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19.殲滅


リニアの速度が、わずかに落ち始めた。

 窓の外に目をやる。

(……近いな)

 黒煙。

 それも一本や二本じゃない。街のあちこちから立ち上る煙が、夜空を覆い尽くしている。

 鼻をつく焦げた匂い。

 車内にいても分かるほどだ。

 遠くから――サイレン。

 消防車、救急車、警察。

 重なり合う音が、ひっきりなしに鳴り続けている。

(……完全に災害だな、これ)

 ダンジョンの外で起きていい規模じゃない。

「降りるぞ~!」

 三崎さんの声が、車内に響いた。

 その瞬間だった。

 全員が、一斉に立ち上がる。

 そして――

 窓へ向かう。

「……は?」

 一瞬、思考が止まる。

 いや、分かってる。

 分かってはいるんだが――

(いやいやいや)

 次の瞬間。

 ガコン、とロックが外れ、窓が開く。

 そして何の躊躇もなく――

 飛び降りていく。

「うおっ!?」「行くぞ!」「遅れるな!」

 次々と消えていく人影。

(……改めて見ると、異常者だろこれ)

 事前に“早く移動するために飛び降りる”とは決めていた。

 決めていたが――

 実際にやる光景は、普通じゃない。

(まあ、今さらか)

 軽く息を吐く。

 躊躇してる暇はない。

 助走をつけて――

 飛ぶ。

 夜風が、一気に体を打つ。

 視界が流れ、地面が迫る。

 ――着地。

 衝撃を殺し、そのまま前転。

 止まらず、即座に立ち上がる。

(よし)

 周囲では、同じように着地した覚醒者たちが既に走り出している。

 遅れる理由はない。

 そのまま加速する。

 街に入った瞬間。

 空気が変わった。

 爆音。

 あちこちから聞こえてくる。

 建物の一部が崩れ、火の手が上がっている。

 そして――

 空から水が降ってきた。

「……雨?」

 違う。

 局所的すぎる。

(ああ、水魔法か)

 見上げると、魔法を放つ覚醒者たち。

 消火支援。

 消防だけじゃ回らないってことだ。

(ほんと、総力戦だな)

 そのまま走る。

 止まる理由はない。

 やがて――

 視界が開けた。

 繁華街。

 ……だった場所。

 今は瓦礫と炎、そして――

 モンスター。

「……出たか」

 骸骨。

 カタカタと音を立てながら動く、無数の骨の兵。

(よりによってこれかよ)

 数が多い上に、厄介なタイプ。

 そして、こういうのが大量発生している場合――

(ボスはリッチ辺りだろうな)

 ほぼ確定だ。

 死霊系の上位種。

 放置すればするほど、面倒になる。

(さっさと潰す)

 思考を切り替える。

 足を止めない。

 そのまま――斬る。

 一体。

 二体。

 三体。

 走りながら、次々と斬り伏せていく。

 骨が砕け、崩れ落ちる。

 だが、減らない。

(……多すぎだろ)

 キリがない。

「これ、1日で終わるか?」

 思わず口に出る。

 だが、手は止まらない。

 斬る。

 斬る。

 ただひたすらに。

「よ~し!」

 三崎さんの声が、戦場に響いた。

「決めてた通り、最低でも二人で動けよ~!」

 的確な指示。

「透君は俺と一緒だ!」

 その言葉に、少しだけ安心する。

(……まあ、あの人なら大丈夫だろ)

「抜けてきたモンスターはプロヴォカートルが処理する!そのまま持ち場につけ!」

 各自が散っていく。

 統率が取れている。

「怪我人は回復班へ!以上!」

 そして――

「殲滅開始だ~!金は出るが、早く終わらせないと明日ゆっくりできねぇぞ~!」

 ……相変わらずだな。

 緊張感と軽さのバランスが絶妙だ。

(ほんと、頼れるおっさんだ)

 戦いながら、ふと考える。

(透、大丈夫か?)

