新しいギルドメンバー
依頼人は、倉木ルカと名乗った。
巫女の母親と、妖怪・天邪鬼の間に生まれた、
半妖らしい。
ギルドのリーダー、サヤ=ライリーと同じだ。
眼鏡をかけた短い銀の髪と瞳の少年、ルカは一向に
口火を切らなかった
「あんた、何の用なんだ?」
仕方がないので、サヤはじいっと紅い目で彼を
見ながら言った。場所はさっきの場所ではなく、
客間だ。
エリオットや夙が集めた、品のいい家具や調度が
置かれている。
ルカは今ふかふかの葡萄酒色のソファに腰かけ、
サヤと他のメンバーはそれぞれの一人掛けの椅子を
用意して座っていた。
今ここにいるのは、一番の年長者である、エリ
オット=アディソンと、サヤの親友・ルイーズ=
ドラクール(愛称・ルー)だった。
困ったような笑みを浮かべているルカに、サヤは
苛立ちを感じた。
黒い狼の耳を怒りのままに立たせ、黒い狼の尻尾も
ぴんっと立っている。
「早く言えよな。こっちだって暇じゃないんだよ」
「今日は仕事ないだろ」
エリオットが言い、紅くなってサヤが赤い髪を揺らし
ながら睨んだ。……見栄を張りたかったらしい。
「う、うるせえよ!!」
「はいはい、リーダー。オレは黙ってます」
「うううううっ!! その口調がムカツク!!」
「あの、えっと、その……」
サヤに威圧され、ルカはオロオロとしていた。
ルー達は苦笑している。
エリオットは褐色の色をした腕を組んでいるし、ルー
は金色の瞳にルカへ同情するような色を浮かばせていた。
「早くしろってば!!」
サヤが鋭い牙を剥いて唸る。と、さらにルカは怯えた。
さっきからこの繰り返しなのである。
「サヤ!! 依頼人をおどかしちゃ駄目だよ」
たまりかねてルーが口を開いた。チッと舌打ちが響き、
エリオットが薄い青の瞳でじろりとサヤを睨む。
「あの、科学者ギルドって知ってますか?」
三人はギョッとなって黙り込んだ。
空気が重くなったのを感じ取ったルカが、自分の失言に
気付いて青ざめる。
しかし、もう言った事は消えなかった。
ルーは今にも泣きそうに金色の瞳を潤ませていた。
同色の髪を持つ頭は怯えたように震え、か細い手を
痛いほどに握りしめている。
エリオットは泣きこそしなかったけれど、痛みを含ん
だ薄い青の瞳を黙って伏せていた。
しかし、特に反応が凄かったのはサヤである。
顔が蒼白になっており、体が小さく震えていた。
ここまでは二人と変わらないように思えたが、彼女の
体からはだらだらと脂汗らしきものが流れていた。
相当な恐怖が彼女の中で巣食っているようだ。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
心配になったルカが近づき、手を差し伸べようとした、次
の瞬間だった。
「や……やあああっ!! 来るなッ!! 来るなああああ
っ!!」
咆哮のような悲鳴が響き渡った。
ルカは傷ついたような顔でビクッとなり手を引っ込める。
何かに怯えた少女は、ルカの方を見てはいなかった。
紅き眼は空中を彷徨ってどこも見てはいない。
やがて、フッと支えを失った人形のように彼女は倒れた。
ぐったりと動かない。……まるで死んだように。
ルカがどうしたらいいのか迷っていると、ルーが小さな体
で苦労してサヤを抱き上げた。
「私、サヤを寝かせてくる。ゆうちゃんと、なぎちゃんに
変わってもらってもいいかな?」
「いいよ、その方がいいだろう」
ルーはルカに頭を下げ、そのまま出て行く。
固まっているルカに、エリオットがちらりと視線を向けた。
「……悪いな、サヤはあんたを拒絶した訳じゃない。気が動
転してたんだ、許してやってくれ」
「ゆ、許すなんて……! ぼ、僕は大丈夫です。それより、
彼女の方は大丈夫なんですか?」
「寝てればよくなるから平気だよ」
エリオットにそう言われたルカは、ようやくほっとしたよう
に体の力を抜いた――。
すぐに、夕顔と、吾妻夙がやって来た。
