エンジニアの魔法1
「ごめんごめん。魔法の事だと思わなかったの。許してよ」
俺は、殴った本人であるイオから治療を受けていた。
「普通、いきなり殴るか?」
「ごめんって。あなたが余りにも必死な顔だったから、つい。それで、何だっけ? 私の魔法を見たいんだっけ?」
まだ言いたいことはあったが、まあいい。この二年間を思えば、何でもないことのように思える。それよりもそう、魔法だ。
「ああ、頼む」
「種類は何でもいいのね? じゃあいくわよ」
そう言い、イオは詠唱を始める。
「おい……。なぜ掌をこちらに向けているんだ?」
「え、ああ。何かに当てなくてもいいのね。ごめんごめん」
失敗、失敗と可愛く舌を出しているが、おかしいだろ。何かに当てる必要があるとして、何で俺に当てようとする?
「じゃあ、いくね」
再度、イオが魔法の詠唱を始めたのを見て、俺は魔法の目に魔力を通した。
詠唱と共に、イオの掌辺りに魔力が集まり、色をつけ始める。そして、詠唱が完成した瞬間、色の付いた魔力が形をなし、前方に飛んでいった。今のは、初級魔法のファイアボールか。やっぱりこれは……。
というより、その魔法を俺に当てるつもりだったのか? と、頭の隅で思いつつも、簡単な魔法なら、他にもいくつか使えるよ、と言うイオに、別の魔法もいくつか見せてもらった。
多分に漏れず、どの魔法も詠唱から展開までが遅かった為、しっかりと見ることができ、俺は満足する。今回の、スカートめくり・パンツがひらり事件は、間違いなく、俺にとって収穫のあるものだった。いや、変な意味ではなく。
……。
それから数日が経ったある日、にわかに村の入口が騒がしくなった。魔物が村を襲ってきたとか、そういう類の雰囲気ではない。
何事だ? 俺は、その騒ぎの中心に向かってみることにした。
「おい、大丈夫か! しっかりしろ」
「一人か? 皆はどうした?」
俺がその場に到着すると、体中傷だらけの若い男一人、村の皆に迎えられている所だった。傷だらけの男は、村長と何かを話しているようだが、ここからではよく聞こえない。
そのまましばらく様子を伺っていると、村長との会話が終わると同時に、若い男は意識を失った。
「何だ? 何が起こっているんだ?」
「あいつは、確か森の開拓のために魔物を倒しに行った奴だよな? なぜ一人なんだ?」
「用があって、一度戻って来たとか?」
「でも、只事ではない様子だったぞ……まさか」
俺の近くで見ていた村人達も口々に話し始める。
聞いた限りでは、俺がこの村の護衛を務める理由にもなった、出払っている人達というのは、近くの森の開拓をするために、魔物討伐に行っていたらしい。だが、あの様子だと。
気付けば、その若い男と話していた村長が、こちらへ向かって歩いて来る所だった。こりゃあ、俺の仕事っぽいな。
「エンジ殿、少し厄介な事が起きたかもしれん。話を聞いてはくれんか?」
「ああ、何が起きた?」
「さっきの男は、近くの森へ魔物討伐に向かった者の一人でな。あいつが言うには、森に膨大な数の魔物が出たらしい」
魔物か。膨大な数というが、そもそもの目的を考えるに、森へ向かった奴らは、ある程度戦う力を持っていたんだよな? 表情に出ていたのか、村長が続けて言う。
「森に向かったのは、帰ってきた彼を含め、狩りのうまい者や、魔物を狩るのを仕事としているような者達だ。君が倒した熊の魔物だって、一撃とはいかないが倒せる者達。だが……」
「思っていたよりも、強い魔物が大量に現れた?」
「そのようだ。流石に、一度引こうとはしたらしいのだが、それも上手くはいかなかったようで、皆散り散りになってしまったらしい。そして、今の所帰ってきたのは彼だけだ」
さらに話を聞くと、あの森には、そこまで強力な魔物は今までいなかったらしい。いたとしても、それこそ俺が倒した熊の魔物くらいが関の山。それでこの際、村の規模を大きくする為に、森の開拓に乗り出したのだそうだ。
想像以上にまずい事態。俺に頼みたいのは、引き続き村の護衛ということだが、あの熊の魔物より強い奴が数匹、いや、数十匹は出たと思っておいてよさそうだ。そんなのが一斉に村を襲ったらと思うと、正直、俺の手にも余る仕事だが。
「頼む。こんな事態になってしまったが、やってくれないか? 俺達が村を捨てて、逃げる準備をする間だけでもいいんだ」
「村を捨てて逃げるのは、正しい判断だと思う。でも、三日……いや、二日待ってはくれないか? もちろん、その間の村の護衛は俺がする」
「ああ、準備をするのにも時間がかかるので、それはもちろん構わないが、どうするんだ?」
「森の魔物を、倒してみる」
「森の魔物を? いや、それができるならありがたいが……なんだ!?」
近くで悲鳴が上がる。悲鳴を上げた女の視線を追うと、森の方から走ってくる狼の魔物が数匹。数は七。走る途中で、まとまっていた陣形を変え、正面から三匹、左右から二匹ずつが、村の方へ迫ってきていた。
「さっきの男の血でも追われたのか?」
「エンジ殿! 厳しいだろうが、俺と一緒に正面の奴らを頼む! おーい! 戦える者は武器を持て! 半分ずつ別れて、左右の奴らを!」
村長が、きびきびと号令を出す。村人達はそれを聞き、青ざめつつも戦う準備を始めていた。俺は、慌ただしく動く村人を避け、一番に外に出る。
「フェニクス、ここは俺一人でいい。他にも魔物がいないか周囲を見てこい」
「エンジ、やるのか?」
「ああ」
肩にとまっていたフェニクスを索敵に出す。そして俺は、一人で狼の正面に出た。形は、できているんだ。後は実践のみ。
「マジック・マクロ ファイアボール RUN」
俺は、初級魔法のファイアボールを放った。距離はそこそこある。狼の魔物は、放たれたそれを見て難なく躱す。が、俺の魔法はこれで終わりじゃない。
「RUN RUN RUN」
俺の掌からファイアボールがいくつも放たれる。狼の魔物達が逃げ場を失い、正面にいた三匹は火に包まれ、絶命する。俺はそれを見届けると、そのまま、その場からファイアボールを左右に向けて何発かずつ放ち、七匹全てを倒す事に成功した。
「やっぱ、かなり使えるなこれ」
「エンジ殿、今のは?」
「中々だっただろ?」
俺が一息で全ての魔物を倒してしまったのを見て、ぽかんと口を開けた村長が話しかけていた。
「エンジ殿! 中々なんてものではありません! 今の魔法! 詠唱してなかったように見えましたが!?」
「ああ」
そして、鼻息が荒い。まあ、気持ちは分かる。自分でも、これができた時は、飛び上がって喜んだ。その勢いのまま、歩いていたイオのスカートをぺろんとめくったくらいだ。
「おーい! エンジー!」
興奮覚めやらぬ村長を抑えていると、フェニクスが戻ってきた。
「上手くいったようだな」
「おう。そっちはどうだった?」
「この辺りは、もう大丈夫だ。で、ついでに森をちょっと見てきたが、ありゃ何だろう? 何だか、異常な雰囲気だったな」
「そうか」
やっぱり、急がないとな。今回の魔法が成功したということは、もう一つのあれも、上手くいくはず。それは、俺にとってこの先、絶対に必要になるもののはずだ。
自分で言い出した納期は、およそ二日。それまでに必ず完成させてみせる。