強敵
火に包まれつつあった森から逃げようとしていた俺達に、話しかけて来るやつがいた。
「また、このパターンか。誰だよ!」
「おい、もう無視して逃げようぜ」
「確かにそうだ。どこの誰だか知らんが、またな!」
無視をして逃げようとした俺達。しかし、正面に回り込まれてしまっていた。俺は舌打ちをする。
「つれないですね~。ちょっとは遊んでくださいよ~」
「……やべえな」
目の前に、女が立っていた。髪は長く、ウェーブのかかった赤色で、その女には、先程倒した男のような魔族の特徴があった。角が片方折れてはいたが、そんな事はどうでもいい。
その女魔族には、先程の男とは比べものにならない程の魔力が渦巻いていた。
「あなたが、あの男を倒したのでしょう?」
黒く焦げ、地面に伏している男に視線を飛ばし、女は言う。
「いや、違う。俺が来た時にはもう……。助けてやりたかったが、こんな状況でな」
正直、魔力が心もとない。というより、全開でも危なそうな相手だ。俺はしらを切る。だが、それを聞いて、女がくすくすと笑っていた。
「嘘ばっかり~。私、見てましたよ~? さっきの戦闘」
性格の悪い奴だ。ま、あれで見逃してくれるとは、思っていなかったが。
「誰だお前?」
「私はクリム。クリム・ペスカトールと申します。先程、あなたが倒した男の、上司ってところですね~」
やはり、敵。やるしか、ないのか……? 待て、ルーツのような例外もいるのだ。もう少し、確認してみよう。
「何しに来たんだ? あの男と同じ、人間の恐怖を~ってやつか?」
「あはは。全然、違いますよ~。むしろ逆ですね~」
「逆?」
話を聞くと、どうやら先走った男を殺しに来たらしい。上司と言っていたはずだが、怖い組織もあったもんだ。俺を日々罵っていた上司の方が、いくらかマシだな。
「そうか。俺が代わりにやっておいた。もう帰っていいぞ」
「そう……思ってたんですがね~。何だか、面白そうな人を見つけちゃいましてね~。誰だと思います?」
「知らん。俺は、変な鳥を飼ってはいるが、一般人だ。ちょっとばかし、森の開拓をしようと思ったのだが、火事になったんで帰りまーす」
「もう! 分かってるくせに~!? 何だか私、イライラしてきちゃいました~」
そう言った途端、女が仕掛けてきた。
冗談の通じない女だ! と、言える余裕もなかったが、何とか躱す。
「ん~? 一般人なら、今のでバラバラになっちゃいますよ~?」
「足を滑らしただけだ」
とは言え、まずいな。何とか初撃を躱す事は出来たが、女の動きについていけそうにない。今ので全力ってこともないだろう。
頼みの綱の魔法も、残りの魔力量を考えると、あと少ししか使えないし……あれを使うしかないか?
「フェニクス! 少しの間、時間を稼いでくれ!」
「仕方ねえな。五分だ! 後でとびっきりのメス鳥、用意しろよ!」
俺はフェニクスに女魔族を任せ、後方に下がる。大丈夫。フェニクスはそれなりにやれる。気を引いて逃げるだけなら、そのくらいは――しかし、五分か。
「おら! 燃えろや、嬢ちゃん!」
「あら~。この鳥、魔法が使えるのですね~」
ファイアウォール、コンパイル……!
俺は、扱いが難しい上級魔法のコンパイルを始めた。扱いが難しいということは、その魔法が出来上がるまでの過程が複雑だということ。だがまあ、上級の中でも、これは簡単な方だ。おそらく問題ない。あとは、どうやってあいつを……。
「珍しい鳥を見ることはできましたが、もう飽きましたね~。これで終わり~」
焦る俺の目の前で、ついに、飛行中のフェニクスの翼に、女の放った炎の槍が突き刺さる。
「フェニクス!」
「いてぇぇ! ああぁぁ!」
フェニクスがうめき声をあげながら、墜落する。良かった、生きてはいるようだ。俺の魔法は、もうちょっと……出来た!
「あら? や~っと出てきてくれましたね~。さあ、あの男に使っていた魔法、見せていただきますね~」
チャンスは一度だ。
「RUN」
いくつかのファイアボールが、女に向かって飛んでいくが、難なく、全てを躱される。やはりこの女、並の魔族ではない。先程の男とは、身体能力が桁違いだ。
「これは……。やっぱり詠唱していないですね~。まあ、ファイアボールくらいなら、私でもできますが!」
女魔族が無詠唱でファイアボールを返してきた。少々ダメージを負うが仕方ない。ここは突っ込む。
「つっ……。RUN」
女の放ったファイアボールを、正面から突っ込んで抜けた。頭を守るように、顔の前で腕を交差させていたため、腕が焼けるのが分かる。痛いというレベルではなかったが、女の目の前でファイアストームを放つ事ができた。
「中級魔法? こんな魔法も無詠唱で!? でも!」
女は、足元から出たファイアストームに対して、体全体を覆う水の盾のようなものを作り、防ぐ。こいつの魔法展開速度は、無詠唱ほどではないにしろ相当なもの。しかしまあ、俺もそんなので決められるとは思っていない。それは足止めだ。
「ファイアウォール RUN」
ファイアウォールとは、壁のような炎を出す事で、盾になったり、視界を防いだりする魔法だ。一つだけだとそうだが、俺が一息に展開したのは四つ。
「これは! 上級!? いえ、それよりも!」
「ああ。お前は今、そこから動けないだろ? とどめだ! ファイアボール五十連、RUN!」
名付けて、ファイアボール流星群! 口にだすのは恥ずかしいので、心の中だけに留めておいた。俺のすぐ目の前で、上空から炎の壁の中に向かって、大量の火の玉が降り注ぐ。これで……。
「あはは! あはははは~!」
森が炎に包まれていく。早く、逃げないとな。……フェニクスは? いた。
俺はフェニクスを抱え、歩きだす。すでに体力が限界だ。体にガタがきているのが分かる。まあ、倒せてよかったが。
安心して、油断した瞬間だった。
「うぐっ!」
俺の腹に、炎の槍が突き刺さっていた。……あれで、死なないのかよ?
舌打ちをし、とっさに後ろに向けてファイアボールを撃つ。が、当てることはできず、女の顔の横を通り抜けていった。
「ざ~んねん。あははは~! 思っていたよりも、ずっと楽しめましたよ~? あなたの無詠唱魔法、残り少なそうな魔力量からの、あの攻撃。……うん。気になることはありますが、あなたには死んでもらう事にしました~!」
ゲホ、ゲホと俺は咳き込む。咳にまじり、血が地面に落ちた。
「き、気になるのなら、後で教えてやるからさ。これ、抜けよ。あと、治療も頼む」
「ん~。ちょっと遊んでやろう、くらいの気持ちだったんですがね……。あなたを生かしておくと、後々厄介なことになりそうです~」
ああ、そうかい。俺はもう、何も言い返せず、体から力が抜け始める。
異世界に来て、約二年ってとこか。もうちょっと、生きても……面白そうだったかな?
俺は、そこで意識を失った。




