欠けた記憶の先に
先の見えないものほど、恐ろしいものはない。
そう思う。
果てしなく続く、戦い。
それを終わらせるために、俺は最終手段を取った。
取らざるを得なかった。
ひとつは、最愛の娘を失ったから。
もうひとつは、この戦いを早く終わらせたかった。
もう、戦いは沢山だった。
それくらい、この地は血と涙と悲しさと苦しさに塗れていたから。
「いかがですか?」
研究員が資料を眺める俺に声をかけた。
「こんなものか」
「え?」
しばしの沈黙。それを打ち消すように研究員は続ける。
「いえ、よく見てください! あらゆる数値全てが彼の有り余る能力を示しています。彼さえいれば、この戦いは終止符を打つことができましょう」
彼の言い分はわかる。身体能力だけでなく、その的確さ。全てにおいて、俺を上回っていた。
ただ……それだけなのが、納得行かなかった。
何年も何年も研究を重ね、神と同格と思われる最高の遺伝子を発見し、それを移植した。
その子供の能力が、これだけなのかが、納得いかなかったのだ。
けれど、これが現実というのなら、そうなのかもしれない。
「そうだな。俺よりも全てが上だ」
もう下がっていいと手で合図すると、研究員はほっとした様子で持ち場に帰っていった。
「どうだった?」
奥から妻のリィナがやってくる。
「能力だけは、当時の俺を上回ってる」
どれどれと、リィナは俺の手元にある資料を覗き込む。
「あらあら、私の能力も受け継いでるのね」
しかもソレ全て、上回ってるじゃないと、リィナは続けた。
「そうだな……」
「浮かない顔ね」
ぽんと机に資料を乗せると、ため息混じりに呟く。
「それだけだ」
「まあ、そうともいえるかもしれないけど……」
リィナが何か言おうとして、やめた。
「望みすぎたな」
「私も同じよ」
寄り添うようにリィナが、後ろから肩を抱きしめてきた。
その手を握り締めながら。
「でもまあ、それが俺達の切り札だ」
後ろで静かにリィナの頷きを感じる。
「俺達は、その切り札に全てを教えるだけ……なんだな」
目をやる窓の外。
暗雲が立ち込め、その雲から大粒の雨を降らせていた。
まるで、これから先を指し示すかのように……。
酷な事をしたと思っている。
彼には幸せな未来を与えたかった。
最高の幸せと愛を注ぎたかった。
けれど、今はそれを許してはくれなかった。
愛くるしい笑顔を見るたび。
辛そうな涙を見るたび。
抱きしめたくなる衝動を抑えるのに精一杯だった。
「こんなことも出来ないのか?」
モニター越しに見える、テスト結果。
すべては8歳児にしては、好成績。けれど、成人のそれと合わせれば、それに及ばず。
「……もう一度、やります」
「いい心積もりだな、じゃあ、やってみろ」
様々なコードが体につながれている。
唯一見える口元からは、荒々しい息遣いが漏れていた。
沢山の汗も見える。
いや、これは涙か?
前回よりもランクを上げてテストを試行する。
「くっ……」
声が漏れた。たぶん、ランクが上がったことを知ったのだろう。
けれど、その手は止まず。
執拗な攻撃を避けて、攻撃を仕掛ける。
けれど、やはり撃墜されてしまった。
「あ、あのっ……」
「もういい、充分だ」
吐き捨てるようにそう告げて、俺はその場を立ち去る。
あの子は、昔の俺に、そっくりだった……。
「で、あの子を置いて出て行っちゃった、と~」
「茶化すな」
くしゃくしゃと頭を掻きながら、俺はむしゃくしゃした気持ちだった。
「だって、そうでしょ? まあ、あの子もあなたと同じ、負けず嫌いだしね」
振り返り、俺はリィナを見る。
「でもまあ、あの子、かなりやるわよ。だって、あのランクで好成績取ったっていうじゃない」
リィナの言うとおり、彼は……ラナは優秀だった。
けれど、それだけなのが、腑に落ちない。
いや、悔しいのは、この戦いを終わらせる切り札にはならないだろうということ。
「俺は間違ったんだろうか」
思わず零れる本音。
「あんたのせいじゃない」
リィナはふうっとため息を零しながら、続けた。
「私だって同罪よ。だって、半分は私の遺伝子なんだもの」
ラナは俺とリィナの遺伝子、それにもう一つ、神の遺伝子を組みこんで生まれた試験管ベビーであった。
没短編もこちらにこそっと。
この続きはありませんので、ご了承くださいませー。