20.別の意味での地獄
東京に戻ってから、数日は妙に静かだった。
ダンジョンブレイクに当たった探索者たちは、揃って休暇を取っている。
当然だ。
あの規模の戦闘をやった直後だ、誰だって休む。
しかも今回は――
(ちゃんと給料も出たしな)
報酬も破格。
国が動いた案件だ、ケチる理由がない。
さらに言えば、現時点までで新たなダンジョンの発生も確認されていない。
つまり――
(今は、嵐の前の静けさってやつか)
だからこそ。
「……やるか」
俺も休暇を貰った。
だが、休んでいる場合じゃない。
やらなければならないことがある。
視線を向ける。
自宅の庭。
そこに――
ぽっかりと口を開けるように存在する“それ”。
(6級ダンジョン)
見慣れているはずなのに。
どうにも、嫌な気配が抜けない。
前に一度入った。
だが――
(気持ち悪すぎて撤退した)
あの時の感覚は、まだ残っている。
視界に焼き付く光景。
鼻に残る腐臭。
皮膚にまとわりつくような不快感。
(……あれが外に溢れたら)
考えるだけで分かる。
間違いなく――地獄絵図だ。
「まあ、今回は」
振り返る。
後ろには――
「ヒカルと恵がいる」
どうにかなる。
そう信じるしかない。
「グールごときに怯えて出てきたんですか?」
ヒカルがニヤニヤしながら言う。
「お前も入ったら分かる」
即答だった。
あれは“慣れ”でどうにかなる類じゃない。
「へぇ~?」
まだ余裕そうな顔をしている。
……まあ、いい。
すぐに分かる。
「今回は恵の雷が頼りだ」
横を見る。
恵は既に無言で準備を終えていた。
「あれは日本刀で斬りたくない」
心からの本音だ。
斬った瞬間、何が飛び散るか分かったもんじゃない。
「さっさと行くぞ」
それだけ言って――
ダンジョンへ足を踏み入れる。
瞬間。
「っ……!」
空気が変わった。重い。湿っている。
そして――
臭い。
「……うっ」
後ろでヒカルが口を押さえる。
「……気持ち悪い」
「だろ」
言った通りだ。
視界に入るのは――
“それ”。
腐敗した肉。裂けた腹部。飛び出た内臓。
骨と肉が混ざり合った、形を保てていない何か。床には体液がこびりつき、ぬめりを帯びている。足を踏み出すたびに、ぐちゃ、と嫌な音がした。
(最悪だな……)
嗅覚が拒絶する。
視覚が拒絶する。
それでも――進むしかない。
カタカタ、と音。
いや、違う。
これは骨じゃない。
もっと湿った――
ずるり、と何かが動く。
暗がりの中から、ゆっくりと現れる影。
「……来たか」
グール。
皮膚は崩れ、肉は腐り、ところどころ骨が露出している。
目は濁り、だが確実にこちらを“認識”している。
そして――
笑った。
裂けた口から、黒い液体を垂らしながら。
(……マジで無理だわこれ)
生理的嫌悪が限界を超える。
その瞬間。
――バチッ!!
雷。
視界が白く弾けた。
「……恵」
グールの群れの中心に、雷が落ちる。
一体、二体、三体。
まとめて焼き払う。
焦げた臭いが、腐臭に混ざる。
さらに酷くなった。
「少し怒ってるな……」
恵の顔を見る。
無表情。
だが――
明らかに機嫌が悪い。
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(……仁の頼みじゃなかったら来てない)
――恵の内心。
(何この場所)
吐き気が止まらない。
空気を吸うだけで気分が悪くなる。
視界に入るもの全てが不快。
(早く終わらせる)
それだけ。
(全部殺して、外に出る)
感情はシンプルだった。
怒りすら混ざっている。
だから――
手加減はしない。
雷が、さらに強くなる。
「助かる!」
俺はその隙に前へ出る。
斬る。
グールの腕を。
抵抗はある。
柔らかい。
だが同時に、骨の硬さも混ざる。
(気持ち悪っ……!)
