じゃじゃ馬姫の憂鬱
サヤ=ライリーは、ルイーズ=ドラクール、
ルミア=ラキオン、ゆきなと共におてんば姫
――ルーンの部屋にいた。
彼女のつんけんした態度に、素直になれない
だけだと気づいたサヤ以外は、いささかわが
ままが過ぎる彼女を持て余していた。
狼の黒い尻尾をぱたぱたさせ、黒い耳をぴんっ
と立てながらサヤは彼女を炎のような紅い目で
見つめる。
「なあ、ルーン何して遊ぶ?」
ルーンは一瞬嬉しそうに口を開きかけたが、
結局素直になれなかったのか、ぷぃっと視線を
そらして口をつぐんでしまった。
年代物らしき、上等そうな白木の本棚から
小難しそうな本を抜き出して一人で本を読み、
彼女達に背を向ける。
ルー達はさらに眉を吊り上げ、サヤは
あーあ、と思った。
この姫は、人との付き合い方を知らない
のだ。親しい人など、ほとんどいないの
だろう。
その事にサヤは深く同情した。
自分も過去、一人だった思いでが蘇った
のである。
ルーが金色の瞳を細め、ぷぅっと頬を
膨らませる。
ルミアは砂色の髪を苛立ったように逆立
たせ、ゆきなは八つ当たりするように、
ぴかぴかの白い皿に盛りつけられた、ピンクの
砂糖で飾られたクッキーを頬ぼっていた。
「――書物庫に行ってくる」
そんな時、ルーンはおもむろに立ち上がり、
部屋を出て行った。彼女がいなくなった途端、
相当に苛立っていたメンバーの愚痴が口から
飛び出す。
「あの子、無愛想だよね」
唇を尖らせたルーがそう言ったのを皮切りに、
それぞれが悪口を言い始めてしまった。
「呼んでおいて、あの態度はないわよね。
何様のつもりなのかしら」
「王女サマでしょ。傲慢な」
多少、棘のある口調でルー達はルーンの事を
語り出す。ため息をついたサヤが、王女の事を
話そうとする前に、ドサッ、と何かを落とす
音が響いた。
ギョッとなり、全員がおしゃべりをやめる。
そこにいたのは、ルーンだった。
顔を真っ赤にし、今にも泣きそうな顔を
している。
「……っ!!」
たえきれなくなったのか、薄桃色の瞳から
涙をこぼすと、彼女は同色の髪を激しく揺らし
ながら走り去ってしまった――。
「姫さん!!」
サヤは書物を拾いながら追いかけようと
したが、ルーが力強い手でそれを掴んだ。
自分よりもルーンに構おうとするサヤに、
嫉妬のあまり金色の目を潤ませている。
「放っておけばいいじゃない、あんな子」
いつもならば、サヤは面倒そうな顔を
しながらもルーを怒ったりはしなかった
だろう。
ルーが本心からルーンに酷い事を言った
のではないと、サヤは分かってはいたけれど
どうしても苛立つのを止められなかった。
サヤは刺すような冷たい紅い目で睨みつける
と、驚いたように、ルーの手の力が緩む。
「――本気で言ってんのか、ルー?」
「え?」
かつてないほどの怒りをサヤにぶつけられ、
ルーは青ざめて震えていた。妖精を思わせる
虹色の羽が、くたりと元気なく下がる。
「本気で言ってんのか、つってんだよっ!!」
サヤの強烈な拳に殴りつけられ、部屋の壁が
へこんだ。
いきなり怒鳴りつけられ、ルーは怯えた
ように口を開く事が出来ない。
サヤはそれを構わず、苛立った声で続けた。
「――嘘でも、そういう事言うんじゃねえよ。
ルーの事、見損なった。嫌なら、とっとと
帰れよ」
サヤはルーが嫉妬から、自分を引き留める
ためにルーンに対して酷い事を言ったのだと
分かっていた。
けれど、本心からでなくともあんな言葉
聞きたくなかった。特に、ずっと一緒だった
優しいルーからは。
「サヤ!! 今のはひどいんじゃないの?」
きつい視線と言葉を大好きなサヤからぶつけ
られ、ショックのあまり倒れ掛かったルーを
ゆきなが慌てて抱き留める。
非難のこもった目を向けて来た彼女に、
サヤはルーと同様の視線と言葉を叩き
つける。
ゆきなの雪ん子特有の青白い肌が、さらに
青ざめたけれどサヤは止まらなかった。
「ああ? 人事じゃねえかよ、お前らにも
言ってんだぜ」
自分にも言っているのだと分かり、ルミアは
困ったようにサヤを砂色の瞳で見つめていた。
少し口調を柔らかくしながらサヤは言う。
「確かに、あの姫さんは態度が悪かったかも
しれねえよ。でもな、オレらの態度に問題は
なかったか!? ちょっと無視されたからって、
あの態度はないんじゃねえか?」
はっとなったように黙り込む全員を放置し、
サヤは部屋を飛び出す。
仲間はずれにされた経験が、今のサヤを突き
動かしていた。少し容貌が違うからといって、
無視され、つぶてをぶつけられ、中傷を投げ
られた自分。
その時の記憶が、サヤの心に蘇った。
この状況はその時とは違うが、仲間はずれ、
という事は同じだった。
何だか嫌な予感を感じた、というのも
その行動に拍車をかけている。
「姫さん、返事しろよ!! 戻って来て
くれ!! 嫌な予感がするんだよ!!
