光の巫女は闇へと染まる
吾妻夙は巫女として生を受けた。
生まれつき巫女の彼女は、誰からも
愛されていた。
だけど、そんな彼女には仲間が、友
達がいなかった。
誰もが彼女を巫女様として扱い、よそ
よそしい態度ばかりを取っていた。
実の親でさえも、彼女を実の娘として
扱ってはくれなかった。
巫女様、夙様、誰もが彼女をそう呼び
崇め奉った。
だから夙はいつも一人だった。
周りには人がたくさんいるのに、誰もが
彼女と親しくはない。
生まれた頃から十歳まで、夙は自分を
一人の少女だと認めてくれる人に出会う
事は全くなかった。
そんな時、出会ったのがエリオット=
アディソンだった。
彼は夙と彼女を呼んでくれた。
「様」がついていたけれど、巫女ではなく
夙として、一人の少女として彼女を扱って
くれた。
「あ、あなたが夙様、ですか?」
初めて夙の神殿へとやって来た、神官
見習いであった彼は全身に緊張をにじませて
いたけれど、他の者がやるように夙を神聖化は
していないようなので夙は彼が気に入った。
当初、彼は神殿の人間に疎まれていた。
両親がすでに亡く、孤児の彼は肌が汚れて黒く、
服はボロボロで髪も何色か分からないくらい
薄汚れていたのだ。
しかし、夙は彼の澄んだ薄青い瞳に魅かれて
彼を自分の神殿に置く事と決めた。
神官見習いとして……。
神殿の人間は巫女である夙に逆らう事は出来ない。
ぶつぶつ言いながらも、侍女達は怯えたように
恐縮する彼をお風呂へと入れ磨き立てた。
その後で清潔な服を着せると、彼は孤児だった
のが信じられないくらい整った顔立ちの少年に
なった。
彼の明るい人柄や勉強熱心な部分もあったの
だろう、次第に彼は神殿内で認められて行った。
成長していくにつれ、夙とエリオットの距離は
近くなり、やがて彼は夙が十六歳になる事彼女の
神官となる事が決まる。
夙は過保護すぎる嫌いはあると思ったけれど、
だんだん彼に魅かれていった。
もう一人ではないと、心から思えたのだ。
だが。悲劇は唐突に起こった――。
その日、夙はいつものように訪ねてくる村人達に
占いの結果を教えたり、指示を出したりして過ご
していた。
隣にはエリオットがいて、水やタオルを差し出
してくれる。
夙は安心して仕事に熱中する事が出来た。
エリオットがいるならば何の心配もない。
食事の用意も、女官達や神官達の手配も彼が今は
やってくれていた。
「エリオット、いつもありがとう」
夙はにっこりと笑うと、人の切れ間に彼に語り
かけた。
ふいに声をかけられ、護衛兼神官の立場上彼女と
親しく話す事が許されない彼は迷うような顔になる。
その困った顔がまた面白いのだ。
だから、夙はたまに少し意地悪な気分になってあえて
誰かがいる時に声をかける。
「し、仕事ですから!」
エリオットは夙の思惑通り、焦ったように声を裏
返らせていた。おろおろとしている。
今はもう少し親しくしてくれるけれど、当時の彼は
まだ巫女という立場の夙に遠慮していた。
未だに様づけられるのは夙としては不満だけれど、
少なくともこの時よりはマシだと今の夙は思っている。
「それでも嬉しいのよ。私は、あなたがいるから何の
心配も不安も感じなくて済むのだもの」
エリオットの頬が赤く染まった。
しかし、慌てたようにすぐ目をそらしてしまう。
さすがに人を使う立場の彼であっても、巫女と親しく
話したり接触する事は禁じられていたのだ。
夙はまた人が来たので、それ以上彼と話す事が出来
なくなったのだった――。
「巫女様、そろそろ食事の時間ですよ」
人が来なくなって数分後。
女官長として長く務めている老女が彼女に声をかけ
ると、壊れ物でも扱うかのように優しく腕に触れて
彼女を食堂に連れて行った。
夙が神聖化されている事もあるだろうが、女官や
神官が巫女に傷一つでもつけようものならあっさりと
処罰されてしまうからでもあった。
彼女の言う食堂とは、食堂とはいっても巫女だけが
使う事を許された個人だけの物だった。
豪華な作りで長いテーブルがあるのだけれど、一人
だけしか座らないのでスペースがかなり余っている
状態だった。
夙にはなんだか寒々しく思える。
「夙様、お手を」
「はい」
エリオットに声をかけられ、夙は日の光を浴びた事の
ない白い手を差し出した。
華美な装飾を施された椅子に腰かけさせられ、すっ、と
椅子が押される。
「……ありがとう、皆。エリオット以外は下がっていいわ」
『わかりました、巫女様』
女官達が緩やかに部屋を退出した。
実は彼女達もエリオット同様夙に理解がある者達だった。
同じ年、もしくは母、祖母のような年齢の者達である。
態度には出さないが、温かい気持ちのような物を抱いて
いるのだろう。
エリオットは苦い顔をしながらも、夙が一緒にテーブルに
ついて欲しいと頼むと断ったりはしなかった。