 三崎さんに任せたとはいえ――

 あいつはチームワークが苦手だ。

 単独なら問題ない。

 だが、こういう集団戦は――

「……いや」

 首を振る。

(任せたんだろ)

 なら、信じるしかない。

「そんなことより!」

 目の前の骸骨を叩き斬る。

「ボスだ!」

 これをどうにかしない限り、終わらない。

(永久湧きとか洒落にならんぞ)

 経験値的には美味いが――

「いや、これ囲って経験値稼ぎに――」

「ヒカル、いい加減にしろ、馬鹿言ってる場合か」

 正利さんが抑えた。

(ここ、人住んでんだぞ)

 冗談じゃ済まない。

「さっさと終わらせるぞ!」

 さらに加速する。

 骨が砕ける音が、やけに心地よく感じた。

 ――気がつけば。

 空から光が差し込み始めていた。

「……終わったか」

 最後の骸骨が崩れ落ちる。

 いや、完全ではない。

 遠くでまだ作業音が続いている。

 だが、戦闘は終わった。

 地面には――

 無数の骸骨。骨が町中に落ちている。

(……ホラー以外の何でもないな)

 夜の暗闇では気にならなかったが。

 明るくなると、普通に気持ち悪い。

「地面の処理は任せてください!」

 声をかけてきたのは、自衛隊の人間だった。

 ありがたい。

(正直、触りたくねぇ)

 内心でそう思いつつ、軽く頭を下げる。

(……終わったな)

 ようやく実感が湧く。

 同時に――

 別のことが頭をよぎる。

(家のダンジョン)

 まだ攻略していない。

 もし、あれが――

(同じことになったら)

 洒落にならない。

 今回でよく分かった。

 ダンジョンブレイクは、“災害”だ。

 放置していいものじゃない。

(……帰ったら優先だな)

 やることは決まった。

「よし、飯行くぞ!」

 三崎さんの一言で、空気が一気に緩む。

 それぞれが笑い、肩の力を抜く。

 達成感。

 そして疲労。

「透は?」

「ああ、あいつなら――」

 視線の先。

 透が、他のメンバーと話している。

 少しぎこちないが――

 確実に、前よりマシだ。

(……いいじゃん)

 正利さんが嬉しそうにしているのも納得だ。

「レベル上がった~!」「マジでうめぇなこれ!」

 周囲でもそんな声が上がる。

 まあ、これだけ倒せば当然か。

「私も上がりましたよ」

 詩乃さんがそう言う。

「回復薬と肥料、結構作れたので」

「……肥料?」

 嫌な予感がする。

「はい」

 にこっと笑って――

「原料は、あの骸骨です」

 ……。

(……この人、ちょっと怖いな)

 改めてそう思った。

 予約していた店に入る。

 落ち着いた雰囲気の和食屋。

「ここ、湯波が有名なんだよ」

 三崎さんが言う。

「会社員時代、たまに来ててな」

「へぇ」

 意外と普通の話が出てきて、少し笑う。

 料理が運ばれてくる。

 湯波。

 シンプルだが――

「……うま」

 思わず声が漏れる。

 疲れた体に染みる。

 周囲も同じような反応だ。

 笑い声が戻る。

 さっきまでの戦場が、嘘みたいだった。

 こうして。

 ダンジョンブレイクは、収束した。

 被害は出たが――

 最悪の事態は免れた。

(……まあ)

 箸を止める。

 ふと、考える。

(これで終わり、じゃないよな)

 ダンジョンは、まだある。

 問題は、どこにでもある。

 そして――

(俺の家にも、ある)

 視線を落とす。本当ならあんなのは攻略したくない。ただ、いつまでも放置するわけにもいかないのだ。

 静かに、決意する。

(次は、あれだ)

 やるべきことは決まっている。

 今回みたいなことを――

 二度と起こさないために。

 そのための一歩を。

 踏み出す時だ。

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