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22.いざ、研究所に

 

朝、目が覚めた瞬間に理解した。

(……今日、か)

 やけに頭が冴えている。

 目覚ましより先に起きたのは、久しぶりかもしれない。

 理由は単純だ。

 今日は――重要な予定がある。

ベッドから体を起こし、軽く肩を回す。

昨日のことが頭をよぎる。

(ダンジョン発生……)

 あれは、さすがに予想外だった。

 休暇に入っていた探索者も、新人も。

 ほぼ全員が駆り出された。

 文句を言うやつはいない。

 なぜなら――

(京都の二の舞はごめん、ってやつだな)

 あの時の被害。

 人的被害は最小限だったらしいが――

 街は壊れた。

 今も復旧中。

 そして、ぽつぽつと残る“骨の山”。

(……想像したくねぇな)

 軽く頭を振る。

思考を切り替える。今日は別件だ。




----------------------------------------------------------------




 準備を終え、外に出る。

 空気は穏やかだ。平和そのもの。

 だが――

(中身は全然平和じゃないんだよな)

 苦笑が漏れる。

 向かう先は千葉。

 研究所。

 研究員からの呼び出しだ。

 内容は――

(ダンジョン発生について、か)

 あの件。

 何か掴んだらしい。

 正直、嫌な予感しかしない。

「来たか」

 正利さんが先に待っていた。

「おはようございます」

「おはよ~」

 軽い調子で詩乃さんも手を上げる。

 この二人も同行するらしい。

「他の連中は?」

「勉強中」

 即答だった。

 そりゃそうだ。夏休み明けから学校が再開する。

 課題、授業、諸々。

 探索者とはいえ学生だ。

 むしろ、そっちの方が大変まである。

「……で、お前は?」

 正利さんがこちらを見る。

「あー……」

 少しだけ言いづらい。

「異動になりました」

「は?」

「政府が新しく作った大学に」

「……ああ」

 何か察した顔になる。

「国立対ダンジョン総合大学、NDGU」

「それだ」

 通称NDGU。

 最近できたばかりの機関だ。

「特別講師兼、特待生で」

「……は?」

 今度は詩乃さんが固まる。

「いや、俺も意味分かってないんで」

 本音だ。

 気づいたら決まっていた。

「まあ……お前ならあり得るか」

正利さんが納得したように頷く。

「制度も整ってきたしな」

 継承機関だの資格制度だの。

 政治は一応、落ち着きを見せている。

 表面上は、だが。

(裏はドロドロしてそうだけどな)

 考えても仕方ない。

「行きますか」

 そう言って、移動を開始した。



----------------------------------------------------------------




 研究所。


 見た目は普通の施設。

 だが中身は――

(国家機密の塊だな、これ)

 セキュリティの厳重さが物語っている。

 潜水艦どころじゃない。

 そんな場所に、俺たちは通された。

「お待ちしておりました」

 出迎えたのは――

 白衣の男。

「天城健二です」

 ここの所長。

「どうもこんにちは。仁さんは初めましてですね」

 柔らかい口調。

 だが、目は鋭い。

「いつも支援していただき、ありがとうございます」

「いえ」

「ダンジョン分野の第一人者にお会いできて光栄です」

「いや、それは――」

 否定しかけた瞬間。

 横から視線。

 正利さん。

「攻略分野なら第一人者だろ」

「……やめてください」

 普通に恥ずかしい。

 話を逸らす。

「と、とにかく移動しましょう」

「そうですね」

 健二さんも察してくれたのか、それ以上は触れなかった。


 廊下を歩く。静かだ。

無駄な音が一切ない。

 その中で――

「仁さんに、報告したいことがありましてね」

 健二さんが切り出す。

「ダンジョンの発生についてです」

 やはりそこか。

「原因は覚醒者の増加……と聞いていますが」

「ええ」

 一度頷いてから。

「それは“完全には”正しくないことが分かりました」

「……どういうことですか?」

 詩乃さんが問い返す。

「全てが間違いではありません」

 前置き。

「ですが」

 少しだけ声のトーンが落ちる。

「無から有が生まれる――これはあり得ない」

「……」

 確かに。

 当たり前の話だ。

「そこに疑問を持ち、調査を進めた結果」

 一呼吸。

「ダンジョンは、“ゲート”である可能性が高いと判明しました」

「ゲート……?」

「はい」

 健二さんは続ける。

「地球外、あるいは別位相から“魔力”を送り込むための装置」

 スケールが一気に跳ね上がる。

(……なるほどな)

