科学者ギルドの潜入者達
サヤ=ライリーは恐怖を必死で抑えながら
歩いていた。
片手は倉木ルカが握ってくれているけれど、
死にたいと思うほどの実験を繰り返されたサヤに
とっては、ここはひどく苦痛な場所だった。
薬のような匂いが充満している、科学者ギルド
独特の部屋はあの時の恐怖と苦痛を思い起こ
させる。
粗末な造りの堅いベッドの上で薄いシーツに
くるまりながらサヤは震えていた。
ルカが心配そうに眼鏡をかけた銀の瞳を潤ま
せる。
「サヤ。大丈夫?」
「大丈夫……」
ルカに聞かれ、サヤは明らかに空元気と呼べ
そうな笑顔だったけれど笑った。
今聞いても無理させるだけなので、あえて
ルカは聞かない事にした。
「行こうぜ」
「え……?」
「えっ、って外だよ外! 部屋の外!」
「あ、でも、リーダーはまだ本調子じゃ……」
「いいから!」
今にも噛みつかんばかりに怒鳴られ、ルカは
渋々支度をした。正直、自分はともかくこんな
状態のサヤを部屋から出したくはなかったが、
サヤに一人で突っ走られても困る。
「だ、大丈夫、だよ……今は夜だけどさ、見つ
からなきゃ痛い目には遭わない。それに、こんな
所早く出たいだろ? イルク達のためにも、彼女、
助けてあげたいしさ」
「分かりました……」
ルカは炎のような紅い目が翳ったのでそれ以上
言い返さなかった。彼女を悲しませるために、
反論したのではない。
「いいか、オレはツルギだからな!? ミコ!」
「はいはい、分かってますよ、ツルギ」
不安な気持ちが消えた訳ではないけれど、ルカの
温かい手に触れているとそういう気持ちが和らぐよう
な気がした。
だから、自分は頑張れるとサヤは思う――。
一方、ルイーズ=ドラクールと、シオン=
エレットも活動を開始していた。
手をつなぎつつあたりを見回しながら
歩いている。
誰かに見つからないようにと、かなりの神経を
使っていた。見つかったらどんな目に遭わされるか
分からない。
今は夜中である。外出禁止と言う訳ではないが、
闇に乗じて指示なしに勝手に動く連中がいるという
のを二人はよく知っていた。
そういう奴らはほとんど人や魔物やハーフや妖怪
などを痛めつけるのに快楽を覚えるような輩だ。
そういう輩は二人としても不快感を覚えるし、
会って話すだけで嫌である。痛い目に遭わされる
のも御免こうむりたい。
ふぅ、と息をつきながらシオンは緑色の瞳で
ルーの金の瞳を覗き込んだ。
なるべく声を抑えながら声をかける。
「ルー、怖くない?」
「シオン……が、いるから、大丈夫……」
そう言いながらも、ルーの顔はひどく真っ青
だった。
必死で恐怖を抑え込んでいるのだろう。
開いた片手できゅっと彼の服の袖を掴んでいた。
シオンもそうだが、ルーもここの被害者だ。
怖くて当然だろう。
本当はすごく怖いのに、それを一生懸命我慢して
いるルーがシオンにはとても愛しく思えた。
と、握っていた携帯の小さなライトの明かりが、
チカチカと点滅し始めた。パワーが切れてしまった
ようだ。
魔術師のシオンならばパワーを
チャージする事も可能だが、今ここで目立つ行動は
慎んだ方がいい。
シオンは舌打ちし、それをその場に放置しようと
した。が、そこに低い声が飛んだ――。
「貴様ら、そこで何をやっている!!」
「「っ!!」」
何者かに見つかってしまった。
眩しいライトが二人を照らし出す。
ルーは泣きそうになったが、シオンはなん
とか冷静な顔で彼に話しかけた。
「私達、迷ってしまったんです。部屋が分から
なくなってしまって……」
ただいま女装中であるため、なるべく可愛
らしく見えるように目を潤ませてみる。
しかし、男の表情は不気味な笑みのまま
であった。
どうやら色仕掛けは効果がないと分かり、
シオンは笑みを消す。
痛めつけられた経験を思い出したシオンの
体が、本人の意思とは関係なく震えた。
それを見た男は嗜虐心をくすぐられたらしく、
にやりと嫌らしい笑みを浮かべる。
「本当だろうな?」
「ほ、本当、です」
今度はルーが口を開いた。
その声が震えているのを見て、男は口元を歪ま