にこやかではあるけれどどこか硬い表情だ。
明るい茶色の瞳が微かに曇っている。
「あなたが依頼人? 吾妻夙です、よろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします」
サヤが先ほど座っていた所に座るなり、夙は悲しそうな顔で
ルカに語った。再びルカの表情が悲しそうな物へと変わる。
「ルーに聞いたのだけれど、あなた、科学者ギルドと何か関係が
あるそうですね」
「あいつらは、僕の妹を殺したんですッ!! 表向きは自殺って
事になってるけど、そんな訳ないっ!! あの子は恋人だっていた
し、幸せだったんだ!!」
ルカはさっきまでの気弱さが嘘のように、怒りにまかせて叫ぶよう
に言った。
銀色の瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちる。痛々しい怒りの表情が、
二人の同情を誘った。
「あなたも、被害者なのね」
「あなたも?」
「私達も全員が被害者なの。特に酷い事をされたのが、ルーとサヤ」
「お茶とお菓子をどうぞ~」
そこまで言った所で、夕顔が白い耳と尻尾を揺らしながらお茶菓子と
お茶を差し出した。
つやつやと黒く輝く羊羹と、苦みが少し強い夕顔特製の玉露だった。
場の空気が少しなごみ、夙は感謝するように彼女に一礼した。
夕顔はにこにこして出ていく。
「毎日酷い実験を受けさせられていたの。もう少しで殺される所だった
らしいのよ。だから、あのギルドの話は、ここでは禁句なの」
「わ、分かりました」
ルカが尋常でない怯えようのサヤの顔を思い出した。
もう二度と、彼女にあんな顔をさせたくはない。
「……あの」
「なあに?」
「ここで、働かせてください! 僕も、科学者ギルドの被害者をもう出し
たくはないんです!」
ルカは二人に、ここで働かせてくれるように頼んだ。彼は身寄りがない
そうなので、条件は満たしている。
二人は二つ返事で了承した――。
翌日。目覚めたギルドリーダー、サヤは、勝手な判断でルカを
メンバーに入れた事に激怒した。
「どういう事だよっ!! リーダーはオレだぞ!!」
「客の前で倒れたのはお前だろ、サヤ。ルカは被害者で家族がいない。
条件は満たしてるし、何の問題もない」
「そういう事じゃねえよ!!」
サヤは色白の頬を真っ赤に染めて怒っていた。子供のような反応に
エリオットはため息をつく。
「俺に無断で入れた事を怒ってんだよ!! 一言何か言ってからに
すべきだろ!!」
「そんな事で怒ってんのかよ、ガキだな」
「誰がガキだ、このやろおっ!!」
サヤが拳を振り上げた。エリオットによけられ、バランスを崩して
倒れこむ。
と、ぐいっと彼が黒い狼の耳を引っ張った。あまりの痛みにサヤは
涙目になる。
同色の尻尾がくるんと丸まった。
「い、痛い痛いっ!! エリオット!!」
「わがままもたいがいにしとけよ、サヤ? さもないと怒るぞ?」
ひっとサヤが息を飲む。本気で怒った彼に勝てるのは、夙以外には
いないのだった。
「わ、わかったよ……」
勢いよく耳を離された彼女は、半泣きになりながら自室に戻った。
その後は依頼もなく、騒動が起きたのは翌日だった――。
朝食のバターをたっぷり塗ったパンを食べていたサヤは、突然の
呼び出しを受けギルドマスターの居室へと向かう事になった。
基本ギルドは、ギルド連合をおさめる長・ギルドマスターの依頼で
賄われている。
仕事をかなり休む・もしくは失敗すると、除名もありえるの
だった。
『ホラー・ギルド』のリーダーであるサヤも、その例には漏れ
なかった。
「何の御用でしょうか、ギルドマスター、ルウェン=サイラス様。
『ホラー・ギルド』のリーダー・サヤでございます」
にっこりとサヤは可愛らしく笑った。
ルウェンと呼ばれた、かなり年老いた老人が赤くなる。
白髪頭と髭が特徴な彼が、ここのギルドマスターだ。
(けっ!! ロリコンヤロウが!!)
