闇オークションの証拠を暴け! 後編
可憐な白いドレスを着たサヤ=
ライリーは、オークションの舞台に
立っていた。
一見落ち着いているようにも見えるが
黒い耳は完全に垂れ、尻尾は怯えたように
垂れて炎のような紅い目は潤んでいた。
会場の熱気に、鮮やかな赤い髪が揺れる。
『さあ、この少女は人狼と人間との
半妖だよっ!!貴種だ!!
ご入札は一万ギルアから!!』
「二万」 「五万」 「八万」 「十万」 と一気に
値が上がっていった。
ちなみに、「ギルア」とはこの世界共通の通貨である。
ポンッ、と気の抜ける音と共に煙があがり、サヤの姿が
消える。
否、消えたわけではなく、サヤの姿は黒い狼の姿に
なっていた。
サヤの変化が解けたのだ。あまりの恐怖に、耐えられ
なくなっていたようだ。
白いドレスから抜け出して来た、小さな狼の姿に、
さらに会場は盛り上がって行き、それに反比例して
サヤの恐怖も跳ね上がる。
さらに値が上がり、びくびくと黒い狼は身を
すくめていた。
結局、サヤは一千万ギルアで落札される事に
なり、右目を黒い眼帯でおおった、やけに香水の
匂いが強い男に引き渡された。
心配そうに見守るギルドメンバーに笑い返し、
人間の形態に戻った彼女は素早く白いドレスを
身につけると、しっかりとした足取りで歩いて
行った。
笑顔が強張っていたのは無理もない。
次に出されたのは、世界に一つしかないという
貴重なダイヤ、ブラックダイヤモンドだった。
禍々しき闇のような黒い光は、まるで魔界の
光のように人々の目を奪っていく。
石はそれに、かなり大きかった。
比較するのならば、占い師の使う水晶玉くらい
大きい。
「すごいわ、しかもこんなに大きいだなんて」
ルミア=ラキオンは、砂色の瞳をうっとりと
したように輝かせて呟いた。
ルイーズ=ドラクールことルーも、金の月の
ような目を一段と美しく輝かせている。
何がそんなにいいんだろうね、とサヤは思った。
彼女は闇の匂いに敏感なので、それほどいい物
とも思えなかった。
第一、宝石なんて興味はない。
つまらなそうにしているサヤを、右目に眼帯をした
男が興味深そうに眺めていた。
右目の色は分からないが、左目はエメラルドの
ような鮮やかな緑色の瞳だった。
シオン=エレットの瞳も緑だが、彼の瞳より
幾分濃い色に見える。
癖のある金の髪は会場のライトを反射して
きらめいていて、会場の女性の視線は彼にも
向いていたがサヤは別段彼に見惚れたりは
しなかった。
「宝石には興味がないのか?」
「ない。女が全部そんなヤツだけだと思ったら、
大間違いだぜ」
小憎たらしくサヤは舌を出した。てっきり
腹を立てると思っていたが、男はなんだか
興味深そうな視線を向けているのでサヤは
目を丸くする。
「俺が今まで見た女と、お前は違うようだな」
「だろうな」
これ以上はもう口もききたくなくて、サヤは
ぷいと横を向いた。
男はそれでも怒るでもなく、楽しそうに
見ている。
サヤはこの男をどこかで見たことがあるような
気がしたが、匂いがきつくて鼻が利かないし、頭も
上手く働かず、正体は分からなかった。
苛立つサヤを、何故かおかしそうに男が
見ていた――。
「なによなによ、あんなに仲がよさそうに!!」
「ルー、君の目は節穴かよ」
「シオン、うるさいっ!!」
サヤと男が会話している間ずっとルーはむくれて
いた。
もしサヤが聞いていたなら言い返しているか、呆れて
口も利けなくなっているだろう。
シオンが突っ込むがルーに一喝され不満そうに彼女を
睨んでいた。
そして、彼女の顔を直接覗き込んでしまった事を思い
出し赤くなってうつむく。
「あの、二人とも、大声はよそうよ。睨まれてるよ」
周囲の大人達の視線がルー達に向けられたのを見て
取って銀色の瞳を困ったように潤ませた、倉木ルカが
二人をなだめていた。
それでもルーはまだ言い足りないらしく、頬を膨ら
ませてシオンと、注意しただけのルカを睨んでいる。
ルミアだけがくすくすと砂色のウェーブがかった
長い髪を揺らして楽しげに笑っていた――。
次に舞台に引き上げられたのは、ルーだった。
震える体を鼓舞するように拳を握り、なんとも
なさそうな顔で舞台に上がる。
エメラルド色のドレスが青白く染まった肌に
生えていた。金の髪を持つ頭は恐怖のあまり
小さく震えていて、同色の瞳は潤んでいる
けれど決して逃げない。
ちらり、とカバンに仕込まれた機械を見やると、
キッ、と顔を上げて羽根を広げた。
夕焼け色の美しい翼が、風を受けたかのように
羽ばたく。わああっ、と男の客達の間で歓声が
上がり、ルーは嫌そうな顔になっていた。
オークションが始まった瞬間、さっきサヤを
買った男が「五万ギルア」の札を出した。
どんだけ買うんだよ、とサヤが冷たい目を
するが彼はそれを無視している。
しかし、別の男がどんどん値を吊り上げて行き、
さっきの男は結局ルーを買う事は出来なかった。
チッと舌打ちが聞こえたのでサヤが思わず彼の
顔を見上げようとしたが、同時にだん!と足を
踏み鳴らされたのでびくっとなって動きを止める。
落札されたルーを、競り落とした男が連れて
行こうとした。
強い力で腕を掴んだので、かっとなったルーが
抵抗し、虹色の羽根は少し取れて宙に舞った。
その時、である。
「そこまでだ!!」
眼帯の男が、壇上にいきなり飛び乗った。
サヤ達が目を見張る中、彼が何事か合図を
すると、バタバタと大勢の者達が、オーク
ション会場に集結した。
サヤ達とは、別のギルドの者達だ。
一体、どこに隠れていたのだろうか。
会場は一変して阿鼻叫喚と化した。
女性客と男性客、そして主催者達や雇われた
男達が、逃げようとしたけれど、ギルド
メンバーが全員をすぐに拘束してしまった。
ハッとなり、サヤが裏返った声で叫ぶ。
「あいつっ!! 新しいギルドマスター!!」
サヤは彼の事をどこで見たか思い出した。
ギルドで毎週出版される、日報だ。
盗品や、売られた者達と共に、新しいギルド
マスターの事も載っていたのだ。
『ええっ!? この人が!?』
「間違いねえよっ!! うぅうっ悔しいっ!!
