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Equitable World

 長い年月(としつき)に渡る雨風や陽の光。これらに曝され続けたアスファルトはかつての姿を保つ事は叶わず色褪せ、ひび割れ、もはや道と呼べる代物では無くなっていた。そして同じくコンクリートで造られた建物もその波に飲み込まれ、無惨にも朽ちていっていた。


 割れたアスファルトの隙間から、勢いよく伸びる名も知らぬ緑の草々。

 建物達は崩れ落ちるまではいかぬが、剥がれ落ちた壁から覗く鉄骨。


 ただ、中には劣化防止(アンチエイジング)の処置がされ姿を保つ建物も点在していたが、状態の良い場所は例にもれず発掘者(サルベイジャー)の手に掛かっていた。当然目ぼしい遺物(レリック)は残っているはずも無く、淡い期待を胸にフロア中を物色して回った少年の表情は暗い。


 しかし少年の目に諦めは無く、無言で瓦礫を掻き分け物色を続ける。物を退かす度に、分厚く堆積した(ちり)が大きく舞う。そのせいでフロア全体は灰色の(もや)に覆われており、壁の隙間から差し込む太陽の光をによってキラリと乱反射する。


 そんな中を前回の遠征(ツアー)で入手した遺物である防塵(ぼうじん)マスクとゴーグルを装着した少年は、先輩サルベイジャーから叩き込まれた知識を総動員させ、黙々と手を動かし【お宝】を探す。少年は脚が二本しか残っていない椅子だった残骸や、取っ手が途中からネジ切れているフライパンを手にすると、この建物は住居として使用されていたのだろうと思った。


 そんな瓦礫の中で鈍く光る金属製品はまだしも、劣化防止処置のされていない樹脂製品などは、少年が触るだけでボロボロになっていくが、崩れる物には目もくれず少年は一心不乱にゴミを退かし、手付かずの場所が無いか探し回る。


 するとゴミの奥に真新しく光る金属の取っ手が見えた時、駆け出しとは言え発掘者としての勘がときめく。

 少年は成長途中の華奢な身体に鞭を打つ。歯を食い縛り、額に血管を浮かべ障害物を取り除いていく。


 そして少年が息を切らし全身から汗を吹き出す頃、ようやくソレと対面する。

 表面についた大小様々な傷はあったが、色鮮やかなライトブラウンの木目調に少年の目が輝く。


 取っ手を見つけた瞬間は中身に期待をした少年だったが、ゴミの中から掘り出したチェストの状態に考えを改める。

 劣化の兆しが見えないチェストに、例え中身が空だったとしても、これだけでも十分過ぎる収穫だと算段したからだ。

 しかしだからと言ってカラを望む訳はあるはずも無く、少年は期待に満ちた表情で引き出しに手を掛ける。


 息をのみゆっくりと開けると、弾む様な心臓の煽りを感じながら少年は中を覗き込む。


「やった!」


 少年は目に写った物に思わず開口一番、マスクに遮られ濁った声だったが喜びを爆発させ飛び回る。両手を握り締め何度もガッツポーズを繰り返した後、幻じゃないよな、とチェストの中身をふたたび確認すると、見間違いでは無くそこには収納された当時のまま、綺麗に一点一点ビニールに包まれた子供サイズの衣類が収められていた。


 出来すぎた【お宝】発見に興奮した少年だったがひとしきり喜び終えると表情を引き締め、ほぼ空のバックパックを下ろし丁寧に【お宝】を詰め込んでいく。


 しかし表情は自然と緩んでしまうがそれもそのはず、前回手に入れたマスクとゴーグルは先輩サルベイジャーのおこぼれだった為、少年にとってこれが実質的には初の成果だったからだ。


