犯罪者と勇者
「俺様は、やはり不死鳥だったらしい」
「ああ、そう思う。俺もどうやら、人間を超越した存在になった」
「と、いうことはだ。俺様達は、世界最強と言っても過言ではないな?」
「ああ、そう思う。いっその事、神とか名乗ろうか」
森で魔族と戦い、俺もフェニクスも体に穴を開けられ、さらに周りは火の海という状況から生還していた。
そんな俺は今、知らない部屋、馴染みのないベッドに、横になっている。
目を覚ました時、隣にはフェニクスが寝ており、あれ? と、しばらくの間、混乱していると、隣で寝ていたフェニクスも起きたらしく、大きな欠伸をした後、ずっとアホ面で天井を見ていた。
そして、自分が死んでいないことに気付いたこいつが言った、第一声がそれだった。
調子に乗り過ぎだって? いやだって、何で生きてるんだ? あの状況じゃ、もう無理だろ。詰みだよ詰み。逆転も何も、最後に気を失った気がするしな俺。
それとも、勇者の隠れた力なんていうのが目覚めたのか? もう一人の僕が戦ってくれたの? ありがとう、俺の秘めたる力。次は、俺にも記憶が残るようにやってくれ。
現実逃避にも似たような事を考えていると、部屋のドアが開いた。
「よう、イオ。どうやったかは分からないが、助けてくれてありがとな。おかげで、命拾いしたよ」
「あたし、イオじゃないけど」
見切り発車だったようだ。お約束展開では、近くの村や街のベッドに運ばれているはずだが、誰これ? 何処ここ?
「すまん。寝ぼけていたようだ。改めて挨拶しよう。俺はエンジ、横の鳥はフェニクス、危ない所を助けてくれてありがとう」
寝起き一発目は、何を言っても許される。誰の言葉だって? 俺の言葉だ。
「丁寧な自己紹介ありがとう。あたしはサラ。でもあたし、あなた達を助けてもいないし、この部屋に連れてきた覚えもないんだけど?」
あん? 何だ、この状況。
「俺達を、どうするつもりだ?」
俺はぶるぶると震えだす。
「いや、あたしの方が身の危険を感じてるし、聞きたい事もたくさんあるんだけど……とりあえず、街の衛兵さんの所に、連れていくね」
「エイヘイさん? 嫌な響きだ。その人は優しくない気がする」
「やっぱり、何か犯罪をおかしているのね。何をしたの?」
「失敬な。森を焼き払ったくらいで、後は何も」
「思いっきり犯罪じゃないの? それ……」
んー。どうするか。俺は決して犯罪者ではないのだが、すでにこの状況が犯罪のような気がしてきた。リスポーン位置、悪すぎだろ。
「こ、ここはどこ? 私は誰? 何だ! このでかい鳥は!?」
「うわお! 俺様の隣にいる、冴えない男はどこのどいつだ!? 確か昨日は、可愛いメス鳥ちゃん達と一緒に……」
「今更、何言ってんの? さっきまでペラペラ話してたじゃない。……鳥まで、ぺらぺら喋るのはおかしいんだけど」
くそ、仕方ない。
「フェニクス! 窓を破れ!」
「よしきた! オラァ!」
パリーン、と豪快に割れる窓。こうして俺は、犯罪――いや、これは決して犯罪ではないのだ――を一つ増やし、サラの家から脱出した。
「あ! ちょっと!」
まずは、状況の確認だな。俺達に何が起こったのか、この街は一体どこなのか。エイヘイさんに会うのは、まだ早い。
=====
目の前で、エンジがいなくなった。
結果だけを見れば、誇っていいくらいだ。魔王の右手と恐れられる男を倒し、難攻不落と言われた砦を落とした。
皆は仕方ないと言うだろう。必要な犠牲だったと。それほど、強大な敵だった。正直、今の私達では、手も足も出なかったのだ。
でも、エンジが消えた。目の前で、あっさりと消えた。一片のカケラも残さず、私の前からいなくなってしまった。
「私? 私のせい?」
私の前では、スピシーが床に座っていた。この娘の、こんな姿は見たことがない。自信満々で、自分が世界の中心だと言わんばかりで。
いつもいつも、エンジに何かの命令をして、脅迫して、物みたいに扱っていたこの娘が、こんなに動揺するなんて。
視線を移動させると、レティが何かを探しているようだった。大切な物を落とした時のような素振りで、今まで見せたことのないような焦った顔で。
エンジの消えた辺り、今は、エンジの血だけが、べっとりとこびりついた床の辺りで、何かを探している。
その光景を見て、やっと実感する。エンジは……死んだんだ。もう、会えないんだ。
自然と涙が出てきた。こんなつもりではなかったのに。こんなことをさせる為に、一緒にいた訳じゃないのに。
今までだって、あんな。あんな風に扱うつもりなんてなかった。でも、あのままじゃ、エンジがどこかに行ってしまいそうで。もう、私とは会ってくれなさそうで。ただ、ただ私は。
一緒にいてくれるだけでよかった――
一緒に旅をして、楽しい事、悲しい事、嬉しい事、全部一緒に経験していきたかった。分かち合いたかった。例え、エンジがどんな立場でも、私は一緒にいてくれるだけで満足だった。
文句を言いつつも、ずっと付いてきてくれていたエンジに、どこかで私と同じ気持ちなのでは? と思ったこともあった。でも、それは私の身勝手。私の傲慢。あんな扱いをされて、エンジが同じ気持ちなはず、なかった。
エンジの顔が、声が、仕草が、溢れては消えていく。失ってから気付いた。気付いてしまった。
そうだ。私は、一緒に過ごしていく内に、いえ、本当は初めて会った時から。
エンジの事が好きだった――
勇者達を乗せた馬車が凱旋する。砦を落とした事が伝わり、人々は明るい表情だった。勇者達もそれに合わせ、手を振り、笑う。だが、勇者達の笑みには、どこか影のようなものが、さしていた。