欠けた記憶
僕が目を覚ましたとき。
僕の両親は目をまんまるくして、声をそろえて言った。
「「か、かわいい……」」
「つーか、激ラブじゃねー?」
「でかした、私って感じよね!」
二人は興奮した面持ちで、幼い男の子の前で騒いでいた。
男の子だけが、周りの状況に対応できずにきょとんとしている。
「アーシュもかなりいい線いってたが、ラナもかなりいい。そうは思わないか、リィナ」
「何いってんのよ、ショウ。当然じゃない。私とあんたの最高の遺伝子が最高傑作を生み出さないと思って?」
ショウとリィナは顔を見合わせ、ぷっと吹き出す。
「何にせよ、この子は無事、生まれたことを神に感謝しよう」
くしゃりとラナの頭を乱暴に、けれど優しくなでると、ショウは嬉しそうに笑った。
この世界は、危機に瀕していた。
最高の科学力。
最高の魔力。
その全てが、ここにあった。
しかし、神はなおも試練を与える。
ダスト。
ゴミと呼ばれたそれは、ゴミとは思えないほどの力を持っていた。
倒すことはできる。
滅ぼすことはできる……はずだった。
けれど、倒しても倒してもあとからあとから、ダストは現われる。
人々はその状況に絶望し、滅亡をも受け入れようとした。
だが、この二人だけは、神の試練に立ち向かった。
希望という名の未来を信じて。
「ったく、誰だ? ダストに最初にケンカを振ったやつは!」
ショウは操縦桿を握り、トリガーを引く。エメラルドグリーンの巨大騎士の翼から、同時に多数の魔力の込められた弾が発射し、敵を一匹残らず葬っていく。
「そんなこと、知らないわよ。私の生まれる前の話だものっ!」
リィナはコクピット内で詠唱を終えると、その右手を上に突き出し、ゆっくり下ろした。
「行きなさい、イフリート!」
クリムゾンの巨大魔術師の開いた手のひらから、炎を纏った魔獣が敵をなぎ倒して、敵を葬っていく。
巨大騎士の名は、エメラルドアイズ。
巨大魔術師の名は、クリムゾンアロー。
騎士をショウが、魔術師をリィナが操縦し、ダストと戦っていた。
「おとうさん、おかあさん。あの気持ち悪いやつをたおせばいいんだよね?」
幼い声が二人のコクピットに響いた。
「ああ、そうだ。けれど、ヒト型のヤツは味方だ。殺すんじゃねぇぞ?」
「うんっ!」
ショウの言葉に幼い少年……ラナは頷いた。
僕の中には、僕だけでなく、もう二人いた。
気づいたらもういたので、不思議にも思わなかった。
けれど、父さんと母さんの話によると、それはとても特別なことなんだと知った。
『で、俺達はあいつらを倒せばいいんだな?』
「うんそう。でも僕がやるのっ! いっぱいたおして、ほめてもらうんだ!」
僕の声にダークは不服そうだったが、それを受け入れてくれたようだ。
『気をつけろ、ラナ。やつらは速い』
「うん、ありがと、アークっ!」
僕は父さんに言われたとおり、気持ち悪いモンスターのような敵、ダストを次々に打ち落としていった。射撃は得意。褒めてもらえるくらい。
でも、接近戦はちょっと苦手。大きい剣を振り回すのが、大変だから。
接近する敵を見つけて、僕は叫ぶ。
「よっしゃー! 俺に任せろっ!!」
それと同時に片目が青色に光り輝く。
ラナ……いや、ラナダークというべきか。
重い操縦桿を軽々と動かし、見事に大剣を薙ぎ振るう。
状況はラナ達の優勢であった。
しかし……。
「このまま押し込んでいけばっ!!」
ショウは、かつてない手応えに一気に勝負に出ようと前に出た瞬間。
ドドドーーン!!
後方から強烈な爆発音が響いた。
その音は、リィナが戦っていたと思われる、その場所。
「リ、リィナ……!?」
時が止まった。
クリムゾンアローの美しいフレームの、しなやかな右腕が爆発で消失していた。
「あ、あは……ちょっと、しくった、みたい……」
リィナの声が聞こえる。
「リィナ、動くな。すぐ助けるっ!!」
なのに、なんでこんなにも距離があるのだろう。さほど離れていないはずなのに、こんなにも距離を感じるのは、ダストが阻んでくるからだろうか?
ダストを剣でなぎ倒しながら、一直線にリィナの元へ。リィナの元へ。
「ごめんね、死ぬときは一緒って……約束したのに……」
リィナの声が、やけに響く。
「この戦いが終わったら……ラナと、一緒に……買い物だねって……言ってたのに、ねぇ……」
「諦めるな、今行くから! だから、希望を捨てるなっ!!」
ショウの言葉にリィナが笑う。
「だって、ショウ……あたしもう、駄目みたいだから……」
リィナのコクピット内は、スパークが激しく、大半のモニターが黒く塗りつぶされたようになっていた。
「言えないよね……こんなに血だらけだし……だんだん、目も見えなくなってきちゃった……」
最後に銀色に輝く騎士をこの目に焼き付けた。
「ごめんね、ラナ……生まれたばかりなのに、母親らしいこと……できなくて……」
つうっと、リィナの頬から雫が、零れ落ちた。
ドドーーンっ!!
二度目の爆発。
それは、クリムゾンアローが大破し、消滅したことを示す音。
「うわあああああああああ!!!!」
それは誰の叫びか。
男は嘆き叫んだ。愛する妻を失う、悲しさと怒りで。
そしてもう一人。
「おかあさん、おかあさぁーーーーんっ!!!」
ぱちんと弾ける音と共に、ラナは。
その意識を失った。
壊れる、その前に。
キュウウンン。
白銀の騎士が動きを止めた。
いや、違う。
その赤く輝くモノアイだけは、敵を見据えていた。
そして、その騎士から、一言だけ響く。
「それほど消えたいというのなら、消し去ってくれよう。貴様らがいたという存在全てを」
目映い光が、全てのダストを飲み込み、全てを終わらせた。
この世界の、永遠と思えるほどに長い、長い戦いを……。
「いいか、ラナ……お前はここで生きていくんだ」
本当ならば、共に生きたかった。
けれど、戦いに疲れた体は、それを許さなかった。
恐らく、自分も愛する妻の元に逝くんだと、うすうす感じていた。
「あそこが魔術学園。お前も世話になるかもな……」
ぼんやりと見上げる目に、くしゃりと頭をなでて応える。
「さあ、行こう。お前の未来のために……」
その子に自分のしていたペンダントをかけてやると、ゆっくりと歩き出したのであった。