17.戻ってみると
ギルドに着いた頃には、もう夜だった。
エンジンを切ると同時に、静けさが耳に戻ってくる。
(……遅くなったな)
だが、不思議と疲労は薄い。
レベルが上がっているせいか、睡眠を削っても動ける。
便利ではあるが——
(……楽すぎるな)(これ、人間か?)
軽く息を吐き、建物へ入る。
向かうのは、いつもの会議室だ。
ドアを開ける。
「——は?」
思わず声が漏れた。
そこにいたのは——
一人の少年。
椅子に座り、こちらを見ている。
見覚えは、ある。
「……雨宮透?」
間違いない。
さっきまで、病室で意識不明だったはずの男だ。
状況が、理解できない。
「おかえりなさい」
普通に挨拶までしてきた。
(意味が分からん)
視線を横にずらす。
正利さんが、どこか困ったように肩をすくめた。
「……どういうことですか」
「適合した」
あまりにもあっさりした答え。
思考が一瞬止まる。
(……は?)
あの状態から。
あの短時間で。
「……そうですか」
絞り出した言葉は、それだけだった。
(ダンジョン、行く必要なかったじゃねぇか……)
九十九里浜。
3級ダンジョン。
ヒカルの音ゲー。
全部、頭の中をよぎる。
(……時間返せ)
心の中でだけ、呟いた。
「で、だ」
正利さんが軽く咳払いをする。
「こいつ、俺の弟子になった」
「は?」
今度ははっきり声に出た。
透が立ち上がる。
姿勢はまっすぐ。
目に迷いはない。
「雨宮透です」
一礼。
「正利さんの弟子になりました。よろしくお願いします」
その言葉に、嘘はない。
本気だ。
(……なんだこいつ)
さっきまで死にかけていた人間の目じゃない。
もっと、別の何かだ。
「事情は?」
短く聞く。
正利さんが答えた。
「目を覚ましてな。全部話した」
「それで?」
「弟子にしてくれって頼まれた」
「断ればいいでしょう」
「断れなかったんだよ」
苦笑い。
だが、その目は少しだけ真剣だった。
「だから条件を出した」
「条件?」
「5級ダンジョンのソロ攻略」
一瞬、間が空く。
普通なら——無理だ。
死にはしない。
だが、まず達成できないライン。
「……それで?」
「一瞬で帰ってきた」
沈黙。
(……は?)
「いや、一瞬は言い過ぎか」
正利さんが訂正する。
「でも、ほぼそれに近い」
「……」
言葉が出ない。
横を見ると、ヒカルがニヤついていた。
「な?言ったろ」
「何をだ」
「適合者、頭のネジ飛んでるって」
否定できない。
完全に同意だ。
透を見る。
当の本人は、どこか落ち着いた顔をしていた。
達成したことに対する誇りも、驕りもない。
ただ——
「強くなりたいんです」
静かに言った。
「もう、失いたくないので」
一瞬だけ。
あの病室の光景が重なる。
仲間を失った、あの状況。
(……そうか)
納得した。
こいつは壊れてるんじゃない。
決めてるだけだ。
「当分はソロでやるそうだ」
正利さんが言う。
「パーティーは……まだ無理だろうな」
透は何も言わない。
だが、それで十分だった。
(トラウマ、か)
当然だ。
目の前で全滅を見たんだ。
簡単に割り切れるわけがない。
「……まあ、好きにしろ」
短く言う。
止める理由はない。
むしろ——
(このタイプは、止めても止まらない)
「ただし」
視線を合わせる。
「死ぬな」
「はい」
即答だった。
迷いは、一切ない。
それが逆に、危うい。
だが——
(まあいい)
今はそれで。
ふと、正利さんを見る。
「……で」
「ん?」
「なんで連絡しなかったんですか」
一拍。
正利さんは、悪びれもせずに言った。
「仁と連絡つかなかったから、ヒカルに言っといた」
「は?」
ゆっくり、ヒカルを見る。
目を逸らされた。
「お前」
「いやほら、その……忙しそうだったし?」
「言えよ」
「いやでも——」
言い訳を聞く気はない。
一歩踏み出す。
「ちょ、待っ——」
そのまま。
ラリアット。
「ぐぇっ!?」
綺麗に入った。
ヒカルがその場に崩れ落ちる。
沈黙。
誰も止めない。
(まあ、いいか)
「……じゃあ」
軽く息を吐く。
「俺、寝るんで」
踵を返す。
ドアに手をかける。
背中に、透の視線を感じた。
(……増えたな)
新しい駒。
いや——
(仲間、か)
まだ分からない。
だが、確実に流れは進んでいる。
「……おやすみ」
誰にともなく言って、部屋を出た。
静かな廊下を歩く。
今日はもう、考えない。
そう決めて——
自室の扉を開けた。
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