姫さん!!」
サヤは目いっぱい大声を張り上げたが、
ルーンからの返事はなかった――。
新しく出来た友達を、ひょっとしたら
亡くしてしまうかもしれないと思う不安で
サヤの胸はいっぱいだった。
向こうはそうは思っていないかも
しれない。
だけれと、サヤにとってルーンは友達
だった。
少しわがままで素直じゃなくて、可愛げが
ないけど可愛い大切な友達。
今回の依頼を、実はサヤは最初から疑って
いた。遊び相手を探すために、王様が何故
自分達に依頼状を送ったのか、と。
ただの遊び相手ならば、貴族の令嬢でも
呼び出せば事足りるはずだ。
だから、この依頼の裏に何かがあるの
ではないか、とサヤは思っていた。
そこからルーンが危険なのではないか、
と思う不安につながっている。
「あっ!!」
あまり急ぎすぎたため、サヤは足を滑ら
せて赤い石が敷き詰められた廊下に倒れ
込んだ。小さな手に血がにじむ。
だが、痛みに顔をゆがめながらも、サヤは
立ち上がった。と――。
「きゃあああああっ!!」
次の瞬間響いたのはルーンの悲鳴だった。
続いて、何かの焼けるような匂いと、耳を
つんざくような爆音が響いて来る。
「姫さん!!」
「さやぁっ!!」
サヤが呼びかけると、返って来た声は
何故か呼んでいないルーの声だった。
虹色の美しい羽根がサヤの目をかすめる。
慌てたように手足をばたばたさせながら、
ルーが空中を飛んでいた。
「ルー!!」
「あの悲鳴、お姫様の!?」
「そうだよ!! 何しに来た、ルー!!」
「お姫様を助ける!!」
キッと上げた顔は、決意に満ちていた。
サヤは黙って彼女の話を聞く。
「あたし、間違ってた。仲間はずれに
何度もされてきたのに、お姫様の事
なんにも考えてなかった……」
ルーの心中を理解したサヤは、もう
拒絶したりせず、小さく頷いて笑顔に
なった。走りながら話を続ける。
「他の奴らは?」
「あの子達、あんまり早く走れない
みたいだから、空飛べるあたしが
先に来たの」
「そっか、皆、分かってくれたのか?」
「もちろん!! 皆分かってくれたよ!!」
ルーの返事にサヤの顔いっぱいに笑顔が
広がった。自分の仲間は、ちゃんと言えば
分かってくれるメンバーだった、とサヤは
安心したのだ。
再びルーンの悲鳴が響き、サヤとルーの
顔が不満で曇る。
今度はさっきより近かったので、二人は
スピードを上げて声が聞こえる場所に急いだ。
「サヤ、あたしがお姫様を助ける!! いい?」
「ああ!! ……いや、オレが助ける!!
魔術師がいるかもしれないんだ。
ルーはそっちを頼む!!」
ルーが助けるという言葉に、サヤは一瞬頷き、
そして爆音の事を思い出して首を振った。
こくんとルーが小さく頷く。
「了解!!」
ようやく現場にたどりついた。
ルーンは青ざめて腰を抜かしてしまっている。
服が多少こげていたが、怪我は全くない
ようで、二人はホッとした。
壁には白い壁にひびが入っているので、
そちらに攻撃は当たったのだろう。
十人以上もの魔術師にルーンは囲まれ
ていた。
「姫さんっ!! こっちだ!!」
サヤは素早くルーンに近づくや、その手を
掴んで引き立たせた。持てる力全部を使って
走り抜ける。
獣人である本気を出したサヤに、勝てる者は
なかなかいなかった。同じ動物系の魔物なら話は
違うだろうが。
「待て!!」
「させないんだから!!」
追いかけようとした一人に、ルーの念力の
ような力が直撃する。
遅くなってたどり着いたルミアとゆきなも、
すでに攻撃を開始していた。
「力全部使い切る」
「二人は追わせないわ」
赤みを帯びた視線でルミアが男達を睨み
つけると、彼らは恐怖に瞳を見開き抗い
ようもなく石像と化す。
同時に、ゆきながふぅっ、と氷の吐息を
吹きかけて彼らを氷像に変えた。
残りは、ルーが金縛りで縛ったり、見え
ない力をぶつけて動きを制限している。
だが、三人は気づいていなかった。
黒き水が、ひっそりと廊下を移動して
いるのを――。
素直に遊ぼうと言えなくて
孤立してしまうルーン。
そんな彼女に反感を示すルー達を、
サヤは怒鳴りつけて――!?
ようやく戦闘シーンっぽいのが
書けました。