第1話:合成したら、邪神ちゃんが生まれました
合成師。
神から与えられる職業の中でも、最弱と名高い職業だ。
「合成師……は、その……大変、個性的な職業でして……」
神官が目を泳がせた。
隣にいた幼馴染が、ぽん、と肩を叩く。
「合成師でもきっと幸せな人生を歩めるさ。だから、元気を出せって。な、ルディン」
俺は黙って天井を見上げた。
ステンドグラスの女神様が、慈愛に満ちた笑みでこちらを見下ろしている。
十五歳で職業を授かり、十八歳で独立。二十歳で小さな家を買い、二十五歳までには老後の貯金を始める。
そんな俺――ルディンの堅実な人生設計が、今、音を立てて崩れていた。
いや、待て。
合成師でも稼ぐ方法はあるはずだ。
……あるよな?
神官と幼馴染が、そっと目をそらした。
ないらしい。
◇
村外れの森は、夕暮れに沈みかけていた。
俺の足元には、死体が二つ転がっている。
ぷるぷるしていないスライムと、白目をむいたゴブリン。どちらも冒険者が狩ったまま、捨てていったものだ。
合成師の能力は、魔法陣に置いた素材を一つに混ぜ合わせること。
生き物だって合成できる。理屈の上では。
問題は、モンスターが大人しく魔法陣に収まってくれないことだ。合成には数十秒かかる。その間、生きたモンスターは暴れて、噛みついて、逃げていく。
テイマーなら従わせられる。でも合成師にテイムスキルはない。
高額な依頼料が必要だから、テイマーに頼む選択肢もない。
だから使えるのは死体だけ。
そして死体同士を合成しても、できあがるのは動かない肉塊だ。
誰も欲しがらない。俺だって欲しくない。
「スライムの死体、買い取り価格ゼロ。ゴブリンの死体、買い取り価格ゼロ」
俺は指を折って数えた。
「ゼロとゼロを足したら……肉塊でも、少しくらい値がつくんじゃないか?」
つかない気がする。
つかない気しかしない。
でも、何もしなければ明日も間違いなくゼロだ。
俺は木の枝で地面に魔法陣を描いた。教本の図を思い出しながら、線を一本ずつ。少し歪んだが、まあいい。
二つの死体を陣の中央に引きずり込んで、両手を地面についた。
「失敗してもゼロはゼロだ。もうどうにでもなれ!」
魔力を流す。
陣の線が、ぼんやりと青く光り始めた。
◇
天界は今日も平和だった。
私、マラドルートは、雲の上に寝そべって地上を眺めていた。
今日は年に一度の神授の儀。私が授けた職業を、人間たちがどう受け止めるか見るのは、ちょっとした楽しみなのだ。
「あら、さっきの合成師の子じゃないですか」
村外れの森で、少年が地面に魔法陣を描いている。
適性判定どおりに授けただけなのに、神殿ではずいぶん落ち込んでいた子だ。
「ふふ。初めての合成ですね。何ができるんでしょう」
私は身を乗り出した。
冷やかしではない。女神として、見守っているだけだ。たぶん。
そのとき。
カサカサ。
視界の端を、黒くて平たいものが横切った。
「ひっ」
なぜ。なぜ天界に。
つやつやと黒光りするそれは、羽を広げて、私の顔めがけて――
「ジ、Gぃぃぃぃぃっ!?」
黒い悪魔が鼻先をかすめた。
鼻がむずむずする。
「は、はっ……」
まずい。
今、私は地上に身を乗り出している。
「はっくしょんっ!」
盛大なくしゃみが、雲を突き抜けて地上へ降り注いだ。
ついでに、鼻先にいたGも一緒に吹き飛んでいった。
くしゃみとGは、まっすぐ森の魔法陣へ。
吸い込まれた。
「……あ。」
◇
突然、魔法陣の光が変わった。
青から白へ。白から金へ。金から、見たこともない黒へ。
「え、ちょっ、何だこれ!?」
手を離そうとしたが、離れない。魔力がぐんぐん吸い出されていく。
森の木々がざわめき、鳥が一斉に飛び立った。
次の瞬間、光が弾けた。
俺は尻もちをついた。
目の前に浮かんでいたのは、合成師だけに見える半透明の板――合成結果の表示だった。
《合成成功》
《種族:邪神》
「……は?」
邪神。
じゃしん?
