番外編・狼少女の過去
炎のような赤い髪と、同色の瞳を持つ
サヤ=ライリーは、人狼と、人間の
間に生まれた子だった。
その瞳のせいで、禍の目だ、とも言わ
れていた。
赤い髪と瞳を持つ子供が生まれるのは滅多
にはなく、しかも半妖なのだから
彼女の存在は貴重だったのだが、村人には
血のような紅い目は嫌がられた。
しかし、両親はサヤを愛しており、魔物や
妖怪などを売り買いする売人に金を積まれても
手放したりはしなかった。
だが、村人達や村長はそれが不満だった。
こんな気味の悪い子供がいるより、大金を
もらった方が村に利益があった、というのだ。
両親は無論抗議したが、村人達は一向に
聞き入れずそれ所かサヤだけではなく彼らを
も迫害した。
失意のうちに両親は心痛が祟って病気に
なり、サヤを残していく事を悲しみ、村人
達を恨み、そして悲しい境遇のサヤを生み
出した事を後悔して、死んだ。
だから幼いサヤは一人になった。
誹謗中傷を村人達にぶつけられ、それでも
そこ以外に行き場もなく、誰に助けられる
事もなく生きて来た。
飢え死にしたら後味が悪いからと、村人
達が差し出す堅いパンと味のほとんどしない
冷たいスープだけをもらいながら。
半端者、狭間者、半妖。
サヤのような境遇の者は、そう呼ばれる。
彼女の住んでいた村では、重水な妖怪・魔物・
人間以外の者は認められなかったのだ――。
「誰が半端モンだって!」
古臭く今にも崩れ落ちそうな小屋に、少女の
怒声が響き渡る。
サヤはここで暮らしていた。誰かが利用して
いる建物は使う事が許されないので、誰も使って
いない建物を使っているのだ。
両親を自分達が殺したような物だと思っている
村人達は、サヤをいじめたりはしつつも追い出そう
とはしていなかった。
最初、サヤをいじめていたのは大人達だけだった
のだが、その態度は子供へと伝染する。
サヤが十歳になった頃には、子供達は毎日のように
サヤをからかい乱暴したりしていじめていた。
「半端モンのくせに、生意気なんだよ!!」
リーダー各の淡い茶の髪の少年の言葉に、サヤは
威嚇するような唸り声を発した。
彼女の怒りに呼応するように、黒い獣の耳と尻尾が
立ちあがっている。
だけれど、サヤは飛びかかったりは出来なかった。
彼女の本心としてはそんな事を言う相手は、殴ったり
蹴ったりしてやりたかった事だろう。
しかし、相手の方が悪かろうと、村人達や村長は
サヤをかばったりはしない。
やり返せばサヤの方にだけ罰を与えるのだ。
それを分かっているから、村の子供達は増長して
サヤを罵る。
明らかにこんなのは公平ではないとサヤは知って
いたが、親のいない彼女にとっては村人達や村長の
決まりが絶対なので逆らう事は出来なかった。
逆らったら怖いというのももちろんあるけれど。
「化け物!! お前なんか、生きている価値ないん
だよっ!!」
「そうだそうだ!! 死んじまえ!!」
と、子供の一人――つんつん立った銀の髪の少年が、
サヤに向かって拾った石を投げつけた。
サヤは大人にはあまり逆らわないが、子供の命令を
聞くつもりもただ黙っていじめられるつもりもない。
ふんと鼻を鳴らし、獣人族特有の動体視力で軽々と
それを回避した。
しかし、その代わりのように、サヤの近くにいた、
栗色の髪をおかっぱにして眼鏡をかけた少女に石が
当たってしまう。
「何するのよ!!」
「お、俺のせいじゃないぞ!! 半端モンがよける
のがいけないんだ!!」
栗色のおかっぱの少女に睨まれた、つんつんした
銀の髪の少年は、憎しみを込めてサヤを睨みつけた。
それもそうね、と納得したらしい栗色のおかっぱの
少女がキッとサヤを睨みつける。
「あんたのせいで私が怪我をしたじゃない!! なんて
事するのよ化け物の癖に!」
手前勝手な言い分に、サヤはぐっ、と唇を噛んで
耐えた。
彼女の歯はすべて牙なので、血が口いっぱいに
広がる。
オレのせいじゃない。そう言い返したいのに、言い
返しても話が通じないから、サヤは言い返せない。
「化け物が私に怪我をさせたわ!! お父様、早く
こいつを痛い目にあわせてよ!!」
栗色のおかっぱの少女は、村長の娘だった。
ホッとしたように息をつく少年も、怪我をしたと
喚く割に少しこぶが出来ただけで血すらも出ていない
少女も、サヤにはとても腹立たしく思えた。
サヤの心は嵐のように騒いでいた。
許せない。こいつらが許せない。ハーフだと、人間と
妖怪の狭間にいるというだけで、罵り、あざけり、
石をぶつけるあいつらが許せない。
純血だというのが、そんなに偉いのか?
混血は、何をされてもいいというのか?