だが止まらない。
もう一体。
首を狙う。
斬る。
飛ぶ。
黒い液体。
(うわ最悪)
即座に距離を取る。
「ヒカル!」
「任せてください!」
ヒカルが前に出る。
メイスを振りかぶる。
そして――
叩き潰す。
ぐしゃっ、と音。
原形が消える。
「……うわ」
本人も若干引いている。
「だろ」
これがグールだ。
だが、数は確実に減っていった。
恵の雷が範囲を削り。
俺が動きを止め。
ヒカルが確実に潰す。
連携。
それが機能している。
(……いい感じだな)
そして――
最後の一体が崩れ落ちる。
「……終わりか?」
静かになる。
だが。
(いや、違う)
気配はまだある。
奥。
明らかに強い気配。
「ボスだけだな」
恵が短く言う。
全員、無言で頷く。
扉の前に立つ。気分が重い。
嫌な気配が滲み出ている。
(……開けるか)
手をかける。
押す。
ギィ、と音を立てて開く。
瞬間。
――ブシャァ!!
「っ!?」
反射的に横へ飛ぶ。
何かが飛んできた。
液体。
地面に落ちたそれが――
ジューッ……と音を立てる。
「……酸か」
床が溶けている。
(危な……)
一瞬でも遅れていたら、ただじゃ済まなかった。
視線を上げる。
そこにいたのは――
大型のグール。
他とは明らかに違う。
体格。腐敗の度合い。
そして――
知性の気配。
(ボスか)
「……行くぞ」
短く告げる。
先手は取らせない。
一気に距離を詰める。
だが――
ブシャァ!!
再び酸。
「チッ!」
避ける。
左右に動きながら接近。
単調な動きじゃ当たる。
(読め)
発射のタイミング。
体の動き。
わずかな“溜め”。
それを見極める。
――今!
踏み込む。
懐へ。
「はぁっ!」
斬る。
足。
関節部。
骨ごと断ち切る。
ぐらり、と体勢が崩れる。
だが――
反撃。
腕が振り下ろされる。
速い。
「っ!」
受け流す。
重い。
(パワーもあるか……!)
だが止まらない。
もう一撃。
逆の足も――
斬る。
完全にバランスを崩した。
前のめりに倒れてくる。
「今だ!」
叫ぶ。
その瞬間。
――バチィィィィッ!!
雷。
直撃。
巨体を包み込む。
痙攣。
動きが止まる。
「ヒカル!」
「おおおおお!!」
全力。
メイスを振り下ろす。
狙いは――頭部。
――ドゴン!!
衝撃。
潰れる。
完全に。
沈黙。
「……終わったな」
その場に立ち尽くす。
臭い。
最悪だ。
服に完全に染み付いている。
「これ……捨てるしかないですね」
ヒカルも顔をしかめる。
「同意」
即答だった。
「もう二度とグールは嫌だ……」
心の底からそう思う。
だが――
ダンジョンは消えた。
核は破壊された。
これで、ここがブレイクすることはない。
(……一つ、潰した)
それだけで十分だ。
外に出る。
新鮮な空気。
「……はぁ」
深く息を吸う。
生き返る。
それくらい、あの中は異常だった。
横を見る。
恵も少しだけ肩の力を抜いていた。
「……もう呼ばないで」
「善処する」
たぶん無理だが。
ヒカルは――
「いや~、これはキツいっすね……」
完全に同意だった。
(これで、ひとまずは……)
空を見上げる。
静かだ。
平和だ。
だが――
(油断はできない)
今回のダンジョンブレイク。
そして、この家のダンジョン。
どこにでも危険はある。
だからこそ――
(潰せるものは、全部潰す)
それだけだ。
そう思いながら――
俺は、静かにその場を後にした。
小説家になろうの読者ほど信頼できる評価は無いと思っています!評価とコメント、お願いします!
m(__)m