せて持っていた鞭を振り回す。
シオンはルーをなぶるようなその視線に、かっ、
と怒りで赤くなったがこらえた。
ここで彼を殴って大声を出され、仲間を呼ばれ
たらと思うと強硬手段は取れない。
「じゃあ、何で震えてるんだ? 本当ならそんな
必要ないだろう?」
「この子、気が弱いんです。いきなりあなたが
やって来たから、怯えて……ひゃっ!!」
鞭で手を叩かれ、シオンは慌てて身を引いた。
ルーの目がさらに潤み、体の震えが激しくなる。
痛みに顔をしかめたシオンはむっとなった。
「な、何をするんですか!!」
「嘘ついてるんじゃねえよ。何を探っている?」
二人の顔が青ざめた。まさか、潜入捜査がバレた
のではないかと血の気が引いて行く。
すわ任務失敗か、と慌てる二人に、男はきつい
口調で言い放った。
「出口を探してるんだろう? 逃げようったって
そうはいかねえぞ!!」
(よかった……バレてないみたい……)
(バレてはないけど、このままじゃやばいな)
ルーはすっかり安堵しきっていたが、シオンは
このままでは痛い目にあわされるのではないかと
危惧していた。
きっと、その心配は当たっているのだろう。
シオンはルーを守るように一歩前へ出た。
痛い目に遭わされるは自分だけでいい。
ルーだけでも危険から守ってあげたいと彼は
思う。
が、冷汗が彼の背を伝った時、助けの手は伸
ばされた――。
「おい、そこのお前、何をやっている!!」
しかし、最初二人はそれが救出の手であると
分からずびくりと身をすくませていた。
やって来たのは、いかにも上役といった様子の、
細身の男である。
ここにいる男よりも上の位らしく、男はぎょっと
なったように青ざめていた。
細身の男の横にいる、べったりと彼に寄り添って
いる女も冷たい目で、シオン達を痛めつけようと
した方の男を睨みつけていた。
「こ、こいつらが逃げようとしていたんで、ちょいと
痛めつけてやろうと思っただけでさ!」
「その必要はない。逃げたくても、ここからは逃げ
られないからな。さっさと部屋に戻れ。さもないと、
このガキ共の代わりに、お前を痛めつけるぞ」
男は怒りで顔を真っ赤に染めたが、やがてくるりと
身を翻すとその場から立ち去った。
ルー達は何故この男が自分達を助けてくれたのか、と
驚きのあまり立ち尽くすばかりだ。
「ルー、シオン、大丈夫か?」
「っ!? 何で名前を!?」
いきなり名前を呼ばれ、シオンがぎょっとなる。
しかし、男はにやりと笑うとすぐにネタばらしした。
「俺だ、ルイア=ラクレンサ、だよ」
「ロッカ=ロッタです」
あっ、と二人は思った。いつもの眼帯をつけていない
し、恰好も違うので分からなかったが、片目が隻眼の
濃いエメラルドのような緑の瞳は確かにルイアと同じ
物だった。
髪の色は染めているのか黒髪だったが。
ロッカも青い瞳はそのままだったけれど、髪だけは
夙に似た明るい茶色に染められていた。
「俺達も潜入してたんだよ。お前らばかりに危ない橋
渡らせる訳にはいかないからな」
「……いかにも重厚な造りですよね。一度入ってしまえば、
出る事さえ難しくなる」
ロッカは唇を悔しげに噛んでいた。いつまでもぴったりと
くっついている彼女に気づき、ルイアがおいと声をかける。
「何ですか?」
「いい加減離れろ」
ロッカはムッとなったようだが、ふんと鼻を鳴らしながらも
彼の腕を離した。結構小柄な体格の割りに豊かな胸に腕が押し
当てられたルイアは僅かに赤くなっていた。
思わずシオンもそちらを見てしまい、ルーに赤く張れた手を
叩かれて飛び上がる。
くすくす笑いながらも、ロッカは手を魔術で治療してくれた。
シオンは痛みがひいてほっと息をつく。
「私たちは出口を探します。ですが、あなたたちはもう部屋に
戻った方がいいですよ。また掴まりますから」
シオンとルーはこくりと頷くと、手をつなぎ合いながら部屋に
戻って行った――。
サヤ達潜入後の続きです。
今回は、ちょこっとシオンを
痛い目に遭わせてしまいました。
ごめんね、シオン。
一応ギルマス達も活動している
という事になっています。