サヤは泣きそうだった。彼女は村人と争う気なんか
ない。
ただ、仲良くしたいだけなのに、誰もそんな事は
思わない。
混血でも純血でも悪い奴といい奴は必ずいる者である
が、だが、彼らにとっては混血は悪者で、純血はいい奴
なのだった。
サヤは憎しみを心に秘めたまま、自分を包囲する子供
達や大人達を見ていた。
抵抗しても、まだわずか十歳の子供では、いくら力が
強くても全員にかなう訳はない。
サヤは取り押さえられ、無理やり引きずられるように
村長の家に連れて行かれた。
村長は厳めしい顔立ちをした男だが、一人娘を溺愛
していた。
息子がハーフに殺されたということもあり、誰よりも
狭間者を憎んでいた。
最初にサヤを迫害し始めたのは彼だったのである。
「またお前か、狭間者! 今度は何をした!?」
「俺は何もしてねえよっ!!」
ついにサヤの怒りが爆発した。
朝から晩まで理不尽な目にあわされれば、どんな温厚な
者も怒るだろう。
ましてや、サヤはあまり気が長い方ではなかった。
それに、村人の一人にひねられている腕がすごく痛い。
「あんたの大事な娘に怪我させたのは、ここにいる
こいつだ! 俺はちっとも悪くないぜ!!」
石をぶつけた銀髪少年が、血の気の引いた顔になるのを
見て、サヤは少し機嫌を良くした。
だが、その大事な娘が証言した言葉に、落胆する。
栗色のおかっぱを揺らしながら、彼女は勝ち誇った
ような笑みを浮かべていた。
「いいえ、お父様。この子はハーフに石を投げたの
です。ハーフがよけたから、私が怪我をしたのですわ」
「そうか……」
普通に考えたら、道理に合わない言葉であっただろう。
石を投げたのはサヤではなくあの銀の髪の少年であり、
罰されるのは本来ならば彼のはずだった。
しかし、ハーフを嫌っていてさらに娘を愛している
彼はそれがちっとも道理に合わない事だとは思わない。
冷たい目で睨まれ、サヤはびくっと身をすくませた。
また、痛い目にあわされる。いつもそうだ。
今日も、その例にはもれないだろう。
サヤはいつも今日は違いますように、と祈るのだが、未だ
かつてその願いがかなえられる事はなかった。
「あれを持て。こいつには罰を与えねばならんな」
視線の先にいるのは、さっきの少年……ではなく、やはり
サヤだった。
今日もサヤの願いは叶われなかったのである――。
罰は一時間にも及んだ。
ひりひりする体中に、サヤは涙を浮かべていた。
鞭で嫌というほど体を打たれたのだ。
泣こうが、喚こうがそれはやまない。
それどころが、さらに力を込めて叩かれるのだ。
「……っく。ひっく……痛いよ……痛いよう……」
小屋に戻ったサヤは、泣きながら体に薬をつけていた。
痣がまた増えた。一生、こんな生活が続くのだろうか。
すりむけた箇所が、ずきずきと熱をもってうずく。
ひょっとしたら、血が出ているかもしれない。
サヤは慎重に背中に触れた。……痛い!!
たえがたい痛みが走る。だが、それ以上に気分が高揚
していた。
手にはべったりと血がついている。
それを見た時、サヤの心は高鳴りさえも感じていた。
痛みなどもう感じなかった。
その瞬間、サヤの心には野生の狩猟本能が目覚めていた。
自身の血を見た事でサヤは興奮してしまったのだ。
本能に身を任せたサヤは、気がつくと、血の海にいた。
今まで自分をいじめた少年や少女達が、物言わぬ状態で
倒れている。
サヤは口も、爪も、牙も、全て血にまみれていた。
……殺したのは、自分だ。サヤは愕然とした。
子供達の事は確かに憎んでいた。だけど、殺したいと
思った事なんかない。なのに、自分は彼らを殺して
しまったのだ。
そこ知れない恐怖と、後悔に身を震わせる少女に向け
られた視線は、畏怖と殺意が込められていた――。
サヤはもう、大人達に連れて行かれても抵抗を
しなかった。
青ざめた顔のままで、うつむいて歩いていた。
あそこは天国ではなかった。だが、少なくとも、一人では
なかったのだ。いつも誰かがいた。たとえ、味方では
なくても。
サヤはどこへ連れて行かれるのだろうと思った。
聞いてみても、誰も答えてくれない。
やがて、変な匂いのする建物についた所で、サヤは
突き飛ばされるように手を放された。
「人狼と人間の混血だ。いくら払う?」
「災いの目ですか。しかも両方赤とは珍しいです。
……でどうでしょうか?」
「それでいい」
サヤは売られるのだと分かり、胸にちくりと痛みが走った。
何か値段のやり取りをしているらしいけれど、サヤにはお金の
単位も通貨も分からないので、首をかしげるばかりだった。
「おい、お前、来い!」
「俺?」
「そうだ!! さっさと来い!!」
サヤは、それから地獄のような日々を送る事になった。
彼女はあそこでの日々など天国のようなものだったと思い
知る事になったのだった。
サヤが売られたのは、科学者ギルドと呼ばれる集団
だったのだ。
毎日人体実験が行われ、そんな日々はサヤから生きる
気力や笑顔を奪っていった。
作られた薬を飲ませられたり、どのくらいの痛みにたえ
られるのか、と拷問の様な目にあわされたりもした。
それに、このギルドでは、自ら命を断つ事さえも許され
ない。
死のうとした者は、実験とか以外では、手足を枷で拘束
され、檻に入れられて過ごす。
舌を噛み切ったりしないように、口にも枷はされていた。
サヤは死のうとして見つかり、かつて死のうとした者と
同じ境遇に陥る事になる。
そんな彼女を救ったのは、ルイーズ=ドラクールだった。
彼女もまた村から売られたのだ。
吸血鬼でありながら、虹色の妖精の如き
翼を持って生まれた彼女は、サヤのように酷い目にあわ
されて来たのである。
ほぼ同じ境遇の彼女達はすぐに仲良くなり、共にギルドを
抜け出した。
いつか、このギルドに壊滅させ、被害者をなくすために、
彼女達は自らギルドを立ち上げたのであった――。
今回は番外編です。サヤのトラウマの原因と
過去を書いてみました。更新遅くなってしまい
すみません。




