐす」
情けない泣き顔で、走り寄ってくる女。いや、情けないというのも可哀想だろう。何しろ、目の前に現れたのは、二人の腰程しかない身長の、幼い少女だったからだ。
少女は、えうえう言いながらも、その短い足で二人の前まで走ってくると、こう言った。
「パパー!」
パパ? 男二人は、魔族が正体を現した時よりも、驚いた顔をした。そして、互いに相手の顔を、真剣な表情で見る。
「運命の、出会いってやつか?」
ふっと笑う、ジェイサム。
「馬鹿言え。俺にそんな趣味はない」
同じく笑う、ブルーウィ。
「何だよ? 隠してたのか?」
「お前こそ、どこで作ったガキだ? ああ、前に酒場で意気投合したって言ってた、あの女?」
「別に責めやしねえって。むしろ、憧れてたんだ。やたら家に遊びに来て、物をくれるおじさん。小さい時いなかった?」
「何が運命の出会いだ。今あるものを大事にしろ。友人から言えるのは、それだけだ」
「パパー! うえ~ん」
二人の片足を両腕で抱え、少女は泣いていた。二人のパパと、小さな少女。これはきっと、そんなあべこべな三人が紡ぐ、心温まる物語。
「ぐ、ぐぅ」
飛び散った血にいくつかの死体。両腕、両足を折られ、うめき声をあげる魔族が、すぐ側に転がっていた。