25.永田町の乱
永田町という場所は、知っているだろうか。
日本の中枢とも言えるその地に――ダンジョンが存在する。
そして今、そのダンジョンが崩壊したらしい。
それを教えてきたのは、正利さんだった。
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数分前。
「まずいな、これは……」
現場を見下ろしていたダンジョン対策課の警察官は、眉をひそめた。
空気が重い。
肌にまとわりつくような圧迫感――魔力濃度が、明らかに異常だった。
これまでの記録と一致しない。
「こんなの、報告に無いぞ……」
周囲の隊員たちもざわついている。
誰もが、経験のない状況に直面していた。
「マニュアルだとどうなってる?」
問いかけられた同期の男は、顔を青ざめさせながら答えた。
「……ダンジョンブレイク、だ」
その一言で、空気が崩れた。
ざわめきは一瞬で恐怖に変わり、統制が揺らぐ。
「おい、落ち着け……! 京都の二の舞になるとは限らないだろ!」
誰かが声を張る。
だが、その声にも確信はなかった。
昨日までは正常だった。
それなのに、なぜ――。
永田町一帯のダンジョンは、政治的事情から警察と自衛隊が管理している。
だが、慢性的な人手不足は否めない。
新たなダンジョン発生で手一杯の中、これだ。
(……ふざけるなよ、上は)
苛立ちを噛み殺した、その時。
肩に手が置かれた。
振り向くと、橘刑事がいた。
「継承機関に連絡した。後はあいつらに任せるしかない」
短く告げると、橘は周囲を見渡す。
「全員、傾聴。撤退する。以降は機関に委譲だ」
異論を挟む余地はなかった。
部隊は即座に反転する。
――だが。
「嘘だろ……」
黒瀬の声が、低く漏れた。
使い魔が先行していたらしい。
撤退中の警察部隊が、すでに襲撃を受けているという。
無線が騒がしい。
正利さんの声が混じる。
『永田町ダンジョンブレイク、対処許可を取得した』
……面倒なことだ。わざわざ許可が必要なんて。
そう思いながら、撤退してくる警察官たちの間を抜ける。
視線がぶつかる。
だが、誰も止めない。止められない。
――役割が違うからだ。
このダンジョンは、最悪の部類に入る。
オーク。
再生能力が高く、繁殖力も異常。
一度溢れれば、手が付けられない。
西アジアのある国では、核で焼き払った後ですら侵攻が止まらなかった。
最終的には隣国の探索者が総動員され、ようやく鎮圧。
だが――国土の三分の一が汚染された。
モンスターは、放置していい存在じゃない。
異常覚醒者の発生源にもなる。
そして何より――日常を壊す。
だから、
ここで止める。
オークの喉を断った、その直後だった。
――気配。
「……来るか」
一体じゃない。
足音が重なる。
地面が、わずかに震えた。
路地の奥。
暗がりの中から、ゆっくりと現れる影。
三体。
……いや。
「五体、か」
視線をずらす。
死角に、さらに二つ。
完全に囲まれている。
普通なら撤退判断。
だが――
関係ない。
「起動」
小さく呟く。
《身体強化》
全身に魔力が巡る。今日はヒカルがいないのでできるだけ念動力は使いたくない。
視界が研ぎ澄まされ、世界が遅くなる。
――来る。
一体目が咆哮と共に突っ込んできた。
遅い。
踏み込みと同時に、こちらも前へ。
振り下ろされる棍棒。
《加速》
わずかに世界が引き伸ばされる。
その一撃を紙一重で外し、懐へ。
《断裂》
手刀が、首筋に吸い込まれる。
骨ごと断つ。
巨体が崩れ落ちる。
「一」
数える。
直後、左右から同時。
連携。
だが粗い。
右の一撃を腕で流し、体を回す。
「──っらァ!」
横薙ぎの蹴りが、膝を砕く。
鈍い破砕音。
体勢が崩れた瞬間、
「……遅い」
顎を打ち抜く。
脳が揺れ、止まる。
「二」
「三」
間を置かず、首を落とす。
血が噴き出す前に、次へ。
――その時。
『……おい、聞こえてるか』
通信にノイズが混じる。
黒瀬だ。
「聞こえてる。そっちは大丈夫か?」
一瞬の間。
そして、
『ああ、問題ない――むしろ少なすぎるくらいだ』
直後、遠くで雷鳴が轟いた。
黒瀬の視界。
「行け、雷烏」
カラスが空へ舞う。
《雷撃》
閃光が走る。
オークの群れが、まとめて貫かれた。
「犬は右、炎で焼け」
黒い犬が地を駆ける。
《火炎》
吐き出された炎が、逃げ場を奪う。
「蛇、足止め」
影の中を滑るように、蛇が這う。
《影縛》
足元から影が絡みつき、動きを封じる。
「猿――潰せ」
最後に飛び出した影。
《水圧》
叩きつける水の塊。
骨が砕け、肉が潰れる。
「……まだ来るか」
息を吐く。
だが、冷静だった。
「こっちも似たようなもんだ」
通信を切り替えながら、前を見る。
残り二体。
だが――動きが変わった。
「……学習したか」
距離を取っている。
魔力が集まってる。魔法か、だが、
「遅い」
《加速》
一歩で間合いを潰す。
正面の個体が反応するより先に、
《貫手》
胸部を貫く。
心臓を潰す感触。
「四」
残る一体。
完全に怯んでいる。
後退。逃走。
正しい判断だ。
だが――
「逃がすか」
《瞬歩》
一瞬で背後へ。
振り向くより早く、
《断裂》
首を刎ねる。
「五」
まだ終わっていない。
奥から、さらに気配。
波のように押し寄せてくる。
『こっちも終わりが見えねぇな』
黒瀬の声。
「同感だ」
短く返す。
「だが――」
視線を前へ。
「ここで止める」
ダンジョンブレイク。
それを許せば、全てが崩れる。
だから、止める。
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