ギルドリーダーVSギルドマスター
我らが『ホラーギルド』のリーダー、
サヤ=ライリーは苛立っていた。
額に青筋を立ち、黒い狼の尻尾が怒りを
含んでかなりふくれている。
原因は朝っぱらから訪ねて来た、右目に
眼帯をした金髪にエメラルドのような鮮や
かな緑の瞳の男、ギルドを統べるギルド
マスターのせいだった。
炎のような紅い目が、まるで獲物を見つ
けた獣のようにぎらつき、せっかくルイーズ=
ドラクールことルーにとかしてもらった、目と
同色の髪も逆立っている。
こんな態度をとっているのは、サヤだけでは
ない。
倉木ルカとルーも、眼鏡をかけた銀色の瞳と、
金色の目で睨むようなきつい視線を向けていた。
苛立つように、ルーの背中から生えた虹色の
妖精のような羽が激しく揺れている。
「帰れよ。ギルドマスターだからって、オレが
態度を変えると思ったら、大間違いだぜ」
「君が普通の女の子と違うのは、もう分かって
いる」
なんだか余裕のありそうな態度を見ていると、
さらにサヤは苛立って来るのだった。
差し出された手を振り払い、舌を出す。
「うるせえ、黙れよ。イライラする」
「そういう所が可愛い」
「うるっせえって言ってんだろそこ
おおおおおっ!!」
サヤが勢いよく、磨かれてぴかぴかな机を
両手で叩いた。軋むような鈍い音と共に、机が
真っ二つになって書類がばらまかれる。
「あ……」
立ち上がったのは、さっきまで書類の整理を
していた、エリオット=アディソンだった。
ちょうど終わったばかりだったというのもあるの
だろう、かなり怒っている様子だ。
褐色の顔に見事な青筋が浮かび上がり、サヤは
少し怯えている。
「さ~~や~~!!」
「ご、ごめんなさい!! でも、これはあいつの
せい……」
「人のせいにすんな!!」
「いいってえええええっ!!」
エリオットにげんこつをもらったサヤは悲鳴を
上げた。炎のような赤い髪に包まれた頭に、ぷくっ、
と出来たたんこぶをさする。
いつも綺麗に磨いていた机が壊れてしまったので、
大きな栗色の瞳を悲しげに夕顔が伏せており、明るい
茶色の瞳に呆れたような色をにじませた吾妻夙になぐ
さめられていた。
夙が呆れているのは、夕顔ではなくサヤだが。
ルーとルカはさらに機嫌が悪くなり、サヤが怒られた
のはお前のせいだとばかりにギルドマスターを睨み
つけるが、彼は見事に無視していた。
「大丈夫か?」
「うわっ、な、何する……」
と、ギルドマスターは唐突にサヤの前に歩み寄ると、
止める間もなく彼女を抱きしめた。
見知らぬ男にいきなり抱き寄せられ、サヤは目を
白黒させる。ざわっ、と心が騒ぎ、男性にあまり
女性扱いされた事があまりない、彼女の顔が瞬時に
真っ赤になった。
カッとなったサヤが再び噛みつこうとするも、襟首を
掴まれて子猫のように持ち上げられ、悔しげに歯ぎしり
する。
二回目ともなると、向こうも大体どんな反応が来るか
大体分かっているらしい。
「ちくしょおおおおっ!! 離せ、コノヤロっ。オレは
猫じゃねえ!! 狼だぞ!! 怒ったら怖いんだ
からなっ!!」
牙を剥き出して唸るサヤに、彼はあしらうように、ああ
怖い、と言い、さらに怒らせていた。
「もう、いい加減にしてっ!!」
「リーダーになにするんですか!!」
ついにルーとルカが大爆発した。顔を真っ赤にして怒る
彼らに、シオン=エレットがうるさいな、と言いたげな
表情を仮面の奥に浮かべていた。
ルミア=ラキオンの砂色の瞳と、ゆきなの銀の瞳の間
にもピリピリした空気が漂っていく。
「朝ご飯ですよ~」
「少し、話し合いは中断しましょう? ――ギルド
マスター、今お茶お入れしますから」
だが、その空気は、夙と夕顔によって壊される事と
なった。気を利かせ、朝食の皿を持って来たのである。
ギルドマスターの分もあるようだった。
二人はその後お茶を入れるためにに奥へ行ってしまい、
手伝うと申し出たシオンとエリオットも一緒に消えた。
置いて行かれた料理の皿は、ルーとルカがギルド
マスターを気にしながら配って行く。
今日の朝食は子牛の肉を使った、ビーフシチューが
閉じ込められた小さなパイだった。
とりあえずは、皆椅子に座って食事をする事にする。
ギルドマスターは、サヤを優しく床に下しから椅子に
座っていた。
フォークを差すと、さくさくっといい音が響く。
そこからたらりとじゃがいもととろけそうなほど
煮込まれた子牛の肉、そしてにんじんと玉葱を
たっぷり使ったブラウンソースのシチューが零れ、
甘辛いいい匂いを撒き散らす。
しばらく皆無言で食べていた。サヤは猫舌なので、
シチューをふぅふぅ冷ましながら食べなくてはならず、
ゆきなは力でシチューを冷たくしてから食べていた
ので他のメンバーより味が落ちてしまったかもしれ
ないけれど。
サヤが猫舌で、ゆきなが熱い料理が苦手だと知って
いる夕顔は今回は悲しい顔にはならなかった。
食べ終わってもまだサヤが満たされない顔をして
いるのが分かったのか、ギルドマスターが口を開く。
「ところで、サヤ。これから食事にでも行かないか?
