清らかな少女との出会い
吾妻夙は、泣きながら走っていた。
薄桃色の二つ結びにした髪を揺らした
ルーンが追いかけて来るけれど、止まら
ずに走る。
あんな事、言うつもりではなかった。
だが、夙はここで過ごすうちに不安になり、
つい心にためこんで一生言うつもりでは
なかった事を吐き出してしまったのだった。
どうしてあんな事を言ってしまったのだろう
と、後悔ばかりが浮かんで来て、一向に頭が
冷えない。
いつしか夙は明るい茶色の瞳を潤ませて
しまっていた。
彼は傷ついただろう。自分が、傷つけて
しまったのだ。何の悪気もなかった、彼を。
「あっ……!」
しかし、夙は目の前から誰かがやって来る
のに気付いて足を止めてしまった。
白衣のような服装と、いかにも楽しそうな
様子を見て、ここのギルドの者だと気づく。
その瞬間、顔から血の気が引いた。
ルーンも立ち止まって青ざめている。
(しまった……忘れていた!!)
夙は彼と今は会いたくないという気持ちと、
彼から逃げるのに精いっぱいでここがどこ
なのか失念していた。
今は夜で、この科学者ギルドでは一番危険な
時間帯だという事も……。
「おい、そこで何をしている」
ルーンも夙も答える事が出来なかった。
動く事さえも出来ずに固まっている。
にやけた男が、夙の細い肩を掴もうとした、
その時だった。
「なに、してるの……?」
響き渡ったのは幼い少女の声だった。
どことなく不思議な雰囲気を持っている。
肌の色はまるで、生きていない人形を想わせる
青白い色をしていて、目はガラスを想わせる青い色。
白だか銀だか分からない髪を腰まで垂らしていた。
決して威圧的な雰囲気ではない。
しかし、何をしているのかと少女に問われた男は、
少女の声がどこか無機質な響きなのにも関わらず、
何故か責められでもしたかのように青ざめていた。
少女は夙の前までやってくると、声と同じく無機
質な瞳で男を見つめる。
「ここで、何、してるの……?」
もう一度問う。ひっ、と喉の奥で悲鳴を上げた男が
じりじりと後退した。
少女の声も、表情も、あくまで穏やかなのにである。
「お、俺はただ散歩をしていただけです。ご、ごきげん
よう守護姫様!!」
男は逃げるようにその場から去って行った。
守護姫と呼ばれた少女は黙ってその後ろ姿を見送る。
怒っているのか、呆れているのか、それとも何とも
思っていないのか、少女の表情は夙にもルーンにも
判別は出来なかった。
「あの、あなたは……?」
夙が問いかけると、少女は何も言わずに踵を返した。
助けてくれたのだろうか、と思ったルーンがお礼を
言うために肩に手をかけようとする。
が――。
「な、何……!?」
手は少女の体を突き抜けた。実態がないのだ。
ルーンはもう一度手を伸ばしたが、今度もその手は空を
切って触れる事はかなわなかった。
「お前、何者だ!?」
「私は、守護姫……」
それだけ言うと、少女はまるで幽霊ででもあるかの
ようにふっと姿を消した――。
同時刻、倉木ルカとサヤ=ライリーは。
出口が見つからなかったので、部屋でとりあえず
休んでいた。
サヤはここに以前いた時の事を思いだしたようで、
うつむくように堅いベッドに腰かけている。
その顔は赤い前髪に隠されて見えなかったが、
かなり辛そうなのがルカには分かっていた。
ルカも死んだ妹の事を思い出してうつむく。
暗い空気がその場に流れ始めていた。
最初部屋に着いた時は、カラ元気かもしれないが、
彼女は元気だったのだった。
その表情が陰ったのは、白衣を着た男が採血に来て
からだった。
その瞬間、サヤが青ざめて小動物のように震えだした
のだ。ルカが手を握ったけれど、そんなもの何の慰めにも
ならないようだった。
男はサヤが男装していたこともあり、彼女の正体には一切
気付かなかったけれど、サヤはこの男を知っていた。
実験だと称して妖しげな薬を飲ませ、サヤを苦しめた張本人
だったのである。
サヤが悲鳴を上げたり逃げたりしなかったのは、奇跡に近い
かもしれない。
なんとか採血が終わり、サヤはその後は一言も口を聞いて
いなかった。
ルカはサヤの体が小さく震えている事や、隠れた顔から涙の
ような雫が垂れている事を、見てみないふりをしていた。
サヤが泣いている、ここでの恐怖に震えている。その辛さを
体験していないルカには、彼女に何か言ってあげる事も、何も
してあげる事も出来なかった。
その事が酷くもどかしい。ルカは眼鏡をかけた銀色の瞳を
悲しそうに伏せていた。
と、その時。
「開けて!! 開けてください!!」
「助けて!! 僕達を助けて!!」
二人分の悲鳴が響き渡ったのでルカとサヤははっとなった。
それは、イルク=タルデアとアニタ=リスキールの声だ。
サヤは涙をふいて顔を上げると、すぐに扉を開いて二人を
出迎えた。
二人は変装しているサヤとルカの姿に驚いたものの、何も
言わずに部屋に入るとほっと息を吐き出した。
「何で、お前らがここにいるんだよ?」
サヤは若干和らいだ口調でイルク達に椅子をすすめた。
それぞれ、二つ結びの黒髪と、灰色の後ろで一つに縛った
髪をくしゃくしゃに乱した二人は罰が悪そうにうつむく。
「彼女を、放っておくことができなかったんだ。だから、
眠り薬をルーン達の食事に仕込んで……」
「馬鹿野郎!!」
「「ひゃああっ!!」」
アニタが説明すると、サヤがカッと紅い瞳に怒りをにじ
ませて怒鳴りつけた。
二人が悲鳴を上げ、ルカの後ろに退避する。
「お前ら、分かってんだろ!! ここが、どういう場所
だか!! 大人しくギルドにいればいいものを」
でも、サヤには仲間の危機に何かしてやりたいと思う
気持ちがよく分かっていた。
ため息をつき、ベッドから降りる。
「しばらくここにいろよ。分かっていると思うけど、食事には
手をつけるな。行くぜ、ルカ。――あ、鞄に入ってるタッパーは
腹が減ってたら食べていいからな?」
「リーダー?」
「早く出口探して、こいつらを帰すんだよ」
サヤはルカの腕を引いて歩き出した。ルカがどうしたかと
聞くと、出口を探してこいつらを早くここから出すとサヤは
返して来た。
ここは科学者や狂った者達の巣窟。
食事さえも、否水でさえも被験者達には何がふるまわれるかは
分からない。
それは、ここで過ごした者なら全員が知っていた。
世話係だったという、夕顔さえも。
早くここから出たいという欲求をこらえ、サヤはルカの、頼りに
なる仲間の手を掴みながら歩き出すのだった――。
ピンチに陥るルーンと夙。
そこに駆けつけたのは、不思議な
雰囲気をした少女で――!?
彼女、一応重要人物な設定
です。アニタ達はなんとかサヤ
達に保護されました。