今日も美味しい食事を食べながらエリオットと話す。
それだけなら、いつも通りだった。
それなのに――。
「きゃああああああっ!!」
「狼藉者!! 巫女様には指一本……いやあああっ!!」
響いたのは、女官達の悲鳴だった。
青ざめた夙は立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「夙様!!」
「放して!! 助けなきゃ!!」
しかし、エリオットが腕を拘束して動けないようにした。
夙は暴れ、衣装が少し乱れる。それでもエリオットは手を
放さなかった。
手を放したら、この勇敢にして無鉄砲な巫女が飛び出
して行くと分かっているから。
夙を守りたい。その気持ちが根本にあるのは確かだが、
今は彼女達の犠牲を無駄にしたくないという気持ちの
方が強かった。
彼女達は騎士ではない。力だってあまり強くないはず
なのに、彼女達は大事な巫女を守って死んだのだ。
「彼女達の死を無駄にはしないでください。ここには鍵が
かけてあります。しばらく動かないでください」
「まだあの人達は死んでない!! 死んでいるかどうか
なんて分からないじゃない!! 早く鍵を開けて、私が
駄目なんだったら見に行ってよ、エリオット!!」
「もう駄目です。悲鳴や息遣いさえも感じられない。
彼女達は死んだでしょう」
「そんな……」
夙は力が抜け、エリオットに抱きつくかのように倒れ
込んでしまった。
エリオットは一瞬紅くなり、そしてそんな場合では
ないと思い直して彼女を支えた。
夙は頭の中を黒い感情がよぎるのを感じていた。
彼女達が何をしたというのだ? ……何もしていない!!
何も、していないじゃないか!!
彼女達の罪のない命を奪った者達が許せない。
殺すのなら、私を、巫女である私だけを殺せばよかった
のに。
「いけない、夙様!!」
彼女の変化に気づいてエリオットが彼女を揺さぶろう
とする。
だが、それよりも前に夙が彼を強い力で突き飛ば
していた。
壁に叩きつけられ、呻くエリオット。
夙は無表情でそれを一瞥すると、鍵のかかっているはずの
扉に手をかけ、いともたやすく扉を破壊してしまった。
狂気が、燃えたぎる怒りが彼女を支配している。
夙はそのまま部屋の外に飛び出した。
そこには、死体がごろごろと転がっていた。
女官達、神官、神官候補生、無差別に何人も殺されて
いた。
「何で、こんなひどいことを!!」
「おや、巫女様。ようやく覚醒ですね」
「覚醒!?」
「あなたは闇の巫女とおなりになったのですよ。実験は
成功のようだ」
「実験!? そんなことのために……そんなことのために
皆を殺したのか!!」
夙はにこにこと笑っている男に掴みかかり、首を強い力で
締め上げた。
男の顔が苦しげなものに変わり、手を叩いてくるが夙は
力を緩めない。
夙は自分の中の憎しみの気持ちに圧されるように男を
殺そうとしていた。殺意にも似た激しい憎しむが彼女の
心を蝕んでいく。
「夙様、駄目です!! このままでは、あなたは本当に
闇に染まってしまう!!」
エリオットが取り押さえられ、夙は泣きながら身を
よじってなおも男を殺そうとしたが、男は恐怖を感じ
たのかそのまま逃げてしまった。
彼女に残されたのは、エリオットと闇に染まった
自分自身。
そして、男が忘れて行った『科学者ギルド』の名刺
だけだった――。
その日から、復讐を誓った彼女はそのギルドと対立
しているらしい『ホラーギルド』にエリオットと共に
入り、組織を叩き潰すため、出来る事なら何でも
やった。
力はそれほどなかったので、情報収集につとめた。
闇に染まりかけた彼女は、もう清らかなる巫女
ではない。
実験のため、ただそれだけのために大事な人達も、
自分の将来さえも犠牲にされてしまったなれの果て
だった。
しかし、最初は復讐のためだけにギルドに参加した
はずの夙は、ギルドのメンバーと関わる事で変わって
行った。
「よう、あんたが元巫女さんなんだって? 仲良く
しようぜ、なぎ」
『なぎ』と初めて自分にあだ名をつけてくれた、
男言葉を使う少女サヤ=ライリー。
立場や境遇は違えど、赤い髪と瞳を持つ彼女は
夙と同じ被害者だった。
強気に見えるけれどどこか気弱な彼女を、夙は
いつしか妹のように想うようになった。
「わ、私も、なぎちゃん、って呼んでいいかな?」
もう一人は金の瞳を潤ませる事が多い、気弱
だけど芯は強い少女ルイーズ=ドラクールこと
ルー。
夙は、口には出さないけれどエリオット同様
彼女達には感謝していた。
彼女達が優しくしてくれたから、夙は復讐の
ためだけでなく同じ境遇の者達を救い、もう
犠牲は出さないという気持ちになる事が出来た
のだから――。
今回は夙の過去編です。
この経緯があり、夙は
エリオットと共にホラー・
ギルドに入りました。




