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終わりの始まり

 真空に触れるほど高く昇った一つの影。



 その足下には水に包まれた惑星(ほし)が一つ。

 青い海洋が七割を占め、残りの三割を褐色と深緑の大地が彩り、それを白い綿の様な雲がアクセントを加える太陽系第三惑星。


 すなわち地球。


 大気と言う歪みを生む(フィルター)から逃れた影が一目見下ろせば、黒く底の無い宙に浮かぶ美しい地球を網膜と脳髄に記憶出来ただろう。


 しかしアンダースーツが薄く透ける半透明の黒い装甲を持つ量子兵装(クアンタムウェポン)(まと)ったその影は、眼下に拡がる光景など歯牙にもかけず、頭上で延びる白亜の回廊に釘付けとなっていた。


 不可能(アンタッチャブル)とされて来た【オーヴィタル・ライン】への到達。

 反射加工(ミラー・エフェクト)されたアイレンズからは、その双眸の感情は読み取れないが、変わりに震える全身が雄弁に語り、影は興奮と歓びを爆発させ様と無意識に大きく息を吸い込む。


 そして影の口は絶叫し、人類の未来を想い言葉を紡いでいった。



 ……否。



 紡いでいるつもりだった。


「……カヒュッ……ヒュッ……」


 だが幾ら声を出そうとしても聞こえて来るのは、空気の抜ける様な間抜けな音だけ。原因が分からず少し慌て始めると、前触れも無く喉を押し開ける【何か】が来た。

 影は驚き、宇宙空間での嘔吐は命に関わると教えられており懸命に堪えるが、その甲斐も虚しく激しい咳と共に吐瀉されてしまう。

 勢いよく吐き出された【何か】がヘッドギアの内側に当たり、粘度の高い水音を鳴らす。


「っ!?」


 吐瀉物の正体も分からず焦りが直ぐに恐怖に変わり始めると、影は胸の違和感に気付く。



 止まらない咳と嘔吐。

 湧き上がる様に段々と痛みに変わっていく違和感。

 掻きむしる様に胸元へ手をやるが、そこにあるはずの装甲と(からだ)は存在せず、指はただ(くう)を泳ぐだけ。

 やがて痛みが焼ける様な物に育つ頃には、影も己の状態を理解する。


 拳一つ程の(あな)


 ようやく自分に起こった事を認識するが、時既に遅し。

 綺麗にくり貫かれた胸の孔から流れ出る赤い珠。大小様々な物が影の周囲を漂っていく。


 客観的に見れば、蠱惑的な絵面だったかもしれないが、当の本人は知るはずもない。


 流出していく血液(いのち)を留めようと、懸命に胸を押さえるが当然効果がある筈も無く、次第に影の呼吸が浅く荒いものへなっていった。



 そして静止衛星軌道に届くその超高度で一人、影は短い生の道を終えようとしていた。


 血を流し過ぎ朦朧とした意識の中、影の身体は慣性に従いゆっくりと流れる。

 すでに指一本すら動かす事が難しくなっていた影だったが、辛うじて瞼を動かす事は出来た。


 地上から宇宙(そら)を見上げる事しかしてこなかった影は、この時始めて足下に拡がっている景色に気付く。


 吐き出された血はヘッドギア内を覆っており、それはアイレンズも例外では無く、思考能力も停止寸前だった影は血で染められた赤い地球をすんなりと受け入れていた。


(あぁ……地球は宇宙(そら)から見ると……赤……いん……だ……)


 霞れゆく視界でクエロ・ビアンノは己が宇宙に来た理由も忘れ、ただそれだけを思った。

 徐々に色褪せていく虹彩が焦点を失い、赤く塗り潰された世界をその灰色の瞳に映し、こうして人類の希望に成り得たかもしれない才能を秘めた少女の命は、儚く散らされていく。




 地球を一周する白亜の回廊。

 灰白色の外壁から覗く黒い砲身は、太陽光に照らされ輝く。


 そして組み込まれた命令(プログラム)に盲目的に従うだけの砲身は、来るかも分からない【次】に備えて、ただ虚空を向いていた。

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