 妙に納得してしまう自分がいる。

「ここからは推察ですが」

「……」

「人類の文明が発達し、ある段階に到達した時」

 ゆっくりと言葉を選ぶように。

「進化を促す“養分”として、魔力が送り込まれたのではないかと」

 仮説。

 だが――

(筋は通ってる)

 違和感はない。

「確かに……あり得る話ですね」

 思わず口に出る。

 だが。

(それだけなら)

 わざわざ呼び出す必要はない。

「……問題はそこからです」

 やはり来た。

 健二さんの表情が、わずかに硬くなる。

「このまま魔力濃度が上昇した場合」

 嫌な予感が、形になる。

「非覚醒者は耐えきれず、死亡する可能性があります」

「……」

 空気が凍る。

「これは覚醒者も例外ではありません」

「なっ……」

 詩乃さんが言葉を失う。

「適応できなければ、同様の結果になります」

 淡々とした説明。

 だからこそ重い。

(……つまり)

 世界全体が、選別される?そして、もしかしたら人類が滅亡しかねない。

「それを防ぐための“適合者”が存在する可能性があります」

 視線が動く。

 正利さんへ。

「……なるほど」

 短く呟く。

 納得している。

(やっぱりか)

 あの人、明らかに異常だしな。

「ただし」

 健二さんが続ける。

「適応できなかった場合の症状は、まだ不明です」

 分からない。

 それが一番怖い。

「そして、この情報は――」

「公表できない、ですね」

 俺が言う。

「はい」

 即答だった。

 当然だ。

 こんなものを出せば、世界は混乱する。

「もう一つ」

 まだあるのか。

「第二の試練で“全人類が覚醒する”と仮定した場合」

「……」

「現状、覚醒者の数が少なすぎます」

 確かに。

「日本で第4波」

「海外では二桁の例もありますが」

「それでも、総数は数百万から数千万程度」

 地球人口から見れば――

 誤差だ。しかも海外では人が足りていないらしい、基本、最初の覚醒者以外はダンジョンブレイクが原因のはずだ。

「……足りないな」

 正利さんが呟く。

「はい」

 健二さんが頷く。

「今後、さらに危険な事象が発生する可能性があります」

 つまり。

(まだ序章ってことか)

 笑えない。


---


「以上が、現時点での報告です」

 話が一区切りつく。

 重い沈黙。

 だが――

 受け止めるしかない。

「……分かりました」

 短く答える。

 考えるのは後だ。

 今は、動くしかない。

「それと、最後にもう一件」

 健二さんが手を叩く。

 スタッフがケースを運んでくる。

「お預かりしていた武器です」

「……おお」

 中を見る。

 見慣れた装備。

 だが――

 明らかに違う。

「全て、ダンジョンドロップで強化してあります」

「マジか」

「日本刀は石で研ぎ、魔力を含んだ素材を何度も斬ることで強化」

「メイスやガントレットは、ゴーレムの金属を合金化し、魔力を付与」

「魔力を込めた際に重量が増加する特性があります」

「……いいなそれ」

 単純に強い。

「その他も、耐久・威力ともに大幅に向上しています」

「レベル数百帯にも耐えうるかと」

「……」

(ありがてぇ)

 素直にそう思う。

「ぜひ試してみてください」

「はい」

 これは楽しみだ。




----------------------------------------------------------------




 外に出る。 空気が軽い。

 さっきまでの話が嘘みたいだ。

「……とんでもない話だったな」

 正利さんが言う。

「ですね」

 詩乃さんも珍しく真面目な顔だ。

(世界がどうなるか、か)

 まだ分からない。

 だが一つだけ確実なのは――

(楽にはならない)

 むしろ、加速している。


「じゃあ、そろそろ戻るか」

「はい」

 軽く伸びをする。

「仁さんが行く大学はNDGUでしたっけ?」

 健二さんが聞く。

「たぶんそうなります」

「私も関わる予定です」

「え?」

「ダンジョン学、武器と発生分野担当で」

「……マジですか」

 まさかの再会確定。

「よろしくお願いしますね」

 にこっと笑う。

「こちらこそ」

 苦笑しながら頷く。


 新しい場所。 新しい役割。

 そして――

 新しい脅威。

(……忙しくなるな)

 空を見上げる。

 静かだ。

 だが、その裏で世界は動いている。

 止まることなく。 加速しながら。


 ――次の試練へ向かって。



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