全然分かんなかったぜ!!」
地団駄を踏みながら、顔を真っ赤にして怒る
サヤは、普段よりも可愛らしく見えた。
ルカが見とれているが、本人は全く気付いて
いないらしいが。
「いい所取りしやがって」
サヤは、帰宅する際、ぶつぶつと文句を言い
続けてルカやルーに宥められていた――。
翌日、昨日のギルドマスターが、報奨金と新たな
依頼書を持って『ホラーギルド』へやって来た。
サヤはすっかり不機嫌で、じろりと彼を睨み
つけている。
何も悪くないはずの、夕顔お手製のフルーツ
ケーキに八つ当たりするようにザクリとフォークを
突き差し、夕顔と吾妻夙の両名に叱られていた。
さらにむぅっとなりながらも、サヤは一口ケーキを
食べる。いつもならば夕顔のフルーツケーキは、胡桃と
いちじくとレーズンとプルーンが入ったしっとりとした
素晴らしい一品なのだが今のサヤは苛立ちのあまり
味がよく分かっていなかった。
夕顔のおやつの時に来るんじゃねえよ、とぼそっ
とサヤが呟いてルカにまあまあと宥められている。
その様子を楽しそうにギルドマスターが見ていた。
「ご機嫌ナナメだね、お譲さん」
「お譲さんって言うな!! オレはサヤ=ライリー!!
それ以外の何者でもねえよっ!!」
ちなみに、サヤ以外のメンバーはそんなに彼に
腹を立てている訳ではないので、ブランデーを
使った、癖があるけれど甘さ控えめなケーキを
堪能していた。
表面にオレンジのマーマレードが薄く塗って
あり、つやつやと輝いているのもポイントが高い。
「落ち着けよ、サヤ。ほら、コーヒー飲むか?」
褐色の腕を差出し、エリオット=アディソンが
狼の紋章が入ったサヤ専用のマグカップを彼女に
渡す。挽き立てのコーヒー豆を使った、香ばしい
匂いにサヤは鼻をひくつかせた。
ふぅふぅ息を吹きかけて冷ましながら、少し
ずつこくこくと飲んで機嫌を直す。
これ以上サヤの機嫌を損ねたくはないので、
銀色の瞳を呆れたように細めたゆきなは、能力を
使って冷たくしたアイスコーヒーを、自分専用の
雪のモチーフのマグカップで飲んでいた。
長いつややかな栗色の髪を揺らした夙と、三本の
ふさふさした白い尻尾をぱたぱたさせた夕顔が
飲んでいるのはお抹茶だったりする。
お抹茶とフルーツケーキという組み合わせはどう
かと思いながらも突っ込めず、新メンバーのルミアは
ただ静かに二個目のフルーツケーキを食べていた。
と、スッ、と男がサヤのやや日焼けした、健康的
そうな手を取った。
眉をしかめて振り払おうとする彼女を尻目に、
いきなり手の甲にキスをする。
羞恥と怒りでカッとサヤが赤くなり、それを
まともに見ていたルカとルーが激怒した。
「なななななななっ、なんってことを!!」
「許さない、この人敵っ!!」
ルミアは興味がないらしく、白いマグカップを
ただ傾け、夙はまぁ、と白い頬を真っ赤に染め、
夕顔はただにこにこしていて、エリオットと
シオンは命知らずだな、あいつとでも言い
たげに顔を見合わせていた。
ニコリと笑う男に、サヤも一見可愛らしく
笑い返す。
そして……満身の力を込め、その腕に噛み
つき、彼に悲鳴をあげさせたので、サヤの
気分は晴れ、ルカとルーの溜飲も下がった
ようだった――。
「いてててて、なんだ、あのじゃじゃ馬は」
家に帰ったギルドマスターは、血の滲む
腕をさすりながら呻いていた。
あんな女は初めてだ。
彼は女性には人気があるほうで、さっきサヤに
した事をすれば、だいたいの女は彼にオチるの
だった。
なので、ほぼ初めてと言っていい黒星をつけた
相手であるサヤに、ギルドマスターはかなりの
興味を抱いていた。
「絶対に落としてやるよ」
彼は自身の血をなめながら、サヤの事を想い
一人広い部屋のリビングで一人掛けのソファに
腰下すのだった――。
闇オークションのお話が完結です。
今回は新キャラである新ギルドマスター
を出してみました。密かにサヤに惚れて
いるルカのライバルです。