 だから自然と緩む少年の表情。


 だが駆け出しとは言え、こんな所で気を抜く事がどれだけ危険なのかは分かっていたが、それでも表情を崩すしてしまうのにはもう一つ大きな理由があった。


「ミカエラ……」


 守るべき大切な妹。集落で待つたった一人の肉親の姿を思い出す。


 少年が物心のついた頃に両親が他界し、日々生きていくだけで精一杯だった。だから着る物にまで手を回す余裕などあるはずが無かった。


 あて布で継ぎ接ぎされた、丈の足りない煤けた服。


「へへ……ミカエラ。新しい古着どころか、新品の服だぞ」


 隙間無く詰め込まれたバックパックを、軽く叩いて形を整える少年の脳裏には、今日の収穫を身に付けた最愛の妹が満面の笑みを浮かべていた。


「あ……でもこれを換金して色々買い揃えた方がいいのかな……」


 しかし少年は服以外にも必要な物ばかりだった事を思い出す。


 妹が古着屋の店先を通る度に物欲しそうに見とれていた、すみれ色のオーバーオールでもいいかと考えを改める。


 チェスト内の衣類を全て収用した八十リッタークラスのバックパックは、はち切れんばかりに膨らんでおり、背負った荷物の重みがいったいどれだけの稼ぎに変わるのかを想像し、ここぞとばかりに欲の妄想を加速させる。


「と……その前に、こいつを運び出さないとな……」


 ハッと我に返り妄想の買い物を一先ず中止した少年は、辿々しくバックパックの下部から伸びるウエストベルトを締め、続いて背負う前に緩めたショルダーベルトを調節しながら(チェスト)に目をやった。そして早々に一人では無理と判断を下し、ショルダーベルトから伸びるチェストベルトを嵌合(かんごう)させる。


 最後に全体のバランスを整え、軽く飛んで背中全体にバックパックがフィットした事を確認した少年が、別の部屋(フロア)で物色中の先輩サルベイジャーを呼びに行こうと、踵を返したその時だった。


「全員逃げろ! 生体種(バイオニック)が一体接近中!」


 建物の屋上で見張りをしていた仲間が、大声を張り上げたのを皮切りに叫びが続く。


「くそっ! よりによって合成貴種(キメラ)かよ!?」


 直ぐ様反応した熟練者(ベテラン)が姿を確認したらしく、焦燥にかられた声が響いた頃、ようやく少年の防衛本能にスイッチが入る。


 ぶるりと背筋を走る悪寒と震え。

 力が抜け笑い出す膝を気力を振り絞り動かすと、少年が呼びに行こうとしていた先輩サルベイジャーが飛び込んで来た。


「おいっ! ぼさっとしてっと死んじまうぞ!」


 ノロノロと動くだけの少年を、叱りつける先輩。


「あ……でも、これが」


 馴染みの顔を見て少し安心したのか、少年は艶を保つチェストへの未練を滲ませる。


「馬鹿野郎っ! 命あっての物種だろうが。てめえが死んだら誰がミカエラを守るんだ!?」


 しかし先輩サルベイジャーは聞く耳を持たず、少年の腕を掴み睨み付ける。


「ミカエラ……」


 怒鳴られた事で、少年は何を優先させなければならないか理解し、出掛け前に見せたミカエラの表情を思い出す。


 ぎこちなく笑う妹。

 不安を誤魔化す様に、色が変わる程に強く握られた小さな手。

 父と母が死んだ夜、必ず守ると誓ったミカエラ。



 まだ死ねない。



 そこに行き着くと、少年の行動は早かった。


 引きずってでも連れ出す勢いだった先輩サルベイジャーを、逆に引っ張る勢いで走り出した少年。


 大きなバックパックを揺らして走る少年は、もう後ろ(チェスト)を振り返る事は無かった。



 そして建物の外が次第に熱を帯びていく。



 *



 ひび割れたアスファルトに出来た(おびただ)しい量の血溜りは、縁の方から徐々に乾燥していき赤黒い滲みへと変化していく。


 飛び散ったサーモンピンクの肉塊は照り付ける太陽によって容赦無く腐敗が進み、何処からともなく集まったハエが悪臭を物ともせず白い卵を産み付ける。


 元の形が判らない程に潰され中身をぶちまけた肉の塊には、我先にと野犬が群がり内蔵を食い千切り、飢えた獣は茶色い内容物までを争い勝者達は咀嚼を繰り返す。




 骨を砕く鈍い音や、平らげられていく生肉が発する水音が辺り一面に響く。





 この世界に勝者は存在しない。






 食うか食われるか。

 殺すか殺されるか。

 奪うか奪われるか。

 犯すか犯されるか。

 守るか守られるか。

 届くか届かないか。

 望むか望まないか。





 酷く残酷なこの世界でまだヒトは生きていく。


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