18.ダンジョンブレイク
スマホのバイブが、やけにしつこく鳴っていた。
……うるさい。
夢の中でそう思った瞬間、布団ごと引き剥がされる感覚。
「起きろ、緊急だ」
「……っ、は?」
目を開けた瞬間、現実に引き戻された。
目の前には、いつもの落ち着いた顔――正利さん。
ただし、その表情は明らかに“いつも通り”じゃなかった。
「ダンジョンが崩壊した」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「モンスターが溢れてる。原因は過密状態、増えすぎだ。政府から支援要請が来てる」
そこでようやく、頭が回り始める。
(ダンジョン崩壊……モンスター氾濫)
最悪の単語が、脳内で繋がった。
「今は?」
「自衛隊と警察のダンジョン対策課が対処してる。ただ――」
正利さんは一瞬言葉を切った。
「戦力が足りない」
……そりゃそうだ。
ダンジョンの中で処理する前提のモンスターが、外に出てきたらどうなるか。
考えるまでもない。
「リニア新幹線を手配してる。全員で向かうぞ」
「全員って……」
「第2群だ。A~Cランク、連絡がつく奴は全員」
総力戦、ってわけか。
(……いよいよって感じだな)
寝起きの頭が、一気に冴えていく。
「リーダーは?」
「三崎拓真さん。あの人がまとめる」
「ああ……」
思わず苦笑が漏れる。
頼れるおっさん――って表現が一番しっくりくる人だ。
実力も、統率力も、文句なし。
「透はどうします?」
正利さんがそう聞いてくる。
少しだけ考える。
あいつはまだ――
「連れていく」
「いいんですか?」
「いい経験になる。それに」
少しだけ言葉を選ぶ。
「パーティー組むの、まだ引きずってるだろ」
あの一件以来、透は明らかに“距離”を置いている。
表面上は普通でも、どこか踏み込まない。
「ここで越えさせる」
正利さんは一瞬だけ目を細めて――
「……了解です」
短く頷いた。
準備は、ほぼいらなかった。
マジックポーチに全部突っ込んである。
(こういう時、ほんと便利だな……)
装備確認も一瞬で終わる。
「行くぞ」
声をかけると、既に全員が集まっていた。
走る。
夜の街を、一切迷いなく。
信号がある以上、車より速い。
覚醒者の脚力ならなおさらだ。
風を切りながら、自然と考える。
(……二百人規模か)
第2群全員動員。
それだけ今回が異常だってことだ。
東京駅に着いた時。
そこには、すでに“異様な光景”が広がっていた。
ざっと見て――二百人近い人影。
全員、覚醒者。
夜遅いせいか、皆どこか眠そうな顔をしている。
だが、その空気は緩くない。
静かに張り詰めている。
(まあ、そりゃな)
これから向かうのは“戦場”だ。
「よう」
声をかけられて振り向く。
そこには――三崎さん。
「今回は頼みます」
「任せとけ」
軽く笑うその姿に、変な安心感がある。
「それじゃあ、そちらの指揮は任せても?」
「ああ。だがな」
三崎さんの目が、少しだけ鋭くなる。
「俺たちだけじゃ押し切れん可能性もある。崩れたところ、カバー頼むぞ」
「了解です」
つまり――
(俺たちは遊撃か)
一番忙しいポジションだな。
嫌いじゃない。
「あ、それと」
少し声のトーンを落とす。
「透、預かってもらえます?」
三崎さんがちらっと後ろを見る。
「……ああ、あの坊主か」
「チームワーク、まだちょっと苦手で」
そこに正利さんが口を挟む。
「すみません、どうにかお願いします」
「はは、いいってことよ」
三崎さんは軽く笑って、
「現場で叩き込んでやる」
そう言った。
……まあ、あの人に任せれば問題ないだろう。
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リニアに乗り込む、もちろん貸し切り状態だ。席に座った瞬間、少しだけ気が抜ける。
(……とりあえず、時間はあるか)
暇つぶしにスマホを取り出す。
音ゲーを起動。
指を動かしながら、徐々に集中が戻ってくる。
(……悪くない)
コンボが繋がるたび、頭のノイズが消えていく。
隣に相手のポイントが表示され、ポイントを競う流れになる。
無言の勝負。
(負ける気はない)
指の速度を上げた、その時。
――パァンッ!!
「!?」
突然の破裂音。
思わず顔を上げる。
「うお!?」「ちょ、音量!」
視線の先では――
ヒカルとプーが、音量マックスでFPSを始めていた。
(何やってんだあいつら……)
案の定、
「うるさい!!」
正利さんと詩乃さんの雷が落ちる。
見事な連携だった。
ヒカルたちが縮こまる。
……学習しろよ。
(ほんと、何やってんだろな)
苦笑しながら、再びスマホに視線を戻す――その瞬間。
どさっ。
「……ん?」
横から重み。
見ると――
恵が、完全にこちらに倒れ込んでいた。
「……寝たのか」
規則正しい呼吸。
完全に熟睡している。
(まあ、無理もないか)
こんな時間だし、これから戦いだ。
寝れる時に寝るのは正解だろう。
……にしても。
視線を感じて振り向くと。
後ろの席で、黒瀬がニヤニヤしていた。
「……何だよ」
「いや別に?」
絶対何か思ってる顔だろそれ。
(面倒くさいな……)
ため息をつきつつ、恵の頭がずり落ちないよう軽く支える。
その様子を見て、黒瀬のニヤニヤがさらに深くなる。
(……後で殴るか)
心の中でそう決めた。ヒカルみたいに育ってほしくないものだ。
ふと、前方を見る。
それぞれが思い思いに時間を過ごしている。
寝る者、装備を確認する者、静かに目を閉じる者。
そして――
(戦う準備をしてる)
空気が、少しずつ変わっていく。
さっきまでの“日常の延長”じゃない。
確実に、戦場へ向かっている。
(……ダンジョン崩壊、ね)
これがどれだけの規模になるのか。
正直、まだ実感はない。
だが一つだけ、はっきりしていることがある。
(――退けない)
ここで止めなきゃ、被害は広がる。
それだけは絶対にダメだ。
スマホの画面が、ゲームオーバーを表示する。
いつの間にかミスしていたらしい。
「……チッ」
小さく舌打ち。
だが、不思議とイラつきはなかった。
代わりに――
(やるか)
静かに、気持ちが固まる。
リニアは、止まらない。
そのまま一直線に――戦場へ向かっていく。
誰も、口には出さない。
だが全員が分かっている。
これはただの任務じゃない。
“総力戦”だ。
そして――
ここから先が、本番だ。
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