表示の向こう、魔法陣の中央に、小さな女の子がちょこんと座っていた。
五歳くらいだろうか。艶のある黒髪が、光の加減でほんのり虹色に見える。大きな瞳はくりくりとして、ほっぺはぷにぷにだ。
そして頭のてっぺんから、細くて長い触覚が二本、ぴょこんと伸びていた。
触覚が、ぴくぴく動いている。
少女は俺を見て、ぱあっと笑った。
「パパ!」
「違います」
反射で答えた。
「ラーシャ、パパのこどもだよ?」
「……ラーシャ? それ、お前の名前か?」
「うん!」
誰がつけたんだ。俺はつけてない。
スライムとゴブリンの死体が、どうして女の子になるんだ。しかも邪神って。肉塊はどこに行った。
少女は首をかしげ、それから空を見上げた。
何もない夕焼け空に向かって、両手をいっぱいに伸ばす。
「ママ!」
その瞬間、空が割れた。
「きゃあああああああっ!?」
悲鳴とともに何かが落ちてきて、俺の上に着地した。
重い。柔らかい。いい匂いがする。
俺の顔の上で、白い衣をまとった金髪の美少女が目を回していた。
◇
「わ、私は女神マラドルートです! ひ、控えなさい人間!」
美少女は立ち上がるなり、胸を張った。
髪に枯れ葉が三枚刺さっている。
「女神様……? 神殿の、ステンドグラスの?」
「そうです! 私があなたに合成師を授けたんです!」
こいつのせいか。
「とにかく! 私は天界に帰ります。ここであったことは、すべて忘れなさい」
女神様は両手を天に掲げた。
「天界へ、帰還!」
何も起きなかった。
「……天界へ、帰還!」
何も起きなかった。
「天界へ! 帰還! 帰還っ! かーえーるーのーでーすー!」
女神様はその場でぴょんぴょん跳ねた。
何も起きなかった。
足元から、ラーシャが女神様の衣の裾をくいくいと引っ張る。
「ママ、かえれないよ?」
「ど、どうしてですか!」
「だって、ママのはっくしょん、ラーシャのなかにあるもん」
沈黙が落ちた。
「……はっくしょん?」
俺が聞き返すと、女神様の肩がびくっと跳ねた。
「し、知りません。何のことだか」
「ママがね、はっくしょんってしたの。それがね、ぴゅーって入ってきてね、ラーシャになったの。あとね、くろいのもいっしょに来たよ」
ラーシャの触覚が、得意げにぴこぴこ揺れた。
俺は女神様を見た。
女神様は空を見た。
「……女神様」
「なんですか」
「合成の瞬間に、くしゃみしました?」
「…………」
「しましたね?」
「し、仕方がないじゃないですか! Gが! 天界にGが出たんですよ!?」
女神様は涙目で叫んだ。
つまり、こういうことか。俺の合成陣に、女神のくしゃみと、なんか黒いのが入った。
スライムとゴブリンの死体。
女神のくしゃみ。
そして、G。
それで邪神ができた。
うん、意味がわからない。
「ともかく!」と女神様は咳払いをした。
「くしゃみには神気が含まれます。その神気が、この子の中に核として固定されてしまったんです。接続が切れない限り、天界への帰還術が発動しません!」
「つまり?」
「天界には……帰れません」
「それって、あんたの自業自得じゃないですか」
「あんたって言わないでください!」
女神様はラーシャに向き直り、腰に手を当てた。
「いいですか、ラーシャ。私はあなたのママではありません。女神です。天界に帰らなければならないのです」
「……ママ、いっしょじゃないの?」
「一緒ではありません。方法を探して私は帰ります」
ラーシャの触覚が、ぺたん、と垂れた。
その瞬間、空が暗くなった。
夕焼けが墨を流したように黒く染まり、地面がずん、と揺れる。森の奥から獣の悲鳴が聞こえ、木々が一斉にざわめいた。遠くの山の頂から、得体の知れない紫色の雷が立ち上る。
「ママ……いっしょ、いや……?」
ラーシャの瞳に、じわりと涙がにじむ。
地鳴りがさらに大きくなった。
俺と女神様は、顔を見合わせた。
「……女神様」
「わ、わかっています」
「その子、泣きそうですよ」
「わかっていますってば!」
女神様は青ざめた顔で、震える手をラーシャの頭にのせた。
「……少しだけですよ」
ラーシャの触覚が、ぴんっと立った。
「ママ!」
空が晴れた。
雲が嘘のように消えて、夕焼けが戻ってくる。足元の草むらで、季節外れの花が一斉に咲いた。
女神様は、ラーシャを抱っこしたまま、遠い目をしていた。
◇
「……あなた」
「……ルディンです」
「ではルディンさん、責任を取ってください」
「なんの!?」
「あなた、この子の父親でしょう!」
「いや、俺はスライムとゴブリンの死体を合成しただけで――」
「私だって、くしゃみをしただけです!」
「そのくしゃみが原因でしょうが!!」
「あなたが合成なんてしなければ、くしゃみも無害だったんです!」
「くしゃみに無害も有害もあるか!」
「あなたのせいでしょう!」
「お前のせいだろ!」
俺たちは同時に叫び、互いを指差した。
ラーシャは、にこにこと笑った。
「パパとママ、なかよし!」
「「どこが!?」」
女神様の腕の中で、ラーシャが満足そうに触覚を揺らす。
俺はがっくりと膝をついた。
ゼロとゼロを合成したら、邪神が生まれた。
ついでに、女神が一人ついてきた。
経済的には大成功なのか、大失敗なのか、俺にはわからない。
ただ一つ、確かなことがある。
「……食費、三人分か」
俺の堅実な人生設計は、今日、二度目の崩壊を迎えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
本作はひとまず一話完結となりますが、反響次第で続編も考えております。
「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ブックマークや下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。
――――
ラーシャ「パパ、おなかすいた!」
ルディン「さっき食べただろ!」
マーラ「……この子、いったいどれだけ食べるんでしょう」
ルディン「頼むから食費だけは増やさないでくれ……」
ラーシャ「パパ、つぎはなにたべる?」
ルディン「『つぎ』って言うな!」