さすがにギルドマスターに逆らう訳にはいかず、サヤは笑顔を
通していた。
その身分でなかったら、サヤは躊躇いもなく彼の顔に拳を叩き
つけていただろう。
「サヤ殿。あなたには依頼を受けていただきたい。それと、ギルド
に対して苦情が来ていますよ」
「まあ。苦情ですって?」
(うるせえんだよ、くそじじい。死ねよ……)
心中と実際のセリフには、かなりの違いがあった。そもそも、サヤ
はルウェンが大嫌いである。
男と女では全然態度が違うからだ。そして、女性と少女でも違う。
サヤは何度か彼にナンパまがいの事を言われて来たのだった。
今日も行きたくないと駄々をこねたのだが、ギルドメンバーの全員
に説得されたので諦めた。
「苦情の権はこちらで処理をしておきました。依頼を受けていただけ
ますね?」
(ああん? 受けなきゃいけないんだろうが!! 強制ならわざわざ
聞くなっつーの!!)
「了解しましたわ、ルウェン殿。では、急ぎますので」
サヤは依頼書をひっつかみ、すぐに踵を返した。
が、ぐいっと腕を引かれる。さすがに、ムッとなったサヤは非難を
込めて睨んだ。
「――何ですか!?」
「今日、家に来ないかね」
「仕事の確認がありますので」
「少しくらいいいだろう。かたい事を言うな」
ざらついた手がサヤの黒い耳を撫でた。
ぞくっ、とサヤの肌が粟立つ。耳を触られるのは元々好きじゃないし、
その感触も不快だった。
(おい、じじい!! 調子のんじゃねえぞ、地獄落ちるか!?)
どんっとサヤがルウェンを突き飛ばした。
ルフェンは悲鳴を上げて地面に転がる。
サヤの紅い目に涙が滲んでいた。そのまま彼女は身を翻したが、
今度は足を掴まれてすっ転ぶ。
「サヤ!! 私に逆らうな」
「は、離せよ、くそじじいっ!!」
「リーダー!!」
蒼白になる彼女の前に、ルカが飛び込んで来た。目を見開く彼女には
構わず、彼はスウェンを睨む。
「る、ルカ!?」
「汚い手で、リーダーに触るなッ!!」
ルカはルウェンの頬を思い切り殴り飛ばし、鈍い音が響き渡った。
しかし、あまり力のない彼は、その後痛そうに拳を押さえていた。
「サヤ、大丈夫!?」
ルーがサヤを抱きしめた。サヤは泣きながらルーに身をゆだねる。
実はルーの方も被害者だった。
ルウェンは幼い少女全般が好きな趣向の持ち主なのだ。
何故ここにメンバーがいるのかというと、やはり心配でこっそりサヤ
達の様子を見ていたのである。
「下衆……」
おなじく被害者の一人、銀の髪を振り乱した、雪ん子のゆきなが吐き
捨てる。
銀の目が怒りできらめいていた。
シオン=エレットは仮面ごしに無言でルウェン睨んでいる。
「家の子をいじめた罪、重いわよ」
夙がにこにこしながら言う。しかし、その笑みは怒りを含んで黒く
見え、全く安心出来ない笑みだった。
「覚悟してもらおうか? 俺達の絆、なめんなよ」
「死んでも、文句は言わないでくださいね」
エリオットと夕顔も怒っている。数秒後、ルウェンの悲鳴が高らかに
響き渡った――。
これまた翌日。
ギルド会報には、ルウェン=サイラス、セクハラで解雇と書いてあった。
もちろん、『ホラー・ギルド』の名は書いていない。
匿名で彼らは通報したのだ。
バターと蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキを頬ぼりながら、サヤは少し
赤くなりながらルカに声をかけた。
同じ物を食べていたルカは、にっこりと笑いながらサヤを優しく見つ
める。
「あ、あの、さ。ルカ、ありがと……」
「いいんですよ、リーダー」
「サヤでいい。敬語使うな」
珍しいじゃん、初対面の奴に懐くなんて。
そう、バターだけを塗ったパンケーキを食べていたエリオットにからかわれ、
サヤはかっと赤くなった。
後日、ルカは、これがすべてヤラセだったと知らされ、打ちのめされる
のだがこれはまた別のお話。
まあサヤの礼は心からの物だったのだが――。
ロリコンなギルドマスターに迫られる
サヤを救った新メンバールカ。しかし、
それはサヤ達がしくんだやらせでした。
それでもサヤは自分を助けてくれた
ルカを信頼したようです。