美味い肉料理を出す店があるんだ」
「ふん、食べ物で釣ろうったってそうはいかないぜ」
「……リーダー、カッコイイ事言ってますけど、
よだれが垂れてます」
「サヤ!! 尻尾まで振っちゃってるよ!!」
「あううううううっ」
サヤは二人に指摘されてうつむいた。体は正直である。
まだお腹が空いていた彼女は、無意識のうちによだれを
垂らしそうになりながら黒い狼の尻尾を振っていた。
こほん、と威厳を取り戻すかのように咳払いをするが、
夕顔以外のメンバーの視線は呆れ顔のままだ。
「いいぜ、一緒に食事してやるよ」
「「サヤ(リーダー)!!)」」
ルーとルカが不満をあらわにして叫んだ。反対に、
ギルドマスターは上機嫌になり、早速手を差し伸べ、
これから行こうか、と言う。
が、サヤがふんと鼻を鳴らしてその手を払った。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「オレとデートしたいのなら、オレと勝負しな。お前が
勝ったら、デートでもなんでもしてやるよ」
「面白い……」
こうして彼らは戦うこととなった。サヤとしては白昼
堂々仕事をさぼれてラッキーのようだ。
「エリオット、書類作成お願いな!!」
「これも俺がやるのかよ!?」
「エリオットが一番頭良いじゃん!! お願いな!!」
さっきまで苦労してやっていた仕事をエリオットに押し
付け、サヤは外に出た。あの野郎、とぼやきつつも彼は
シオンを即席の相棒としてしっかり作業をしていた。
夙はやってあげるからサヤが仕事を放棄するんじゃ
ないのかしら、と思ったけれど言わなかった。
ルミアを審判にして彼らの勝負が始まる。
結局、夕顔と夙が淹れた紅茶は誰も口をつける事は
なかった――。
「武器は使わないのか?」
レイピアと呼ばれる細長い剣を構えてギルド
マスターが言った。
しかし、サヤは拳を構えながら言い返す。
黒い生地の、やや堅めな革靴と手袋だけが彼女の
防具だった。
動きを鈍らせないためか、後は赤い上着と黒い
ズボン以外は何も身に着けてはいない。
「オレが使うのは、武術なんでな!」
「ギルドマスター、ルイア=ラクレンサ、参る!!」
「『ホラーギルド』リーダー、サヤ=ライリー、
参る!!」
サヤの鋭い蹴りと、ルイアのレイピアが激突した。
レイピアの柄を蹴りつけられ、ルイアが後退する。
サヤの顔に明るい笑顔が広がった。
「オレに勝とうなんて、一億万年早いんだよっ!!」
「力が上まっていようが、こちらも負ける訳には
いかない!!」
螺旋を描くように剣がサヤを狙う。
ルーとルカが心配そうな顔をする中、サヤはひらりと
それをかわした。
そのまま、サヤは抉るようなパンチをルイアの鳩尾に
叩き込む。結構深くめり込んだらしく、ぐっ、と彼が
小さく呻いた。
だが、ルイアも黙ってやられている訳ではなく、突き
出されたレイピアが慌ててよけたサヤの耳をかすった。
「いっ……うああ……!」
前にも言ったが、耳はサヤの弱点である。
耐えがたい痛みに、サヤはゴロゴロとその場でのたうち
回った。
斬られた黒い狼の耳から血があふれ、土にしみ込んで
消えていく。紅い目にじわり、と涙がにじんだ。
「とどめ!!」
その様子に今が好機、とばかりにルイアが剣を振り
かぶる。
ルーとルカの悲鳴が上がり、二人は目を覆ったが、
サヤは斬られたりしなかった。
実はサヤは痛みに呻くふりをしてルイアの攻撃を
待っていたのだ。まあ、かなり痛かったのは確か、
なのだけれど。
ルイアの剣が届くより先に、高く空中へと飛び
上がったサヤの蹴りが彼の顎を捕えてブッ飛ばした。
悲鳴を上げる間もなくルイアが地面に転がる。
「勝者、サヤ!」
黙って成り行きを見守っていたルイアが、片手を
上げてサヤを示す。
「やったあ、オレの勝ち~!!」
勝利したサヤは、傷の事も忘れて飛び上がり、涙目に
なっていた。ルーが慌てて走り寄り、傷を回復させる。
ルカも心配そうに眉をひそめており、大丈夫ですか、
リーダーと呟いていた。
「勝負はいつでも受けてやるぜ」
得意そうな顔で言うサヤに、ルイアはまだ地面に
転がったままで悔しげな目を向けていた――。
新ギルドマスタールイアと、サヤが
デートをかけて戦うお話です。
これからサヤの恋愛もスタートする
……予定です。